王都炎上
低級の魔族……具体的にはゴブリンやコボルト、オークなどが多くいる。その他にもオーガやリザードマン、上半身は女性だが下半身と腕は大鷲のハーピーなど……が王都を襲っている。人数はよくわからないが、おそらく数万単位じゃないだろうか?
「転移魔法陣が使われた!?」
「いや、そんなはずはない。魔族側から直接、ココに出ることは不可能だ。俺がココに出れないように改善している。」
ゼディスが前回、王都近くの魔法陣は魔族側から来れないように、しておいたのだ。
シルバがベグイアスのことを思い出す。
「7魔将のアラクネの彼女が魔法で瞬時にリザードマンを30体、生み出していました。ひょっとしたら、この惨状は彼女が生み出した魔族が行っているのではないでしょうか?」
「いくらなんでも、この量を一日で生み出すのは無理だろ!」
エデットが昨日、闘ったばかりのベグイアスを思い出す。確かに30体出したが、一回であの量では何日かかるかわからない。魔力だって補充しなければならないだろう。そう考えれば1日あたり300体がいいところではないだろうか?だが、レクサの考えはだいぶ違うようだ。
「あの7魔将が30体リザードマンを生んだとして、それは山の中腹だったから、人数を絞った可能性がありますわ。おそらく、それは彼女にとっては大した量ではないハズ、私が対峙した感触で言わせていただければ、低魔族なら1日5000体は作れるのではないかしら?」
「それでも、万単位だ。多すぎるだろ?」
フィンが現状を腕を組み眺めながら言う。戦闘をどうするか考えあぐねている。一体一体倒していくしかないか……現実的には地方から援軍を呼ぶ方が効率がいいか……。もちろん呼びに行く往復の時間が問題になる。
「前もって用意していたんだろう」
歩きながらゼディスが言う。
「おい、どこへ……」
「向こうに援軍がいるみたいだ。」
「援軍? もう呼んだというのか?!」
「違うだろうな。ユニクス王国との戦闘の最前線から戻ってきた軍隊じゃないか?」
確かに日にち的に考えれば、フィン領から王都に着くくらいの時間ではある。遠くの方にラー王国の国旗が見える。納得するとみんな、そこに向かって歩き出した。
全軍が戻ってきているわけではないが、それでも2万くらいの軍勢だ。低魔族なら押し切れないこともない。
歩きながら先程の『魔族軍はどこから来たか?』を整理していく。
「用意していたと言ったな? それではやはり転移魔法陣を使ったということか?」
「違うな。あれは俺がちゃんと操作しておいた」
「じゃぁどうやって来たというんだ?まさか、エールーン王国から進軍してきたら、さすがにラー王国ならすぐにわかるぞ?」
「なら、もっと近くから進軍してきたら?」
「隣国か!?魔族がいるというのか!?」
「それで気付きますわ! 隣国でも王都にくるまでにはかなりの村や町を通りますもの」
「なら、マンティコアがいた山から街道を通らずに進軍してきたら?」
「3、4日ほどの至近距離からか……それなら、気づかれないが……」「!?」
全員そこで辻褄が合っていくことを確認する。王都への魔方陣は使えずとも、山頂には魔法陣があった。あの場所に魔族を送り込んでいけばいいのだ。ただ作戦や指示を確認し、待機する場所があっただろうか?
「大洞窟……」
シルバは呟く。山頂に向かっていく途中に大洞窟があった。確認はしなかったが、あの場所を待機場所にしたに違いない。それに、ここ数日でマンティコアの被害が出ている。しかも実際にいたマンティコアの数は10体近く。偵察用だったのだろう。山に入る侵入者を中腹で食い殺す。そうすれば山頂近くの大洞窟のことを知られることがない。そもそもマンティコアが洞窟から出て、あんなに大量にいること自体、異常事態といえる。そしてそこから進軍……ゼディス達が山に着いた時にはすでに進軍した後だったのだろう。街道を通らず山の裏手を進んだ魔族の進軍とは、ゼディス達はかち合わなかったため気付けなかった。街道を魔族が進んでいれば目立つだろうから、王都も遊撃準備はできたかもしれない。それでもこの至近距離では満足な準備は無理だっただろう。むしろ、不意の攻撃に王都は完全に後手に回った事は想像に難くない。ただ、この戦闘に7魔将ベグイアスの姿は見られない。奥に隠れている可能性も無きにしも非ずだが、彼女の性格から考えるにその可能性は低いだろう。転移魔法陣でエールーン王国に帰りオーラの存在を報告していると考えた方が妥当かもしれない。そうすると指揮官は別にいることになる。
大まかな推測を立てつつ、なんとか正規軍と合流できた。途中、魔族に襲われはしたが、しょせんは低級の魔族、難なく倒す。ゼディス以外は……。ゼディスはレクサを復活させるのに魔力がスッカラカンになった状態だった。が、『帰るだけだから』といって、休まずに来てしまっていた。
「まぁー、アナタが役立たずなのはわかっていますから、後ろで大人しくしていてくれると助かりますわ!」
と、まで言われる始末。おかしい……レクサからお礼を言われた覚えがない。
シルバの方は絶好調。新技オーラを身に着けてからは、切って切って切りまくる。いや、元からそんな感じなのかもしれないが、何か吹っ切れたように折れた剣でもバンバン倒していく。エデットもフィンもさほど活躍する暇がないほどに……。
軍と合流すると、見張りに止められそうになるが、さすがに正規兵で将軍、王女の顔を知らないモノはいない。すぐにユニクス攻撃司令官の元へと案内される。このときゼディスはマントを羽織り、手を隠しておく。何を言われるか分かったもんじゃない。
「これはこれは!赤のエデット将軍! 王都の方はどうなっていますかな。」
どうやら、王都からの連絡で来たと勘違いしたらしい。
白銀の鎧にクルンと巻いた怪しい鼻髭、やせ形で5、60歳といった感じの男が司令官。他にも指令室テントの中には信頼できるであろう兵が10人前後いる。
「ブンブイット将軍。じつは私たちは王都から来たのではないのですよ」
「なんと!? どういうことですかな?」
鼻髭を指でクルンクルンさせながら互いの現状を話し合う……が、ゼディスだけ別室に連れて行かれてしまう。……良く考えたら、ゼディスだけただの冒険者だ。エデットが残るように鼻髭将軍に言ったのだがどうしても聞き入れてもらえなかった。軍の機密事項を話したくないというのは、当然と言えば当然であろう。一般兵のテントの中に入れられてしまう。男ばかりでむさくるしい……正規軍の小隊なのだろう。人数は10人前後。
「なんだ? この時期に入隊希望者か?」
ガタイのいいおっさんが出てくる。鉄色の鎧……白銀はダメらしい……のおっさんはさっぱりした髪形で年齢はおっさん、といった感じの年齢だ。人のよさそうな顔をしているが戦闘経験は豊富そうだ。
「隊長~。この時期に入ってくる入隊希望者なんてロクな奴いませんぜ!」
「まったくでさーぁ。下級魔族を倒して名を上げよう何ンてろくなやつじゃねーよ。」
ガラの悪そうな連中がケタケタと笑う。アルコールが入っているようだ。ロクでもないのはお前らだろう、ということは口には出さない。
「まぁ、ウチに配属されたからには、多少厳しいのは覚悟しておけ。なにぶん傭兵上りが多いからな。お前も見た目冒険者だから傭兵経験はありそうだな。」
「まぁ、傭兵経験はありますが、俺は別に……」
軍隊に入るつもりはないと、言おうとした時、ラッパの音がする。どう考えても戦闘の合図だ。
隊長と呼ばれた男にロングソードを投げて渡される。右手はマントで隠していたので左手で受ける。
「行くぞ、新人!」
「遅れるなよ!」
「大丈夫か? 悪いが亡骸を拾ってやれる暇はないからな! 自分の足で歩いて帰れ!」
違ううんですけど……後ろから蹴られて外に出され、整列させられ点呼を取る。1、2、3、4……。もちろん、勢い余って点呼に参加。そのまま何故か戦場へ突入! あれ~? 魔力も回復していませんが? しかも、右利きなんですけど?
陣形は左右を大きく広げた陣形。王都の城壁と軍隊で押しつぶしていくような形をとる。魔族が陣形が無いのでかなり有効的といえる。優秀な指揮官だったようだ。ただ、相手がちゃんと陣形を組んできたらわからないが……。
ゼディスの小隊は右側先頭。荒っぽく捨て駒的突撃部隊。最悪なんですけど……。ゴブリンやコボルトと切り合う!左手で剣を使うのに慣れておらず、五分五分の闘い……コボルトと!? すぐにさっきの隊長が切って捨てる。
「なにしてる! 新人! そんなことじゃ生きて帰れないぞ!」
まったくだと思う。なんでこんなところに連れ出されてるの?次から次へと組み合っていく。本来はこのポジションは傭兵に任されるところだが、今回は帰還兵なので傭兵は解散している。
オークとゴブリンの二段攻撃に四苦八苦。
「右手も使え!」
「怪我してるんです!!」
「くっそ! なんでそんな奴が俺の部隊にいるんだよ!」
さっきとまた違うガラの悪いオヤジが叫ぶ。助けてもらったんですけどね。
右手も使えないわけじゃない。ただ、骨のまんま動かすと『敵扱い』されかねない。敵だと勘違いされたら、後ろからバッサリだ。ニッチもサッチもいかなくなるまでは使わないに越したことはない。
(この戦いが終わったら、俺、手袋、買うんだ……)
長袖、手袋で骨を隠せば右手が使えるようになる。魔力を使って右手を動かすのである。もちろん痛いですよ。動かせば動かすだけ。何もしなくとも激痛なのにねー。
どうも魔族にも右手が使えないのがバレて来ていて、右側に回り込む奴が増えてきている。面倒くさいな、もー!!
全体的には押している。この部隊も実は優秀なようだ。怪我はしていても死人は出ていない。中央は意外と苦戦しているようだ。
ゼディスはとっさに隊長に叫んだ。
「隊長! 誘われてる! 部隊が分断されるぞ!」
良く考えたら、自分の隊長でもなんでもないんだが緊急時だ、そんなことも言っていられない。どうやら周りを弱くして中央を固め、部隊を引き伸ばし分断する作戦らしい。快調に進んでしまう端に対し、中央の遅れとの差が徐々に広がっていく。隊長はその言葉を聞き、周りの状況を判断し、この場から進まないように指示を出すが、所詮は小隊長、中隊長に連絡するが聞き入れてもらえない。で、ものの見事に部隊がた千切れる。中隊長はそれでも『所詮、魔族、恐るるに足らん!』と兵士を鼓舞する。もっとも、中隊長の言う通り、低級魔族なら押し切れると思われた。が、低級だけではなかった。
「レッサーデーモンです!」
レッサーデーモンは中級魔族に属する。数は数百体。ハッキリ言って多い。火の球をバンバン降らせなが分断された中隊を攻撃してくる。魔法使いの部隊もいるので反撃するが、とても互角とは言えない。
「まさか、頭を使ってくるとはな!」
自傷気味に中隊長は笑うと、中隊全軍を後退するよう指示を出す。分断されているので後退の難しさが半端ではない。当然のように退路を断つように下級魔族が配置されている。進むも地獄、戻るも地獄。悪魔がいる時点で地獄っぽい。そこに燕尾服を着た人間のような格好の悪魔が宙から降りてくる。オールバックの頭に角が2本生え、背中にコウモリのような翼で飛んでいる。
「クーックックック……いかがですかな? おバカな人間さん。貴方達はこの場で死ぬのですよ。運が良ければ1人だけ生かして返してあげましょう。私の名を広めるためにね。私の名はグンデル! さぁ、私を称えた者だけを活かして差し上げますよ~。先着1名様でね」
両手を広げて、優雅なポーズをとる。中隊長をはじめイライラしたように罵倒を浴びせる。小、中隊長が一騎打ちを申し出るがまったく相手にしない。『卑怯者』と罵るもグンデルはその罵倒をまるでクラシックでも聞いているように目を閉じノンビリしている。ココで敵の司令官を討ち取れれば活路が見いだせる可能性は高いが、相手も百も承知で笑っている。そんなことしている間にも、低級魔族は切り込んでくるし、中級魔族も魔法を撃ってくる。だが、グンデルの耳に意外な言葉が入ってきた。
「降りてこい、センマ級。俺が相手をしてやる。」
ゼディスは骨の右手に剣を持ち替えている。やはり使いやすいのは右手だ。周りの兵士たちはギョッとするが、今の混戦状態ではそれを確かめる手段はないし、味方だと言い聞かせるしかない。
グンデルが小、中隊長を無視したのにゼディスの前に降りてくる。ゼディスは誰も手を出さないように言う。多分、瞬殺される。中隊長が交代を申し入れるが、今度はゼディスが断る。
ココから退却できるかどうかは、ゼディスの双肩にかかってくる。
「何といいましたか? アナタ?」
地面にゆっくりと足を付ける。すると、グンデルは空中に丸い黒い穴のようなもを作りだし、手を突っ込むと突きに特化したエペといわれる剣を取り出す。
「ゼディスだ」
「いいえ、あなたの名前などどうでもいいのです。私の階級の事ですよ」
「あぁ、そっちか……センマ級だろ」
「人間で魔族の大まかな階級は、上・中・下に分けるだけかと思っていましたが、まさか知っている者がいるとは思いませんでした。それなら、私の強さも知っていましょうに……」
「知っているさ。できれば、闘いたいレベルじゃぁないな。しかも俺、今、魔力、空だし……」
魔族も人間も、ゼディスとグンデルの周りをあける。この間、この地域の争いが一時的に中止になる。人間は騎士道的な意味合いで、魔族はグンデルに殺されないように……広い範囲を開ける。ただ戦闘の境がハッキリしない所ではどうしても争いが起こっている。
「一応、確認させていただきますがあなたは魔族ですか?」
エペの先ををクルクル回しながら尋ねてくる。
「あぁ、この手? 復活魔法使った時の代償だよ。肘から下を骨以外全部持っていかれちゃってさー。」
「なるほど。次の質問は……戦闘しながら聞かせてもらいましょう!」
エペの鋭い一撃がゼディスの心臓を狙う。素早く後ろに飛び退く。
が、エペの刃の先から炎の矢が飛び出す!




