襲来
「ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょっとっぉおお! どうしますの! これっぇえ!!」
レクサが逃げる場所を探しているが、山の中腹で開けた場所……逃げる場所なんてあるわけがない。シルバも剣を構えてはいるが、頭上を旋回するマンティコアに攻撃するすべを思案している。剣を魔力で伸ばせばいいのだが、距離に魔力を使い過ぎると、切れ味が足りず大したダメージにならない。切れ味に魔力を注げば、距離が足りない。
「面倒だな」
「まったくね」
エデットとフィンが空を見上げて呑気に語る。レクサが「早くなんとかしないと!」と慌てているのとは対照的だ。たぶんこの二人には何かしらの対処方法があるのだろう。
「レクサノス様、シルバーニ様、よく見ていてください!
ラー王国が対7魔将用に編み出した武術を私が披露します。
フィンは援護をしてもらいますが、見るのは私の技術です。」
ゼディスは相手にされてないなーと思いながら、対7魔将用の武術というのには興味があったので見させてもらうことにした。
先制はマンティコアに思われた。
「グゲゲゲゲッェエ!」と叫び声を上げ、魔法を唱えようとしていると感じたとき、フィンが口から拡散型の炎を吐き、呪文の詠唱を中断させた。本当に火、吐けたんだ!
もちろん拡散させている分、威力は弱いが精神の集中を許さない。しかも範囲が広く5、6体が巻き込まれている。
その間にエデットが精神を集中する。普通に見ていては感じないだろうが体内のマナの動きがオカシイ。正確にはマナ以外の体内の力が流動している。ゼディスはこれの正体を知らない。
「ここから『気』の力……オーラを使用します!」
エデットの体が魔力とは違う黄色い淡い光に包まれる。攻撃力、防御力ともに数段上がっているのがわかる。わかるが、それで遠距離のマンティコアをどうするつもりなのか?
するとエデットは光る拳を地面に叩きつけ砕き、石吹雪で視界が見えないほどの爆風を起こす。そしてその宙に舞った石つぶてをを殴って飛ばす。単純だが飛距離とスピード、数が違う。まるでマシンガンの弾が飛んでいくような光景だ。ドッドッドッドっと音がしたと思ったら、マンティコアの体に穴が開いている。
「ブレリアントバレット……今の技の名前です」
妙技だ。殴って石を飛ばす。一見すれば簡単そうだが実はものすごく難しい。まず、オーラが使えなければならない。オーラはおそらく体内の『気』のことだろう。これを身体中にめぐらせることで、防御力と攻撃力の強化を図る。だが、この妙技の凄い所は「石を殴ったのに砕けない」ところにある。あのスピードで飛ばすには相当の威力のパンチだ。それを考えれば石の方が砕けてしまう。ここで石を砕かないために2つのことを注意して行っている。一つは石に拳が当たる瞬間、スピードをゼロに近い形にして触れるだけにする。そうすることで石にダメージが通らず、押し出す。これだけでもかなり、石を砕かないように出来るが、あくまでも『かなり』だ。1、2割は砕けてしまうだろうしマンティコアに接触の際には貫通するには至らないだろう。そこでもう一つ、おそらくこれがオーラのメインだろう。石にオーラを注ぎ込み石自体の硬度を上げ鉄や鋼を上回る強度を持たせたのだろう。そうオーラは自分だけでなく他の物質に『乗せる』ことが出来ることが特徴だ。
あくまでも、推測だがオーラの開発にはシルバが使用しているアルスの剣を基に考えられたのではないだろうか?剣に魔力を乗せ、長さや切れ味を変える方法があることから、魔力以外でその方法を補えないか、との発想からできたものだと思われた。
エデットが早速、無茶を言う。
「今すぐ二人ともオーラを覚えてください」
「無理に決まってるでしょ!」
レクサが怒鳴る。至極もっともな意見だ。いくらなんでも見ただけで覚えられるわけがない。それに、体内にある力をゼディスは感じることが出来たが、おそらくレクサは何が起きているのかも理解できていないだろう。
マンティコアの数匹は、上空にいても安全ではないことを悟り地上に降りてくる。上空にいるマンティコアは不意をつかれ遅れを取ったが、マジックミサイルをそれぞれ別の獲物に狙いを定め撃ち放つ。さすがにゼディスにも今回は余裕があり、仲間全員にプロテクトをかけマジックミサイルのダメージを軽減させる。でも、回避はできない。
地上に降りたマンティコアにシルバが切りかかる。が、前回のように一刀両断とはいかない。大きく後ろに跳ねかすり傷程度になってしまう。一対一ではダメージも負っていないため素早く、油断もない。が、レクサも遊んでいるわけではない。シルバがマンティコアとの距離が離れたのを見計らって杖の先から電撃を放つ!
「雷撃!」
ズザン!と激しい雷鳴とともにマンティコアの体を貫く。よろけはするが倒れない。すかさずもう一度シルバが間合いを詰めようとする。その行動が他のマンティコアに読まれていた。空中のマンティコアが急降下でシルバに襲い掛かるがシルバはかまわず突き進む。ズドン!と雷撃と同等ぐらいの大きな音がすると、シルバに襲い掛かろうとしていたマンティコアの体に穴が開く。フィンの一点集中型の炎の竜の息が放たれていた。シルバが向かっていった、マンティコアは自分の身の危険を感じサソリの尻尾を鞭のようにしならせ、シルバを貫こうとするが、一歩だけ横にズレるだけで躱し魔力の剣で襲ってきた尻尾を切り落とし、上げた剣をそのまま頭めがけて振り下ろす。
エデットは再び石弾のブレリアントバレットを上空のマンティコアに放っていた。マンティコアも今度はマジックミサイルではなく、一段強力な炎の球に切り替え迎え撃つが、ブレリアントバレットは炎の球を貫き、マンティコアをさらに2匹撃墜に成功する。エデットが空中のマンティコアを撃墜している間に地上のマンティコアがエデットに襲い掛かる。迎え撃つには時間がわずかに足りない。もろに爪の攻撃を受けてしまうが、その場に踏みとどまる。もう一体が襲ってきそうになるが、シルバがそいつをけん制に間に合い追撃は許さなかった。エデットに尻尾の攻撃が来そうになるが、オーラのパンチがマンティコアの肋骨を砕いて後退させた。そこにレクサがマジックミサイルを撃ち込んで片付ける。シルバの方もフィンとの連携でもう一体も片付けていた。
あらかたマンティコアの撃退に成功する。
「ふー、あぶなかったなー。」
ゼディスが額の汗をぬぐう。
「お前はほとんど闘ってなかったけどな。」
エデットが傷を治すように要求している。それほど重い傷ではないがマンティコアの一撃が軽いわけでもない。ゼディスがエデットの傷を治そうと近づいた時、死にかけのマンティコアがゼディスに最後の一撃を加えた。それで絶命する。ゼディスはよろけるが、大したダメージではない。
「とっとっと、脅かしやが……ってっぇえ!」
「ゼディス!?」
よろけた拍子に足を踏み外しゼディスだけが崖から落ちてしまった。意外と深い。
慌てて崖の底を覗きこむが暗い底でよくわからない。薄らと地面が見えるので深さはそれ程でもないが、安否を確認できない。
その時、上の方から小石がパラパラと落ちてきた。シルバ達が嫌な予感に崖を見上げる。これ以上のマンティコアはお腹いっぱいだ。十分、堪能いたしました。だが、マンティコアの方がまだマシだった。
崖の上に女性がいる。彼女は今いる人数を数える。
「1、2、3、4っと。こんだけであの数のマンティコアを倒したの? すごいじゃない! 楽しいわ、アナタたちっぃいい! 楽しい! 楽しい! 楽しい! 楽しい楽しい楽しい楽しいっぃいぃ!!」
狂ったように笑い声をあげる。レクサが恐怖に一歩下がる。いや、レクサだけではない。その場にいる全員が異常事態に後ずさりをする。彼女の上半身は甲冑に身を包み美しい顔立ちをしている。ただ、下半身は蜘蛛である。魔族の一人だが、その圧倒的魔力量にシルバが彼女が7魔将だと思う。
「今度は何!? 何なのアイツ!? 絶対異常だわ」
レクサがガタガタと震えだす。魔力を見ることはできないがその圧力だけで震えが止まらない。魔力が見えるのはシルバだけだが、エデットもフィンもこのアラクネは魔族の重要ポスト……具体的には7魔将だろう事は想像できた。
「何の用だ……。」
「『何の用』? おかしなことを言うわねぇ~? 7魔将のベグイアス様が自ら出てきたわけよ? 私の首が欲しいんでしょ? 殺りあいましょうよ!? 殺し合いよ、殺し合いっぃいいぃ!!」
ケタケタと笑い続ける。ハッキリ言って怖い。美人な顔立ちだけに壊れたような笑い声が人間とは異質な存在であることを感じさせる。だが、7魔将自ら出てきたのはチャンスと言えばチャンスだった。他に部下はいない。先制攻撃にフィンが直線の炎のブレスを撃ち込むのを合図に、シルバとエデットは同時に駆けだす。レクサは残念ながら役には立ちそうにない。ビビッてその場から動けなくなっている。
ブレスはベグイアスの蜘蛛の片足だけで魔法陣のような突発的に表れた盾で防がれてしまう。
(あれを苦も無く抑えるのか!)
シルバはあのブレスがマンティコアを一撃で倒したことを知っている。それをノーダメージでほとんど動くことなく防いでいるのだ。距離に特化した剣では傷つけられないだろうと接近戦で切れ味に魔力を振り分けていく。先にエデットがオーラを乗せたパンチを繰り出す。ベグイアスが右手で抑えつけるが彼女の想像よりも威力があった……7魔将を後退させる! たかが人間に後退させられたことにベグイアスの顔が屈辱に歪む。
「人間がこの千年、遊んでいたと思ったか!?」
エデットが吠える。後退したことで隙が生じていた。その隙をシルバは見逃さなかった。それも決定的な隙だ!
「行くぞっぉ!! 7魔将!!」
全ての魔力をアルスの剣の切れ味だけに特化させる。出来た隙は首筋だ。
急速にベグイアスは魔力の盾を無詠唱で創り上げなんとか防ごうと試みる。ガギン!と鈍い音がしギリギリのところで剣は防がれる。だがシルバはこの絶好の機を逃さない。ベグイアスの魔力の盾を削っていき徐々に首へと剣が向かっていく。
「このまま進め!!」
ベグイアスの顔が恐怖で引きつっている。全身全霊の力を一点に集中する。
首を刎ね飛ばせる……。
そう思った瞬間、何が起きたかわからない。
剣を完全に振りおろしたのに、首が落ちていない……。
「な! ……なにが!?」
何がどうなっているかわからない。ベグイアスの手には折れた刃を握っている。理解できないまま自分のアルスの剣を見ると真ん中から剣が折れている。それを見ても頭が働かない。
「どう? 私の怖がる演技はっぁあぁ?
7魔将がこの千年、遊んでいたと思った? んんんん~♪」




