赤の将軍と密室会議
赤く輝く鎧の将軍エデット
危うく殺されかけたが、今は彼の計らいで手厚い看護を受けている。
ゼディスの介護をしていたエメファンダが止めてくれたのだ。
そのあと、呆気にとられていた衛兵たちも慌てて将軍を抑えつけ、王女が詳しく説明した。
おかげで、ほかの衛兵よりもランクの高い……というか最上級の治療と休息を約束してもらえた。
神殿の中で上級司祭による回復呪文、大きな個室でメイドが2人、食事も好きな物を食べ放題。護衛も扉の外に待機。至れり尽くせりだ……が、今は赤い鎧の将軍が入り浸っている。
「それならそうと言えゃー良かったじゃねーか!」
バンバンとゼディスの背中を叩く。バカ力だ……バカだけに……。
メイドが慌ててエデット将軍を「怪我人ですよ!」と止める。怪我人じゃなくても怪我人にしそうな怪力だ。
悪い悪いと言いながらもガハハと笑う。たぶん、悪いと思っていない。
結論から言うと「バカなのか、素手に自信があるかの二択」だと思っていたが違かった。
バカで素手に自信があった。そんな選択肢があるとは思いもしなかった。
「とりあえず、礼は言っておく。お前のおかげで俺の部下が死なずに済んだ。
しかも命がけで助けてくれたことに感謝してもしきれない。
これくらいの治療や設備はお前がやったことからすれば大したことのないことだ。
何か俺の力になれることがあったら何でも言ってくれ。必ず力になる」
意外と義理堅い。情の厚さをのぞかせる。たぶん政治の駆け引き無しで将軍までなっているのだろう。
実力と人望の将軍と言ったところだろうか。
「じゃぁ、一つお願いしてもよろしいでしょうか? フィンバロンネスにココにいることを連絡して欲しいんですよ。」
「お前、フィンバロンネスの知り合いか!?」
「いやいや、おっさん! 王の間でフィンバロンネスと一緒にいたでしょ、俺!
そこから、呪いの牢獄に監禁されたでしょうが!」
「あぁ! あれがお前さんかぁー。顔なんか覚えちゃいねーよ。」
豪快なおっさんだ……。間違いで殺されそうになるのも頷ける。
「その辺は俺の部下……後から4~5人やってきただろう。あいつらが上手く処理してくれているはずだ。しばらくしたら、バロンネスもご到着だろうよ。
そんなことより、もっと俺に頼みたいことはねーか? なんだったら中隊長ぐらいならすぐにでも成らせてやるぞ?」
「どこの馬の骨ともわからん奴に、重要ポストを任せるな!」
「なら、何が欲しい。金か名誉か女か? 俺のできる範囲なら融通するぞ?」
エデット将軍がゼディスを気に入っているのは、衛兵をはじめとしてシルバーニやエメファンダかなり誇張し、美談化された話に心を打たれたからだ。
実際、命がけであったがゼディスにとってはそれほど凄いことではないので、そんなにおっさんに好かれても嬉しくない。
できれば、黒の女将軍とかだったら良かったのになーとは思う。
さすがに将軍に意味もなく施しを受けるわけにもいかない、いや、女くらいなら……と、思っていると扉がノックされ、フィンが来たことを護衛兵が知らせる。
ワードラゴンが入ってくる。そして入って来るなり将軍を見てため息を吐く。
「お前、失礼だぞ!」
「うるさいぞ。エデット。怪我人がいるんだ静かにしろ。」
どうやら、知り合いらしい。
「コイツがまだ子供のころに剣術、武術、学問等を叩き込んだんだ。
まぁ、どこで反抗期になったんだか、やたらと噛みついてくる」
「反抗期じゃねーだろ! 人の顔見てため息ついてるのが問題だ!」
フィンが育てた結果がこれらしい。
さらに人が入ってくる。
今度はシルバーニだ。
「どうも病室らしからぬ、険悪な雰囲気ですね。エデット将軍、フィンバロンネス。」
「よう! お嬢ちゃん。恋人のお見舞いか?」
「恋人ではありませんが、お見舞いです。」
「もっとも、シルバーニ王女様がお見舞いだけで来るわけもないでしょ。
事情聴取がメインですよね。」
「もちろん、それもあります。」
純粋に心配で来てくれたわけではないようだ。
シルバーニに今回の件について状況を説明する。で、石壁の問題を指摘しておく。
あくまでも、後から気付いた結果として……。
そうすると、エデット将軍か改修工事のことを話、フィンが簡単な予算や時間などを割り出す。
この調子だと今日から改修を行いそうだ。
将軍は外の護衛兵と話をすると宰相のところへと連絡するようにと指示を出す。
もとから手狭になった牢獄を広くするため別の場所に改築していたらしいが、完成を急がせる方向を取ったらしい。
手近のワインに手を伸ばしフィンがグラスに注ぐ。自分の分とシルバーニの分だけ。
「ゼディス、実は怪我が治ったら王と再び面会することになっている。
今回の件じゃない方向でだが……。」
牢獄の件じゃない、ということは7魔将の方だろう。
やはり、王はわかっていて、一時的に牢獄に入れたのだと確信する。
「どういうことですか? 彼はすでに罰を受けていると思うのですが?」
気になったのだろう、シルバーニがフィンに尋ねる。
グラスのワインの色を眺めながら考える。彼女たちに話すべきか話さざるべきか……。
エデットは自分が育てた将軍だし、シルバーニはいずれ7魔将と闘わねばならないだろう。そう考えればこの場で話すという選択肢もなくもない。
が、ゼディスが止める。
「会ってみればわかるさ。今ここで言うべきことじゃない」
カロン王は誰に話すか選抜しているはずだ。
少なくとも王、ゼディス、フィン、シルバーニ、までは会議に出席は決定打としてあと誰を呼ぶか。
宰相は少なくとも呼ばれる。将軍、宮廷魔術師、大司祭が難しいところだ。
呼ばずとも、軍備の強化さえ促せばいい。魔族自体の侵攻はあるわけだから……だが、知っているといないとでは気合の入り様は違う。と、同時に政治的な動きに変換されないわけがない。とくに宮廷魔術師はその地位向上に必ず利用してくるだろう。王としては面白くない。だからといって宮廷魔術師だけ外した会議などすれば反感を食うのは目に見えている。将軍にも宮廷魔術師と繋がっている者もいるかもしれないし、将軍本人が政治的介入に変えてしまうかもしれない。能力があるだけに扱いにくいのだろう。
エデット将軍くらいわかりやすければ問題ないだろうに……。
ガバガバとお気楽そうにワインを飲んでる。
結局その日一日は休息に使われた。
次の日に朝食をとり、フィンに連れられ特別な会議室に呼び出される。
密会用の会議室なのだろう。
ココでの会話は他言無用となっている。と、フィンに言われる。
会議室の扉を開くと簡素な部屋で飾りっ気が無く、10人程度が座れる長テーブルが置かれているだけだった。
机と椅子は高級なモノなのだろう、形にこだわりが感じられる。
花も絵画も彫刻もない。人や使い魔などが出来るだけ隠れられないようにとの配慮だろう。
ゼディスが来た時にはすでに会議の準備は終わっているようだった。
上座から王、そして宰相、王妃、第一王子、シルバーニ、第二王子、第三王子、第一王女となって一番下座にフィン、ゼディスだ。
予想外の組み合わせだったが、妥当と言えば妥当だ。
王子たちは自分の派閥の長にはこの会議のことは話すだろうが、長たちはこれを公に出来ない。
そうなれば政治的活用はどうあがいても限られてくる。
会議を開くことで7魔将の噂が流れ出すのは仕方ないにしても、かなり制限できるはずだった。
だったが、なんで王妃が必要かいまいちわからない。
それにしても、こんなところを暗殺者に狙われたらどうするのだとも思える。
万全の態勢なのだろうが不安は禁じえない。
ただ、ゼディスが見た感じ王子、王女は只者ではなかった。
バカなお坊ちゃんお嬢ちゃんと言った雰囲気はなく、むしろどこか一癖も二癖もありそうな者たちばかりだ。
「まずは冒険者ゼディスに謝っておこう、今回はお前の話を有耶無耶にするためだけに、お前を牢に閉じ込めてしまった。申し訳ない。
だが、この話はおいそれと誰に話してもいいものではない、そのため今回この場を設けさせてもらった。
さて、今回の会議だが……」
議題に入る。
もちろん7魔将のことだが、誰も驚かない。おそらく自分の派閥の者から聞いているのだろう。
王が咄嗟に嘘だと風潮したが、王子たちはそれを見抜いていたようだ。派閥の長たちはどうだったかわからないが……。
そのあとに、ゼディスは面倒だなーと思いながらもゴブリンの洞窟のことを話し出す。
繰り返す話で、自分の話がどこまで本当だったかが不安になってくる。
自信を持って話す話は全て真実なような気分になってくるから注意が必要だし、記憶は曖昧になって来るから見落としてしまえば浮上してこなくなってしまう。
(それでも、この状況になっていれば、彼らには関係ないか。)
ただ、7魔将がいるということだけが重要なのだろうから……。
口火を切ったのは第一王子カヌマスハリン。
話には聞いていたがしっかりした目鼻立ち、歴戦の勇者を想わせる風格。
金髪に青い目をしている。まー羨ましいくらい色々揃っていそうだ。
「まずは、軍の防備である黒を上げるべきかと思われます。それから停戦の打診ですね」
「たしかにそうだな。」
黒の将軍は防衛の担当なんだろうとゼディスは目星を付ける。
と、いうかゼディスはもう役目はない。ここで発言を許されることはないだろう。
国の運営についての話にうつっているのだから。
ただ、一度会議を始めてしまえば、途中入場、途中退場は許されていない。
それからも、延々と王子たちとシルバーニが口を挟む。
利発そうなお子さんたちだ。20代前後の王子たちとは思えない。
只、気になるのは第一王女と王妃の存在だった。
口を挟まずただ聞いているだけ……。それなのに気になる。
魔力で魅了する手が使えればいいのだが、シルバーニにバレるのは間違いないし、ほかに魔力が見える者もいるかもしれない。
ひょっとしたら、真剣な顔をしているだけで何も考えていないのかもしれない。が、そんな風に考えていると、思わぬところで足をすくわれかねない。
それに第二、第三王子も侮りがたい。すでに国の中枢にいるのだろう。
自分の派閥に有利でかつ、問題のないように話を運んでいく。ただし第一王子カヌマスハリンが国全体を見ているために若干力を抑えこまれている感じはする。
基本的には、国の戦力向上と他国との協力、情報収集ということに限られてくる。
そこでようやく、つまらなそうに話を聞いていた第一王女ネイスが口を開いた。
「国のことはそれぐらいでよろしいんじゃなくて? 問題はシルバでしょ」
シルバーニの愛称はシルバらしい。
みんな押し黙る。
まさに重要なところはシルバーニの扱いだ。7魔将討伐に向かわせるかどうかだ。
カヌマスハリン以外の王子王女は複雑だろう。仮にも家族だから行かせるのは忍びない、だが、王位継承権の繰り上げられる可能性は高い。
今までこの話題が上らなかったのは扱いに困っていたからだろう。
もし討伐を押し進めれば国内から印象は悪い。逆に国に残るようなことを言っても外交面から見て印象が悪い。どちらに転んでも発言者の印象を良くするのは難しい。
義理の母に当たる王妃が口を開く。
「シルバーニ王女。あなたはどうするのがよろしいと思いますか?」
たしかに自分の評価を落さずに打開するには、本人に委ねるのが手っ取り早い。
シルバーニ自身も考えあぐねる。
「私が討伐に出るべきだとは思いますが……」
と言って言葉を切る。
行くこと自体に問題はない。ただ、護衛などをどうするかという話をする。
たとえば、国の兵士を連れて行って役に立つのだろうか? ということだ。
「それに、できれば国内の兵士は温存しておきたい」
「だからといって、シルバーニに行かせるわけにもいくまい!」
「10人前後で7魔将と対峙しろというのか?」
「よろしいでしょうか?」
第一王女が発言することを求める。
当然、許可される。
「国の兵を使わず、護衛を付ければよろしいんじゃないかしら?」
王子たちの顔を見る。
そんなことが出来れば…と言いたげな第二王子。だが、カヌマスハリンはすぐに思い当った。
「冒険者ギルドか……」
「当然ですわね。幸いここに7魔将を追い返すだけの実力のある冒険者もいますし……」
「なるほど、優秀な冒険者と行動を共にさせるのか。それなら確かに安心だ」
予算も抑えられるし、王位継承権の移動はないにしても帰って来るまでに時間がかかれば、王や第一王子が亡くなった時の順位の繰り上げも考えられるという判断もあるのであろう。
とくに国と魔族との戦いになれば、王や王子が亡くなるかなどわかったものではない。
一人でも王位継承権を持つものを遠ざけておきたいのだろう。
「えー、盛り上がっているところ申し訳ないんですが……」
発言を許されていないが、自分のことを指しているようなのでゼディスが口を挟む。
「なんじゃ? 申してみい? まさかシルバーニでは力不足だというのではあるまいな?」
カロン王が有無を言わさず『連れていけ』という雰囲気を醸し出している。
当然、他の王子、王女もここまできて何を言うつもりなんだという目で見る。
「大変申し上げにくいのですが、俺、冒険者ランクCなんでとりあえずBランク以上の仕事は受けられないんですけど?」
全員の目が点になる。
AランクじゃないにしてもBランクなら、すぐにAランクに上げることは可能だ。
だが、CランクからAランクに飛び級させることはできない。
それは冒険者ギルドが認めていないモノを、国が勝手に認めると国とギルドとで摩擦が起きる可能性があるための取り決めである。
当然、すぐに冒険者ギルドに言って無理矢理Bランクにあげることもできるが、それでは結局ただAランクに上げさせたことと変わりない。
だから、最低でもギルドに頼んでBランクの仕事はさせなくてはならない。
それからでないと国の仕事を受けさせられないのである。
王が頭を抱える。
予想だにしなかった事態だ。
が、王妃がいたって冷静。
「なら、Bランクの仕事を回してもらうようにギルドに連絡してもらいましょう。」
「しかし、母上。彼一人でBランクの仕事になりますと、何日かかるか……」
「なぜ、一人でやらせるのです?」
「えっ!?」
「パーティーを組ませなさい。そうですね~。まずはシルバとエデット将軍、フィン男爵でどうでしょう?その組み合わせなら冒険者ギルドのBランクなどすぐに終わるでしょう。」
「えぇー!私もですか!?」
フィンはまさか自分の名前が出るなど露ほどにも思わなかったためビックリしている。
さらに将軍を一人貸し出すとまで言っているのだ。どんな最強パーティーだ?
そこまでして、シルバーニを冒険に出させたいか!いや、元からシルバーニを冒険に連れ出し7魔将と闘おうと思っていたから、ゼディスとしては助かるのでその方向でお願いします、と思う。
「あぁ、それでしたら後学の為に私も同行させていただきますわ」
最強から一歩遠のいた…なんか、面倒臭そうな第一王女が付いてくることになった。
何か企んでいるんじゃないだろうかと思ってしまう。




