呪いの牢獄と王の判断
「あの王様は頭がいいな。」
「当たり前だ、貴様の嘘などすぐに見破るに決まっているだろ!」
ゼディスは武器や鎧などを取り上げられ、首輪を付けられ地下牢へと向かわされている。
城内兵2人に引き渡され、すでに近衛兵ですらない。
犯罪者を扱うのは手慣れたもので、手際よくゼディスを追い立て歩ませる。
首輪は罪人の証でもあるが、それよりも効果が期待されてはめさせる。
この首輪は、はめるのも取り外すのも複雑で、一度はめると鍵以外では取り外すのは難しい。
そして呪文を使えなくする効果がある。魔法、神聖魔法、精霊魔法などを使えなくする。
無理矢理取り外そうとすると「ドカン!」である。
当然、魔法使いであろうとなかろうと、罪人になった時点ではめられてしまう。
魔法使いだと隠している人間もいるかもしれないからだ。
戦闘中に使う案もあったらしいが、先ほども話した通りはめるのにも複雑である。
とてもじゃないが、剣で切り付けた方が早いのでその計画は無くなった。
(頭がいい……って、俺が嘘を吐いたのを見破ったみたいに勘違いしてるなー。)
肩を落としながら、説明するわけにもいかず、トボトボと歩くしかない。
ゼディスが王を「頭がいい」と評価したのは判断力の早さだった。
「ところで、『呪いの牢屋』? どんなところなんッスかね~。
昨日、娼婦の館に行ったばかりで気分良く寝れたんで、今日もできれば快適なところが良いんですが……。」
「残念だが、寝心地は最低だ。あと呪いも最悪だ。娼婦の館が最後の贅沢だろうな。
娼婦の館かぁ。贅沢してるな。どこだ? 住民街なら『ワンアイズ』なんかが良かったぞ?」
「俺が行ったのは貴族街の『ゴールデンなんとか』という……」「なんだと!?」
「もういい! お前は『呪いの牢獄』で死んでしまえ!」
「えぇー!? 何で急に!?」
「どうやって入ったか知らんが、お前は一生分の運を使い果たした! お前に明日はない!」
二人の衛兵がビシっと指さし構える。
ついでに『牢屋』じゃなくって『牢獄』だった。
さっきまで、同情気味の二人だったのに……。これで「一晩で何人も抱いた」など言ったらこの場で処刑されそうだ。
「まぁ、正直、同情するよ。
デンギという男が同室の罪人を殺しているんだと思うんだが、凶器がわからないんだ。」
地下に降りていくにつれ、壁がしっかりした四角いレンガの石積みから、形の歪な丸っこい石の積み上げの壁になってくる。
床も丸石をハンマーでたたいただけの雑な作りで、茣蓙を敷いてもいたそうで寝れる要素が一切ない。
「凶器はこの壁の石なんじゃないですか?」
何気なく、ゼディスは壁をガリガリとするとボロリと小さい丸石や黒く尖った石が落ちる。
こうやって削っていけば、脱出可能そうだが、しょせん地下……どこまで行っても土だろう。
下手に掘り進めば生き埋めになるし、穴の中に酸素を送らなければ窒息死だ。
むしろこの石壁は罪人が生き埋めにならないように、との配慮で作られているのだろう。
だから、石の1個や2個取ったところでわかりはしない。
「確かに血塗られた石が見つかった。」
「なら事件は解決……じゃなかったわけッスか……。」
「首を鋭利な獲物で切られていいたんだ。それに血塗られた石などその辺にゴロゴロしていたよ。」
「鋭利な刃物?」
「もちろん身体検査もしたが出て来やしない。同室になるたびに翌朝には首を切られて死んでいる。」
顎をかいて考える。
「どうした、押し黙って? 怖くなったか?」
「とりあえず、そんなところに他の罪人を入れなきゃいいんじゃないですかね?」
「あぁ、そうしてきた。」
「……。」
「睨むな。俺たちだって詐欺ぐらいでそんな牢獄に入れたくない。だが、ここ最近、犯罪が横行していてな。現在、新しい牢獄を作っているが、今、空いているのはそこしかなかったんだ。」
「次の日、死んでたら化けて出ますからね。」
「勘弁してくれ~。」
「そのデンギって男は何年くらい牢獄にぶち込まれてんですか?」
「もう5年くらいになるんじゃないかな?」
そのデンギのいる『呪いの牢獄』の前まで来た。
いくつもある牢屋の一番奥の右側、壁にはいくつかランタンが掲げられているが薄暗い。
男がいるのはわかるが、暗くて顔が良く見えない。
「さぁ、入れ。運が良くても悪くても、たかが偽証罪だ。明日迎えにくるだろう。」
「『運が悪く』とか言わないでくださいよ~。」
わかった、わかった、と適当な相槌を打たれて投獄されると衛兵は去って行ってしまう。
この牢獄には見張りの兵が2人、1人が交代役で基本3人で回しているようだ。
だが、この牢屋は一番、奥。見張りの目が届きづらい場所にある。
仲良くしてれば殺されないだろうと思い、挨拶をする。
「どーも、詐欺で捕まったゼディスで~す。」
「いえいえ、これはご丁寧に、私はデンギという小悪党ですよ。」
髪は短く切りそろえられ、髭も切り落とされさっぱりした顔つき。目は細目でニッコリとしている。
全体的に細めでだが筋肉があることは見受けられる。
案の定というか、隙がない。
仲良くなれそうにないと、ため息を吐く。
そのため息をデンギは勘違いしたようだった。
「大丈夫ですよ。『呪いの牢獄』なんてただの噂ですから……。」
「まぁ、デンギさんが殺してるんですから、呪いじゃないでしょうけど……。」
「……。」
瞬間的に目が鋭くなるが、すぐに笑顔に戻る。
もちろん、ゼディスが見逃すはずもない。
「勘違いですよ。私はたまたま同じ牢獄に居合わせただけの不運な男ですよ。
おそらく、衛兵に何か吹き込まれたんでしょうけど、私は何もやっていません。
それに凶器だって見つかってないんですよ?」
「デンギさん、あなたは自己顕示欲が強く、潔癖症さらにコレクターで殺人癖まである。
昔は傭兵だったが、死体を観察する余裕がないから冒険者か殺人犯になったんでしょう。
初めは老若男女問わず殺していたが、男の若者は抵抗が強いため面倒になりターゲットから除外するようになった。だが、殺しの数が多すぎて結局はバレて牢獄の中へ。
この牢獄の中で、獲物を待ち寝ている隙に殺す。
もちろん、噂を聞き起きている者もいただろうが手口がわからなければ、殺すのにはさほど手間取らなかったんじゃないですか?
只、楽しむためだけに牢獄内で殺した。衛兵にバレない優越感も感じられた。」
「……。魔法使いか?」
「違いますし、首輪もしていますから……。あなたがもう少し慎重なら気づきませんよ、こんなこと。
だいたい、壁の中に黒曜石が混じっている。これは昔、矢じりなどを使うときに使用されていたらしいですよ?
コレを下のわれた石で慎重に研いだのでしょう。よほど研ぎ澄まさなければ髭など剃れないでしょう。それは性格が出る作業ですよ。短気や大雑把な人には無理です。どちらかと言えば潔癖症な性格で突き詰めることが好きなんでしょう。
あとは筋肉の付き方や、立ち振る舞いが戦争を経験している匂いがします。もういいですか?
殺人癖の話までしますか?」
ゼディスは途中で面倒になってきた。
どちらにしろ、この男はゼディスを殺す気はなかったことがわかっている。
「結構だ……。そこまでわかっているなら殺しづらいな。」
「別に殺す気なんてなかったでしょ?」
「なぜ、そう思う。」
「今が脱走するのにいい機会だから、外に出てまた暴れたいってわけで……。」
「俺が脱走しようとしていると思ったのか?」
「衛兵の話に耳を傾けてるんでしょ?魔物が増えてきたことを知っている。
それなら、ここから出れば外での狩りが魔物のせいに出来ると考えている。
そのために『あえて』俺を殺さない。そうすれば俺が出るときに黒曜石の刃を使って衛兵を殺し出られる可能性がある。
逆に殺してしまえば、振り出しだ。また、身体検査をされてしまうため黒曜石の刃を持っているわけにはいかないし、ここに罪人がしばらくは入ってこない。そうしているうちにも魔物の騒ぎも治まってしまうかもしれない。
それに、放っておいても極刑は免れない。
俺自身は、そんなこと衛兵に話したところでメリットはない。『早く釈放される』?
そんなことしなくても、あの王様ならおそらく明日にでも俺は釈放される可能性があるさ。」
「それなら、俺も明日出れる可能性があるということか……。お前を殺さなければ……。」
ゼディスはゴツゴツした石の上に寝転がる。こりゃぁ寝づらいなーと思ったが仕方ない。
デンギは思案しているようだ。が、ゼディスを殺したところで利益が無い。しいて言うなら殺人衝動が満たされる程度だ。
多少我慢し外の出られれば、それは思う存分楽しめる。
ただし、この男が衛兵に喋る可能性は捨てきれない。が、それは牢獄から出る瞬間しかありえない。
今ここで衛兵に話そうとすれば、当然だがすぐに殺す。
もちろん牢獄の鍵を開ける前でも、同じこと……。そうなれば、出た時しか脱獄計画を話すことが出来ない。
ならば、この男が出るときに割って入ればいい。衛兵は自分を素手だと思っているのだから殺すことなど訳ないであろう。
結局は生かしておかなければならないか……。と結論付ける。
この男の言うことが本当なら、脱獄は明日にでもできる。
デンギは明日の計画を何度も頭の中でシミュレーションしながら、体を休めることにした。
ゼディスは、凶器を持った殺人鬼の隣で速攻、寝ていた。
あんなに 寝るのは不可能に思えていたのに……。
そのころ、フィンは貴族が泊まる城内の部屋に監禁されていた。
部屋の中は広く豪華で完全な客間である。
が、外出を一切許可されず、扉の前には2人の衛兵が見張っている。
ここから出ることなど訳ないが、それは自分の立場を悪くするだけだった。
先程、王の間でゼディスが投獄された後、フィン自身も罰として1日の謹慎を言いつけられていた。
偽の情報を掴まされ、あまつさえ、緊急事態として王を呼び出したとして……。
逆に言えばその程度で済んだともいえる。自分が1日ならゼディスもそうかもしれないと、あまり深く考えるのをやめた。
ソファーに深く腰を下ろすと外の衛兵に飲み物を持ってくるように命令する。
「しかし、こんなことをしている場合ではないのだが……。」
だが、王の言うことも一理あると思っていた。
ゼディスはどうやって7魔将と互角に戦えたのだろうということだ。
窓の外を見ながら、ボーっと考える。外が騒がしい。衛兵が何やら問答をしているようだ。
誰か来客で止められているのか? とフィンは思ったが、謹慎中の自分が出ていくのはマズイだろうと思い衛兵が何とかするだろうと、結局、座りなおした。
すると扉が開き、カートで飲み物を運んできた男が入ってくる……フィンは慌てて立ち上がった。
「カロン王!?」
「元気……ではなさそうだな。何を飲む。」
「あっ。それは私がやりますので、どうかお座りください。」
「なんだ? 余が入れる飲み物が飲めないというのか?」
どこぞの酔っ払いかと思ったが、口にはしない。
先程、衛兵が押し問答をしていたのは、王様自ら飲み物を運ぶと言って聞かなかったからだろうと、フィンはため息を吐いた。
「では、赤ワインをお願いいたします。」
「うむ。よかろう。」
王はご満悦で優雅にコルクの栓を抜いていく。
意外と……といっては失礼かもしれないが、手慣れたものである。
「ときにフィン。先程はすまなかったな。」
自分に謹慎を言いつけたことだろう。
宮廷魔術師はもっと重い処分を求め、大司祭は『騙されただけ』とおとがめなしでもいいのではないかと言っていた。
その間を取った形に思えたが。
「お前と話をするためにココに閉じ込めた。」
「どういう……。」
「あの者……ゼディスといったか? 7魔将の話は本当であろう。
ただ余が人払いをしなかったせいで、余計な者にその話を聞かせてしまったから咄嗟に嘘ということにしてしまったのだ。
それに、冒険者よりも『お前たちを信用していない』とは言えまい?」
フィンの前にワインを注いだグラスを差し出す。
自らのグラスにも注ぐとソファーへと座り語りはじめる。
「安心しろ。明日にはあの男は出してやる。」
「しかし、7魔将を追い返した点につきましては、私も疑問が残るところです。」
「それより余はお前がこれほど早く来られた方が気になる。」
互いに気になる点が違った。
フィンからすれば明らかに、7魔将を追い返す力の方が問題に思えたが、まずは位の低い自分から話すのが筋だろう。
転移魔法陣のことを話し出す。そして、それを魔族に限らず城内でも悪用しかねないことなど、そしてゼディスがある程度改変していることなどを語る。
「なるほど……まだ転移魔法陣は生きているわけか。」
ゼディスも『生きている』という言い方をしていたなー、とフィンは思った。
王の方はあらかた疑問が解決したようで、フィンの疑問に答える。
なぜ、ゼディスが7魔将を追い返せたのか。王は「あくまで推測だが……。」と前置きする。
「7人の勇者の力を受け継ぐ者があらわれていることは知っておるか?」
「なんとなくですが……しかも、偽物が多数出ているという話も聞きます。」
「まずある程度の絞り込み方は知っておるか?」
「見分ける方法があるのですか?魔力量とかですかね……?」
自信なさげに首を傾げるフィン。
「まずは、力を受け継ぐ者は先代と反対の性別になるらしい。先代のほとんどは男性だったから、力を受け継ぐ者はほとんどが女性になる。」
「なるほど……。しかし眉唾ですね。」
「難しい所だな。サイアン大司祭が神託でそう啓示されたと言っておったし、間者からの報告でも他国でもその神託を受けた神官、司祭がいるという話だったから、あながち嘘とも言い切れん。」
サイアン大司祭は、先ほども王の間にいた国おかかえの大司祭だ。
光の神に仕えている。気が弱いが、人望は厚く誰にでも優しいとのうわさだ。
「私は神の声を聞くことが出来ないので、信じかねますがね。」
「それは置いておけ、もしそうだとして、先代の勇者の内の一人に女性がいた。」
「まさか! 大神官ゼティーナ様の力を受け継ぐ者がゼディスだというんですか!?」
「なら辻褄があると思わんか? ゼティーナは女性だった。ゼディスは男性だ。」
「待ってください! 確か神聖ドードビオ王国には2代目ゼティーナ様がいるという話を聞きました!」
「女性だったな。」
「しかし、信託が本当かどうかも分かりません!」
「それなら2代目ゼティーナが力を受け継いでいるかもわかるまい?」
「……。」
確かにそうだ、2代目ゼティーナが力を受け継いでいる確証は何もない。
それにゼディスが勇者の一人であった方がフィンには助かる。
なにせ勇者の力を受け継ぐものと行動できるだけで地位の安泰は間違いないし、今回の件も優位に働き7魔将対策を進んで行える立場になるかもしれない。
それでも、大事なことだ。自分の有利不利で判断するわけにはいかない。
「どちらにしろ、あの男が嘘を吐いているようには見えなかった。」
「えぇ、それは私も感じていました。」
「明日にはゼディスを牢獄から出そうと思っている。そして、お前と彼とあと少人数で対策を講じたいと考えておる。もっともその前に謝罪をしておかねばならんがな。『呪いの牢獄』に入れたことを……。」
「そういえば『呪いの牢獄』とは?」
「その牢獄に入ると、次の日には首を切られ死んでいるという話だ。」
「!? ちょ!! たしか同室に男がいるという話でしたよね。その男が……。」
「首を切ったのに刃物を持っていない……。残念ながら断定はできなかった。まぁ大神官ゼティーナの力を受け継いでいれば大丈夫じゃろう。違うとも7魔将を追い返した話が本当なら……。
彼の力を証明するいい機会ではないか?」
「本当は相当焦ってましたよね? 明らかに苦々しい顔をしてましたもの。」
王は口笛を吹いて素知らぬ顔をした。
「このおっさんは……」とフィンは王様を睨み付けていた。
翌朝、ゼディスは牢獄から出されることになる。
もちろん、デンギが動かないわけがなかった。




