王都への近道、夜ならの場所
馬車は王都へは向かってなかった。
というか、ゼディスがゴブリンがいた遺跡へ向かうよう指示を出していた。
「まさか、遺跡だったとはな。」
フィンとゼディスは向かい合って座っていた。
少し硬めのシートだが馬車としては上々なモノだろう。
その中で暇つぶしにゴブリンの洞窟であったことをダイジェストで、話したくない所を省いて話していた。
「で? その遺跡へ、なんで向かわねばならんのだ?」
「正確にはその場所の近くに行くんですけどね。おそらく、まだ生きているハズ。」
「7魔将の仲間か?」
フィンの表情が険しくなる。
「まさか、生き物じゃないですよ。魔方陣。」
「魔方陣?」
「知らないんですか?」
「いや知っている……知っているが何の魔法陣なんだ。それに今の話からすると魔法陣が出てきたところはなかったと思えるが……?」
馬車が所定の位置まで着く。あたりはすでに薄暗くランタンを付けないと見えない。
馬車自身にもランタンはついているが、洞窟の前に置いておいたランタンに火をつける。
「たぶん、こっちだと思うんですけどね。ついてきてもらっていいですか?
もう、ゴブリンもスケルトンも7魔将もでないでしょうから……。」
そう言うと、洞窟の横の少し開けている方向へと歩きはじめる。
馭者がどうするかとフィンに尋ねると「仕方ない」と後を付けるようにと命じた。
洞窟の横をしばらく進むと草が生い茂っているが拓けるさらに開けた場所に出る。
ただし一部、草が生えていない場所がある。
そこに魔法陣があるのだとフィンは直観的に思った。
「この上に馬車を乗せてください。」
言われるがままに馬車を進める。
途中でフィンはこの男が自分を狙うものだったら、一貫の終わりだなと失笑してしまう。
馬車が魔法陣の上までくると、ゼディスは再び馬車の中へと戻ってきた。
「すぐに終わります。」
「何が……だ?」
その言葉を放った時、周りが光に包まれ風景が歪む。
気分が悪くなり、目眩を覚えた。
一瞬、騙されたのかと思ったが周りの風景が王都に近い場所であることで納得した。
「転移の魔法陣……。」
千年前に失われたとされる古代魔法の一つだ。
今では移動手段は徒歩か馬しかない。
フィン自体はこの魔法の存在は知っていた。が、体感したのは初めてだ。
彼女が生まれたときには、もう失われた後で両親から存在だけを聞かされていた。
「良くご存知でしたね。」
「それは私の台詞だ。なんでお前が転移魔法陣のことを知っている。それにあの場所にあることも……。」
「エールーン王国はご存知ですか?」
「お前はバカにしているのか?」
「魔族に落とされた王国、ここまでは良いですね?」
「何が言いたい?」
「どんな魔族が落したと思いますか?」
「お前が報告しただろう! 普通に考えれば7魔将だ!」
要領を得ないゼディスの会話にイライラとしてくる。
「もう一度聞きますが、エールーン王国の場所は?」
「お前は! ……。待て、そうか……だから、転移の魔法陣があると思ったのか……。」
やっと納得した。フィンは自分がだいぶ頭が悪いなっと思った。
ダークエルフと言えど、エールーン王国からこの地までひとっ飛びなどということはないだろう。
それが出来るなら千年前に転移魔法陣など作られなかった。
ここまでくる手段は限られてくる。
そして魔王の城の遺跡ともなれば、ここから各地に攻め込んだ可能性は高い。
おそらく、ダークエルフの逃げ道もあの魔法陣を使っているのだろう。
そこまで考え付くと、フィンは逆のことも考える。
「なら、この魔法陣は使えないようにしといたほうがいいわけか……。」
「敵も味方も攻めやすいから、そうなりますね。乱戦になることは確定ですからね。」
「しかし……。」「考えています。」
この魔法陣を封じてしまうのがもったいないから、何とかならないかと言いたかったのだが、すでに考えていたらしい。
応急処置は施したと言われてしまう。
エールーン王国との行き来は出来ないように、魔法陣を書き換えておいたとか。
とはいっても、こことゴブリンの洞窟の二か所だけだ。
他は後からまわって確認しに行かなければダメだろうとゼディスが話していた。
道中そんな話をしていると王都に着く。
まだ、夜は暗く町の城壁の門の前までくると、門番に身分を明かし中へと馬車を進ませる。
「さて……予定外のスピードで王都に来てしまったが、さすがに今夜は入れない。
宿屋に泊ることになるが構わないか?」
高級そうな宿屋の前で降りることになる。
王都には貴族街もある。
そこには王都内の貴族が屋敷を構えている。
地方から来た貴族は基本的には城の方に泊まるのだが、夜には城門は開かない。
そのため、貴族街に1泊だけの貴族専用の宿屋がある。
無駄に何泊、泊まってもいいのだが当然お金は払うことになるから普通は1泊である。
「いや、娼婦の館に行こうかと思ってます。お昼くらいに戻ってくればいいですかね~?」
「呆れた奴だ。旅が終わったばかりで性欲か? 念のため私が入城する前にはお前のところに使いの者を出そう。なんという娼婦の館に行くか教えといてもらえないか?」
「えーっと、なんだっけな? 『ゴールドタワー』って名前だったような気がします。」
「……。聞いていいか? お前はどこの貴族の道楽息子だ?」
『ゴールデンタワー』……ここ数年で最高級の娼婦の館となっていた。
王都内の貴族はそこに行くことがステータスになるほどである。
大商人や、貴族でも一流貴族、王族などが通うようなところだ。
とても冒険者が行けるようなところではない。
一晩で冒険者など1年分の稼ぎを持っていかれるだろう。
「娼婦には何かと縁があるんですよ。」
「なるほどな。」
ゼディスがお金など持っていないことは見ればわかる。
だが、2度目に会った時にはオレンスという娼婦の館のオーナーと一緒だった。
彼が情報を運んでいるのかもしれない。または、肉欲に対する技術に優れているのか、その両方か。
(『あの』ゴールデンタワーに知り合いがいるほどの肉欲の技術を持っているとなると……)
フィンは思わず熱いまなざしで見返してしまう。が、すぐに宿屋へと歩みを進めた。
「わかった。なら、ゴールデンタワーに使いを送る! 身ぐるみはがされて出てくるなよ。」
娼婦の館『ゴールデンタワー』の前に場違いな男が現れた。
みすぼらしい冒険者の男が一人。そして用心棒が店の前に二人立っている。
用心棒というが、その格好は白銀の鎧を着て綺麗な顔立ちをしている。
用心棒になるだけでもかなりの努力が要求されることは間違いない。
そのうちの一人が冒険者の胸ぐらを掴む。
「田舎者か? ここは貴族街だ。貴族以外は出入りを好まれない。
もっと言えば、ここ『ゴールデンタワー』の前には貴族でも上流の者、あるいは大金持ちしかこの前に立つことは許されない。わかったら、さっさとこの場から立ち去れ。目障りだ。」
ドン! と、突き放すと冒険者は情けなく尻もちをつく。
もう一人がケラケラと笑う。冒険者はノロノロと立ち上がる。
その行動が突き飛ばした用心棒をイライラさせ、もう一度掴みかかろうとした時、冒険者はようやく口を開いた。
「申し訳ありません。実はココのオーナーのトリアンナ様に言伝するようとある貴族の方から頼まれまして、『ゼディスが待っている』とだけ言っていただければわかるとのことでした。」
もちろん、この冒険者がゼディス本人なのだが、それを言うとトリアンナを呼んでくれなそうなので多少ウソを混ぜる。
用心棒たちは首を傾げる。
この男が言っていることが本当かどうか疑わしい。
それでなくともオーナーのトリアンナは目が回るような忙しさだ。
もし、間違いだった場合は目の前の冒険者もそうだが、自分たちもそれなりの処罰があるかもしれない。
二人は目の前の男を何度も見返して相談した結果、間違いの場合はこの男に全部、責任をか被せることにした。
「よかろう! 言伝を伝えに行ってやる。ただし、間違いだった場合はおのれの首が飛ぶくらいのことは覚悟しておけよ。」
「良いかそこから動くな! 俺が見張っているからな。」
一人が中に入っていき、もう一人が冒険者を見張っている。
しばらく時間がかかっている。
それもそのはず、上流階級の男性が次から次へと入って行っている。忙しくないはずがない。
見張りを任された用心棒が改めて緊張してくる。
(これでもしこの男が適当なことを言っていたら、この男に責任を全てなすりつけても足りないんじゃないか?)
ここにいるお客に自分たちのことを高く買ってくれるようトリアンナは進めることもある。
貴族になった者もいるという噂までたっている。
そんな人に目を付けられたらこの王都では生きて行くことはできないだろう。
お客の貴族が続々と入って行くのを見るとイヤな汗が出てくる。
この男だけで済むように祈らずにはいられない……そこに相方が戻ってきた。しかもトリアンナ本人を連れて……。
赤みがかった金色のロングストレートの髪、それに合わせるかのような赤いドレス。豪華そうなネックレスを下げ、背筋をピンと張りスゥーっと歩いてくる。
たかが言伝の冒険者にトリアンナ自身が出てくるなんて考えられない。
嫌な予感しかしない。
(この冒険者が目の前で殺されるのではないか……続けざまに自分も……。)
連れてきた用心棒の顔色が悪いことからも、想像は悪い方へ悪い方へ働いていく。
トリアンナの厳しい声が見張っていた用心棒に飛ぶ。
「このお方に失礼なことをしなかっただろうな!」「そうです! コイツが…え!?」
全部、目の前の冒険者のせいだと言おうとして、トリアンナの言葉を聞き違えてしまった。
「何を言っているんだ? もう一度聞くぞ?
『このお方』に失礼なことはしなかっただろうな……と聞いている。
例えば、胸ぐらを掴んで投げ飛ばしたり、それを見て嘲笑ったりとかだ。
私にとって最も大切なお方だ……もしそんなことをしていたら、お前たちの首の1つや2つで済むと思うな!」
まるで、今までの事柄を見ていたようだった。
もちろん、この世界には防犯カメラはない。魔法で見ることは可能だろうが彼女は魔法使いではない。
しかも、そんな監視に時間を費やしている暇もない。見ていないが想像はついた。
二人の顔は死人のように青白く言葉を発することが出来ない。
冒険者がトリアンナに近づき、腰に手を回すとすぐに目を細め嬉しそうな顔をする。
「トリアンナ。彼らは問題ない。それより中に入れてもらえないか?」
「すでに特別室を用意しております、ゼディス様。
お前たち、もし……あくまでも、もしだがゼディス様に失礼があったなら、次からはこのお方の顔を忘れないようにしなさい。」
優しい声だったが、それは背筋も凍るような死の宣告にも似ていた。
冒険者とトリアンナはゴールデンタワーの中へと消えて行った。




