派閥というものがありまして・・・
「いや……会いに行くって簡単に言うが、無理じゃないか。」
洞窟の外に出て、幌馬車を止めていたところまで戻っていた。
まずはドンドランドが乗り、次にエイス、敵の神官、ゼディス、ドキサ。
ショコは運転席へと移動する。
前後左右を確認し、安全運転を心掛けて馬車を動かし始めるが、なぜか安全を確認すればするほど、後ろに座っている者たちは不安を駆り立てられる。
「簡単に会えないのか?」
「いや、オヌシなんで簡単に会えると思っているかが理解できんぞ。一国の王女だぞ。」
「しかも、剣神アルスの生まれ変わりともなれば王女でありながら、王位継承権第2位だ。
1位は当然のカヌマスハリン王子だが、ほかの王子を抑えてだぞ?」
ラー王国には王子が3人、王女が2人いる。
カヌマスハリンは一番上の王子で文武両道で戦歴も素晴らしい。文句のつけようのない人物だとか…。彼が王位につくことはゆるぎないように思われた。
その次に王子が2人、王女が一人生まれた時点で特に問題なく継承権の順位は変わらなかったが、第二王女が生まれたことで順位の入れ替わりがあったらしい。
しかも、第一王妃の子ではないのがさらにややこしい。
嘘か本当かわからないが、生まれたときから光り輝いていたとか。剣神アルスしか抜くことの出来なかった剣を鞘から抜き現在使用しているとか。才色兼備でカヌマスハリン王子に引けを取らないとか。
とにかく、尾ひれもついて大変な人気になり急遽、王位継承権の順位入れ替わりがあったらしい。
面白くないのは第2第3王子と第1王女の一派。
王子や王女本人は気にしていなかったが、その取り巻きの大臣や将軍などは王に猛抗議をしているだとかで、現在も治まっていないらしい。
下手をすれば内戦になりかねないような勢いだ。
ゴルラ中隊長率いる部隊、つまりはドキサやショコはアルスの生まれ変わりの王女の一派になる。
よくそんな王女をぶん殴ってるな、あのおっさん……と思った。
宰相は第1王子派、宮廷魔術師は第2王子、光の大司祭は第3王子……将軍たちはバラバラで第1王子派に所属している者でも、ぽっと出の王女に戦々恐々としている状況。
アルスの生まれ変わり派は、新しく組織されたものが、大部分を占めるため国内では肩身の狭い思いをしているが光の大司祭が鞍替えしようとしているのか、何かと手をまわしているらく何とか立ち回っているらしい。
「なんか……面倒臭そうだな。」
「そーねー。面倒くさいわねー。」
ゼディスとドキサは幌馬車の天井を見上げる。
どこも似たようなものだと言ったのはエイス。国内での派閥争いはあるらしい。人間社会で生きて行くためにはどこかの、派閥に入らないと駄目だと色々と説教される。
「冒険者でも名が売れてくると、派閥が出来るからのぉ。」
「えっ? マジで? 初耳だ。」
「ゼディス……お前さん、冒険者じゃろ。」
情けないと思っているのか、呆れられているのか、ため息交じりの説明が入る。
だいたい、どこの町の冒険者ギルドでもBランクがいて、下のランクのモノの面倒を見てくれるらしい。
親切心から……と言うよりは自分の派閥を大きくするためのようなものだ。
互いに争うことはないが、大きい派閥が大きい仕事を持っていく。大きければ仕事に割ける人数や適任者を出すことが出来るからだ。
そして、その団体に大抵、名前が付いている。「天空の団」「烈火迅雷団」「羊毛団」。
最後に「団」が付いているのが冒険者の派閥としてわかりやすいようにとの配慮らしい。
「『羊毛団』……ってあんまり入りたくない名前だな。」
エイスが苦笑いをしながら答える。
だが、ドンドランドは真面目な顔で注意する。
「エルフの嬢ちゃん、『羊毛団』は強えぇぞ。もし戦うことになったら気を付けた方がいい。
名前を弱そうにつけて、相手を油断させている。まさに羊の皮を被った狼だからな。」
ドン!と幌馬車の壁に寄り掛かる。
そんなモノなのか? と、エイスは半信半疑でドワーフのことを見つめる。
もちろん、実際に会ってみないとわからない。
「で、今の町には何の『団』がいるんだ?」
「本当に知らんのか? 凄いな、オヌシ。」
「いやぁ、それほどでも……。」
「わかっているだろうが、褒めておらんぞ。」
現在の町にいる『団』は「竜炎の団」と「雷竜の団」「水の竜の団」の3つが主なモノらしい。
竜が多いなとエイスが口にする前にドンドランドが答える。
「なんでも、領主がワードラゴンだとかいう噂で、団長たちがこぞって『竜』の名をつけたがっているらしい。」
「ワードラゴンだって? ずいぶん珍しい人が領主だな!」
素直にエイスは感心してしまう。
『団』の作り方は特にはないらしい。ただ人数を集めて冒険者ギルドの仕事をしていれば『団』と勝手に名乗っていいとのこと。
ただ、最低人数は10人以上は必要じゃないか…とドンドランドが言っていた。
そうしている間に馬車が町へと入っていった。
まずは軍関係のところに止まって、馬車および捕虜の受け渡し。ここでドキサが上司に報告に行くため別れる。
次に冒険者ギルドに向かってショコがギルドに「ちゃんと仕事してました!」と報告、お金をもらう。
「予定より多いのぉ」
本来貰える金額より、仕事の活躍が良かったとのことでショコの独断と偏見で水増しされていた。
大丈夫か不安になるが、初めから想定された金額内だったらしい。いい仕事をした時の金額も考えられていた。ショコとはココで別れることになる。何度も振り返り「忘れないでくださいねー。」と手を振る。
急いで戻らないとゴルラ中隊長にブッ飛ばされるらしい。
もちろんエイスは貰えない。冒険者じゃないし仕事してないし……ってーか助けられてるし。
仕方ないので、エイスに金を貸す。
ドンドランドがビックリするくらい。
「オヌシ、待て! 今、貰った全額をエルフの嬢ちゃんに貸すのか!?」
「さすがに、私もこれは多すぎると思うぞ!」
「いや、敵地から帰るならそれくらい必要だろう。それと早く服、買え。」
クッと屈辱を受けたと顔を歪める。忘れていたわけではないが、仕方なくゼディスからお金を借りるようだ。
彼女の服を買うのを付き合った後、エイスの帰るための馬をレンタルする……。
実際これが高い。馬の購入代金を払う。返せば全額戻って来るのだが、それプラス2日分の費用が前払い。残りの日数はレンタル馬を返したときに払う。
「世話になった。必ず半月後にはあの洞窟にいく。」
簡単な食糧なども持って馬を走らせて町から出て行った。
思った通り、冒険者ギルドで支払われた金額のほとんどが失われている。
馬……高いよ、馬。
「さて、ワシは宿屋で休むがおぬしはどうする? 金を貸そうか?」
「いや、当てがあるから大丈夫だ。」
「この町に知り合いがおったのか。その者から馬も借りるのか?」
「馬?」
「まさか徒歩で王都まで行くわけに参るまい?」
「あぁ……どーしようかなぁ?」
「歩きでは片道だけでも半月かかってしまうぞ?」
「まぁ、なんとかなるだろ。」
手を振ってゼディスが歩き出す。
ドンドランドが呼び止めたがそのまま町の中へと消えていっていまった。
まだ日は高い。
なら娼婦の館は諦めるか……それなら行く方向は領主の館だった。
領主自身にあえればいいんだが、その手前の執事やメイドは屋敷に入れてくれないだろう。
とりあえず行くだけ行ってみるか。と様子を見に行く。
領主なら馬を貸してくれる……わけがない。何でもない冒険者に……。
領主の館の前までくると見たことのある顔があった。
娼婦の館「ナイトバタフライ」のオーナーだ。
「あら、あらあらあら! ゼディス様じゃないですか!」
「やぁ、オーナー。」
「そんな他人行儀な呼び方しなくてもいいですよぉ。オレンスと呼び捨てにしてください。」
「オレンス。」
名前を呼んだだけで、目を細め身体を震わせている。
だけれど、残念そうな顔になる。
「申し訳ありません。まだ、面白い情報は入っていないんです。ゼディス様のお役に立てない私を罰して下さい。」
ウルウルと涙目になっていくが、どこかウットリとしている。
罰せられることも悦んでいるようだ。
「いや、それより頼みがあるんだが……」「お任せください!」
内容も聞かずに即答。
「お金ですか!いくら差し上げれば……。それとも私の身体を……。」
「領主に会わせてもらえないか?」
「えっ? バロンネスに? それは構いませんが、どのような用件か伺ってもよろしいでしょうか?」
「大したことじゃない。アルスの生まれ変わりといわれるお姫様に会わせてもらえないかな~っと思って……。」
「いや! 大したことですよ! フィン様でも王女様と面会となると難しいんじゃないですか?」
「わからんけど、聞いてみようかと……。だから領主とあってみたいなーっと思ったわけだ。」
「そもそも、領主のフィン様とは面識があるんですか?」
「一回だけ呼び出された。」
オレンスはふーっとため息を吐いた。
「私じゃぁ王女様に面会を申し出るのは無理ですからねぇ。フィン様ならなんとか……今あってきたばかりですし……。」
「知り合いなのか?」
「違います。私の娼婦の館のことでお呼び出しを……と言うのは建前で……。」
「情報を流しているのか。」
コクリと頷く。
領主ともなれば情報を多くし入れる必要がある。しかも前線基地も兼ね備えたこの地では必須となっているのだろう。
もちろん、オレンスだけでは情報は足りないだろうから、いろいろな商売認可ついでに情報も仕入れていると判断するのが妥当だ。
なら、中に入るのはそれほど難しくないかもしれない。
「俺も情報を持っている。そいつで入れないかな?」
「十分だと思います。 しかし、フィリップ将軍の話はもう私が……。」
「その話は俺が前にバロンネスに話してある。違う情報だ。」
「私が聞いていてもよろしいんですか?」
「早いか遅いかの情報になるだろうからな。」
オレンスは領主の館の門番と話をする。
フィンに伝え忘れた大事なことがあると説明し、しばらく待たされたあと屋敷の中へと通されていく。
相変わらず広い屋敷の中。
美術品が多い。どれも一級品なのだろう。
ゼディスも美術品は好きだった。
「よくこんなモノに無駄な大金を注ぎ込む」という人がいるが、決して無駄なわけではない。
それは、確実にそこにあり美しいモノだ。美女が大量に欲しいのとさほど変わりはない。
いや、それよりは趣味がいいかもしれない。
(でも、趣味が悪くても美女の方がいいな~。いや、美術品もあるなら越したことはない。)
フィンの部屋に通されてから、ウロウロと部屋の美術品を見て回る。
それが気になったのか、オレンスがゼディスに軽く注意する。
すでにソファーを薦められているのに立ち回っているからだ。
フィンが口を開く。
「『よくこんなモノに無駄な大金を注ぎ込む』という人がいるが、美術品は心を和ませる。
神官のお前には失礼かもしれないが、神を感じられない私には美術品の方が遥かに有意義な金銭の使い方だ。
それに、領主が金を溜め込んでいては経済が回らないしな。」
「いや、大変いい趣味をしていると思いますよ。とくに……。」「ゴホンッ!」
話が長くなるとオレンスは判断して咳払いで二人の会話を遮り、本題に入れと言いたげだ。
ゼディスものんびりしている場合ではないか、と思い直し立ったままソファーに手をかけ話しはじめる。
「新しい情報です。たぶん、すぐに耳に入ると思うのですが、新しい7魔将が現れました。」
「バカな!?」
「7魔将って昔話の!?」
2人の反応を無視する。どちらにしろココにまだ駐屯している部隊から連絡がそろそろ来るだろう。
その前に情報を出して、馬でも借りて姫に会えるように一筆貰おうという作戦。
「フィリップ将軍の死は魔物たちの仕業になることがほぼ決定しました。
あと、7魔将と一緒にいた神官が部隊に連行されているはずです。
細かいことはおそらく、後から部隊長とか中隊長あたりから連絡があるんじゃないですかね?」
「もし本当なら……。」
ワードラゴンのフィンはすぐに口を片手で抑え考え込む。
が、ゼディスとオレンスが邪魔だと考えて褒美を取らせて下がらせようと思った。
「何が望みだ?」
「私は特には……私の情報でもありませんし、ゼディスだけにお願いいたします。」
オレンスは7魔将の名に驚きはしたが、いたって冷静だった。
実際に7魔将の強さなど知らない。恐怖を感じろと言っても無駄な話だ。
だが、非常事態なのはわかっている。そして、それを利用する手段も……。
この情報だけで十分な褒美になる。ゼディスに感謝してしまう。
「で、ゼディスは?」
「アルスの生まれ変わりと言われる王女と出来るだけ早く会いたいんですが、馬と一筆紹介状みたいなものをお願いしたいと思うのですがいかがでしょう。」
「それぐらいお安い……シルバーニ王女に会いたいだと!?」
口から火が漏れそうになるほど驚いた。
次から次へとこの男は驚かされると素直に感心する。
なぜならフィンは第1王子の派閥なのだ。
フィンがゼディスを送ったとなればスパイだと疑われるどころか、もし、ゼディスが何らかの失態を起こせばフィンの首が飛びかねない。
だが、引き受けることにする。伊達に男爵などやってはいない。行動の早さも売りの一つだ。
「いいだろう、会わせてやる。ただし、私も王都に同行する。いや逆だな。
私が王都に行くついでに、お前も馬車に乗せてってやろう。」
「出発は?」
「今だ! キリキリ歩け!
バルバロ! 馬車を出せ! 今から王都に向かう。」
控えていたバルバロという執事にきびきびと命令を下していく。
自分がいない間の指示や、商人たちの取り扱い、税率の調整など、幾人もの人間が寄ってきては去っていく。
その間にメイドたちが寄ってきて、外出着に着替え扉を出たときにはこじゃれた馬車が用意されていた。
「乗れ!」
一言いうとゼディスを引っ掴み馬車の中へと放り込む。
「オレンス。お前の方には便宜を図るように言ってある。あと、いつも慌ただしくてすまないな。」
それだけ言うと、馬車は王都に向けて出発した。




