表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

創作五枚会

LESPAULGIRL SING A SONG

作者: 京元緋呂

テーマ「手癖」 禁止事項「登場人物の名前記載」 ※今回文字制限を越えております。反省しております。でも後悔はしません(マテ)。


 アナタの指先が好き。

 眩しいステージの上でアタシを自在に歌わせる、アナタの「揺らしかた」がキモチ良くて大好き。

「うん、お前の声イイな、耳だけじゃなく腰にクるぜ」

「ええ、ねえダーリン。もっと愛して、アタシをかき乱して!」

 そうねだればアナタは笑って、夜明けまで抱いてくれる。アナタの腕の中、アタシは自分が生まれて来た意味を本当に知った気がした。

 初めての恋、初めての男。アナタに買われて、ウブなアタシはすぐ虜になった。でも、ギターのアタシがアナタを夢中にさせられる時間は決して長くない。それを思い知ったのは、一緒に暮らし始めて二度目の夏だった。


 ある夜、何の前触れもなく、ダーリンは知らない女を連れ帰ってきた。

「ただいま。ほら、新しい友達だぜ」

 そう、例えるなら長い黒髪にブラックレザースーツを着込んだ、ジャガーみたいにしなやかな美女。金髪でフリルたっぷりの真っ赤なミニドレスを纏った、フレンチカンカンの踊り子みたいなアタシとは全然違う、妖しくも魅力的なストラトキャスター。

 女は小首を傾げると、バイオレットの唇を挑発的に歪めた。

「よろしくね、センパイ」

 うわ、すっごいムカつく!

 セックスアピールなら、アタシのほうが上。レスポール特有の、くびれたウエストから腰に繋がるグラマラスなラインは、誰よりも色っぽいって皆が褒めてくれる。

 でも女は鼻先で笑うと、透明感のある声でこう言った。

「へえ、センパイの声ってイマイチ大雑把。だからカレに飽きられちゃうんだ」

「煩い、新入りのクセに! 勝手にカレなんて呼ばないでよイヤラシイ。ちょっと金切り声がイケてるからって何? 大してパワーないくせに!」

 そう息巻いて睨み付けるけど、あの女は知らん顔でダーリンの腕の中に収まってる。

 悔しい!

 ねえダーリン、一番はアタシだよね? ちょっと余所見してるだけだよね?

 必死にダーリンを見つめるけれど、その切れ長の瞳は金色の長い前髪に隠され、捉えることすら出来なかった。

 その日を境に、ダーリンは以前ほどアタシに触れなくなった。

(ねえ、アタシをキライになったの?)

 そう問うことも、弾いてくれなきゃかなわない。ダーリンがあの女ばかり連れ歩くのを見ながら、アタシは心の中で泣いた。

 そしてある寒い冬の朝、遂に別れが訪れた。

「世話になったな。お前に惚れて、大切にしてくれる奴に巡り会うと良いな」

 え、何それ?

 どうしてそんなこと言うの?

 そう訴えたくても、想いは届かない。ダーリンはアタシを撫でると、ハードケースに寝かせゆっくりと蓋を閉めた。


 再び蓋が開くと、そこは見慣れぬ楽器屋だった。薄暗い照明の下、壁や床に飾られた楽器達を見て、アタシは泣きそうになった。

(まさか……)

 傍らにはダーリンと、店長らしきヒゲの痩せオヤジがいる。店長はアタシを抱き上げると、頭からお尻まで食い入るように眺めアンプへ繋いだ。

「何よこのエロオヤジ! バカッ、離せっ!」

「うん、良いね。これなら五万五千円だな」

「えー? コイツ結構レアだぜ。ほら、ブリッジの陰にシリアルナンバー入ってるだろ」

「あ、初期型か。じゃ六万でどう?」

「オッケー、さすが店長! 話分かるなあ」

 ダーリンは嬉しそうに頷くと、そそくさと手続きして金を手に出ていった。

 ──たった六万。それが、今のアタシの価値。

 売られちゃったんだ、本当に。ダーリンにとってアタシは、所詮楽器でしかなかったんだ。

(人間に恋して浮かれて、アタシって何てお馬鹿さんなの)

 絶望に塗りつぶされ、倒れそうになる。店長はそんなアタシをカウンターの横に飾り「美品! 特価十二万円」と書かれたポップをぶら下げた。


 それから春までの間、アタシは店に来た客達に弾かれた。

 ああ弦が錆びる、傷が付く、おまけに手も汚いし口臭いし、もう最悪!

 弾かれる度に自分が汚れて行くみたい。そうね、アタシもう新品じゃないんだ。今更大切にしてくれる人なんて、現れるワケがない。

「なーんかレスポールらしい音出ないね、このギター」

 アタシを弾いた客は、皆そう眉を寄せる。ヒネた心では、もう以前のように歌えなかった。


 そんな気持ちのまま迎えた夏。店長はセールと称し、アタシの値段を二万も下げた。

 放っといて、安売りするならいっそ廃棄してよ。そう荒れるアタシの前に、ある日見慣れぬ客が現れた。

 若くて茶髪で、白い半袖シャツにグレーのスラックスという出で立ち。彼は店内をぐるりと見て、最後にアタシの前へ屈んだ。近寄りじっと見つめ、そっとネックに触れて来る。その指先はきれいに爪が切られ、さらさらして温かかった。

「あの、すいません。これ、弾いても良いっスか?」

「うん、どーぞ」

 店長は手際良く試奏の準備をすると、椅子に座った彼へアタシを渡した。

「プッ、何よヘタねえ」

 彼の指は拙くて臆病で、テクニシャンなダーリンとは何もかも違う。でもアタシを丁寧に抱く感じは悪くない。

「あ、何かスゲエ、良いかも」

「アンタ、きっとまだ女を知らないのね。でも良いわ。それより、アンタにアタシが買えるの?」

 そう囁くと彼はしばらくアタシを撫でてから、意を決したように顔を上げた。

「あの、これ、分割とかでも売って貰えます?」

「分割? 君、まだ高校生でしょ。分割でも十万のギターって、高いんじゃない?」

「正直、キツイけど。でも、こんなギターを探してたんです。何とかならないっスか?」

「うーん、保護者の同意があるなら出来ないことも……」

「マジ? あの、明日用意して来ます。だからそれまで、絶対誰にも売らないで下さい!」

 彼はもどかしげに財布を開き、たった一枚だけ入っていた千円札を店長へ押し付けた。

(イヤン、この必死さカワイイっ!)

「あ、いやこれは……あらら、行っちゃったよ」

 慌ただしく去った彼を見送るように、店口の自動ドアがノロノロと閉まる。店長は困ったように頭をかいた後、黄色い小さな紙を手に、アンプに立て掛けられたアタシへ近づいた。

「やれやれ、あの高校生、よっぽど欲しいんだろうなあ」

 アタシを元の場所へ戻すと、店長はアタシのポップに黄色い紙を貼った。

「予約金貰っちゃったら、他に売れないじゃん、ねえ?」

(それって、もしかして!)

 ちらりと見えた黄色い紙には「SOLDOUT」の赤い文字。それは忘れていた甘酸っぱいワクワクを、アタシの胸に再び呼び起こした。


(新しい恋が始まるまで、きっと、あともう少し)


【了】

先日手放した楽器が良いオーナーに出逢えることを祈りつつ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  楽器(ギター?)の思い、というのが新鮮な感じで、楽しく読めました。  音楽の知識っていうのはあまりないですけど(それでも、その昔はピアノを習ってたんですけどねぇ、もう、そんなのは何処へやら…
[一言] いやぁ良いですねえ。 最初の台詞を見た時は、「これR15じゃね?」と思ったのですが、 期待を裏切ってくださりありがとうございます。 高校生の子が必死にところは実に良いですね。 欲しい…
2010/11/23 17:41 退会済み
管理
[一言] 素人ギタリストとしては、「わかる!わかる!」と共感しました。ストラトを愛していますけどね 笑 ストラト、レスポール等は名前にあたるんじゃないかと思ったりしましたが、楽しく読めました。 あとが…
2010/11/21 21:25 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ