LESPAULGIRL SING A SONG
テーマ「手癖」 禁止事項「登場人物の名前記載」 ※今回文字制限を越えております。反省しております。でも後悔はしません(マテ)。
アナタの指先が好き。
眩しいステージの上でアタシを自在に歌わせる、アナタの「揺らしかた」がキモチ良くて大好き。
「うん、お前の声イイな、耳だけじゃなく腰にクるぜ」
「ええ、ねえダーリン。もっと愛して、アタシをかき乱して!」
そうねだればアナタは笑って、夜明けまで抱いてくれる。アナタの腕の中、アタシは自分が生まれて来た意味を本当に知った気がした。
初めての恋、初めての男。アナタに買われて、ウブなアタシはすぐ虜になった。でも、ギターのアタシがアナタを夢中にさせられる時間は決して長くない。それを思い知ったのは、一緒に暮らし始めて二度目の夏だった。
ある夜、何の前触れもなく、ダーリンは知らない女を連れ帰ってきた。
「ただいま。ほら、新しい友達だぜ」
そう、例えるなら長い黒髪にブラックレザースーツを着込んだ、ジャガーみたいにしなやかな美女。金髪でフリルたっぷりの真っ赤なミニドレスを纏った、フレンチカンカンの踊り子みたいなアタシとは全然違う、妖しくも魅力的なストラトキャスター。
女は小首を傾げると、バイオレットの唇を挑発的に歪めた。
「よろしくね、センパイ」
うわ、すっごいムカつく!
セックスアピールなら、アタシのほうが上。レスポール特有の、くびれたウエストから腰に繋がるグラマラスなラインは、誰よりも色っぽいって皆が褒めてくれる。
でも女は鼻先で笑うと、透明感のある声でこう言った。
「へえ、センパイの声ってイマイチ大雑把。だからカレに飽きられちゃうんだ」
「煩い、新入りのクセに! 勝手にカレなんて呼ばないでよイヤラシイ。ちょっと金切り声がイケてるからって何? 大してパワーないくせに!」
そう息巻いて睨み付けるけど、あの女は知らん顔でダーリンの腕の中に収まってる。
悔しい!
ねえダーリン、一番はアタシだよね? ちょっと余所見してるだけだよね?
必死にダーリンを見つめるけれど、その切れ長の瞳は金色の長い前髪に隠され、捉えることすら出来なかった。
その日を境に、ダーリンは以前ほどアタシに触れなくなった。
(ねえ、アタシをキライになったの?)
そう問うことも、弾いてくれなきゃかなわない。ダーリンがあの女ばかり連れ歩くのを見ながら、アタシは心の中で泣いた。
そしてある寒い冬の朝、遂に別れが訪れた。
「世話になったな。お前に惚れて、大切にしてくれる奴に巡り会うと良いな」
え、何それ?
どうしてそんなこと言うの?
そう訴えたくても、想いは届かない。ダーリンはアタシを撫でると、ハードケースに寝かせゆっくりと蓋を閉めた。
再び蓋が開くと、そこは見慣れぬ楽器屋だった。薄暗い照明の下、壁や床に飾られた楽器達を見て、アタシは泣きそうになった。
(まさか……)
傍らにはダーリンと、店長らしきヒゲの痩せオヤジがいる。店長はアタシを抱き上げると、頭からお尻まで食い入るように眺めアンプへ繋いだ。
「何よこのエロオヤジ! バカッ、離せっ!」
「うん、良いね。これなら五万五千円だな」
「えー? コイツ結構レアだぜ。ほら、ブリッジの陰にシリアルナンバー入ってるだろ」
「あ、初期型か。じゃ六万でどう?」
「オッケー、さすが店長! 話分かるなあ」
ダーリンは嬉しそうに頷くと、そそくさと手続きして金を手に出ていった。
──たった六万。それが、今のアタシの価値。
売られちゃったんだ、本当に。ダーリンにとってアタシは、所詮楽器でしかなかったんだ。
(人間に恋して浮かれて、アタシって何てお馬鹿さんなの)
絶望に塗りつぶされ、倒れそうになる。店長はそんなアタシをカウンターの横に飾り「美品! 特価十二万円」と書かれたポップをぶら下げた。
それから春までの間、アタシは店に来た客達に弾かれた。
ああ弦が錆びる、傷が付く、おまけに手も汚いし口臭いし、もう最悪!
弾かれる度に自分が汚れて行くみたい。そうね、アタシもう新品じゃないんだ。今更大切にしてくれる人なんて、現れるワケがない。
「なーんかレスポールらしい音出ないね、このギター」
アタシを弾いた客は、皆そう眉を寄せる。ヒネた心では、もう以前のように歌えなかった。
そんな気持ちのまま迎えた夏。店長はセールと称し、アタシの値段を二万も下げた。
放っといて、安売りするならいっそ廃棄してよ。そう荒れるアタシの前に、ある日見慣れぬ客が現れた。
若くて茶髪で、白い半袖シャツにグレーのスラックスという出で立ち。彼は店内をぐるりと見て、最後にアタシの前へ屈んだ。近寄りじっと見つめ、そっとネックに触れて来る。その指先はきれいに爪が切られ、さらさらして温かかった。
「あの、すいません。これ、弾いても良いっスか?」
「うん、どーぞ」
店長は手際良く試奏の準備をすると、椅子に座った彼へアタシを渡した。
「プッ、何よヘタねえ」
彼の指は拙くて臆病で、テクニシャンなダーリンとは何もかも違う。でもアタシを丁寧に抱く感じは悪くない。
「あ、何かスゲエ、良いかも」
「アンタ、きっとまだ女を知らないのね。でも良いわ。それより、アンタにアタシが買えるの?」
そう囁くと彼はしばらくアタシを撫でてから、意を決したように顔を上げた。
「あの、これ、分割とかでも売って貰えます?」
「分割? 君、まだ高校生でしょ。分割でも十万のギターって、高いんじゃない?」
「正直、キツイけど。でも、こんなギターを探してたんです。何とかならないっスか?」
「うーん、保護者の同意があるなら出来ないことも……」
「マジ? あの、明日用意して来ます。だからそれまで、絶対誰にも売らないで下さい!」
彼はもどかしげに財布を開き、たった一枚だけ入っていた千円札を店長へ押し付けた。
(イヤン、この必死さカワイイっ!)
「あ、いやこれは……あらら、行っちゃったよ」
慌ただしく去った彼を見送るように、店口の自動ドアがノロノロと閉まる。店長は困ったように頭をかいた後、黄色い小さな紙を手に、アンプに立て掛けられたアタシへ近づいた。
「やれやれ、あの高校生、よっぽど欲しいんだろうなあ」
アタシを元の場所へ戻すと、店長はアタシのポップに黄色い紙を貼った。
「予約金貰っちゃったら、他に売れないじゃん、ねえ?」
(それって、もしかして!)
ちらりと見えた黄色い紙には「SOLDOUT」の赤い文字。それは忘れていた甘酸っぱいワクワクを、アタシの胸に再び呼び起こした。
(新しい恋が始まるまで、きっと、あともう少し)
【了】
先日手放した楽器が良いオーナーに出逢えることを祈りつつ。