あなたとの未来のために
子供たちが眠ったあとの、静かな夜。
執務を終えたウィリアムが書斎を出ると、廊下の先にエリカが立っていた。
手には、小さな盆を載せている。
「陛下」
「どうした」
「夜食を食べませんか?」
「珍しいな」
「今日は特別です」
そう言って笑う顔が、どこかいつもと違って見えた。
寝室の隣の小さな居間には、温かな紅茶と、小ぶりな皿が並べられていた。
そして皿の上には、つやつやしたプリンが三つ。
ウィリアムは席につきかけて、手を止めた。
「……三つあるな」
「ありますね」
「今夜はアンドルーたちも起きているのか」
「いいえ。二人ともぐっすりです」
「では、なぜ三つだ」
エリカはすぐには答えず、代わりにスプーンを整えた。
その仕草まで妙に丁寧で、かえって落ち着かない。
改めて見ると、三つ目のプリンだけが少し小さい。
子供たちに出すものよりも、さらに小さな、可愛らしいサイズ。
ウィリアムはそこで、ようやく息を止めた。
「……エリカ」
「はい」
「それは、私が考えている意味で合っているのか」
エリカは少しだけ目を伏せ、それから柔らかく笑った。
「たぶん、合っています」
しんと静かな部屋に、時計の音だけが小さく響く。
ウィリアムはしばらく何も言わなかった。
普段ならすぐ言葉にしない人だとわかっているのに、それでもエリカは少しだけ不安になって、そっと様子をうかがう。
けれど次の瞬間、ウィリアムはエリカのそばに座り直し、その肩を抱いた。
「……本当に?」
「はい」
「間違いなく?」
「はい」
低い声が、ほんの少しだけ震えていた。
ウィリアムは目を閉じるようにして額を寄せ、それからとても大事なものに触れるみたいに、そっとエリカのお腹に手を当てた。
まだ何も変わらない、平らな場所に。
「そうか」
たった一言だった。
けれど、その一言に入りきらないほどの喜びが滲んでいた。
「驚かせようと思ったんですが」
「十分驚いた」
「成功ですか?」
「ああ。大成功だ」
そこでやっと、ウィリアムは少し笑った。
滅多に見せない、隠しきれない笑みだった。
「アンドルー様とシャルロット様には、明日伝えようと思っています」
「きっと騒がしくなるな」
「ええ。特にシャルロット様は、今からでも飛び起きそうです」
「アンドルーも、きっと今よりも兄らしく振る舞おうとする」
「目に浮かびますね」
二人で顔を見合わせて笑う。
その光景がもう、家族のものだった。
エリカは小さなプリンを見つめ、それからウィリアムを見上げた。
「これから、プリンも」
「……ああ」
「お弁当も増えます」
ウィリアムは一瞬だけ目を見開き、それからどうしようもなく愛おしそうに目を細めた。
「無理だけはしないように」
「大丈夫です。こう見えてベテランなので」
「そうだったな。私の妻は、お弁当の名人だった」
「名人は初めて言われました」
「では、訂正する。私の妻は、食べると温かくなるものを作る名人だ」
エリカはくすりと笑った。
前の人生では、弁当の匂いがすると言われた手で、今は家族のためのごはんを作っている。
そしてこれからは、もう一人分増えるのだ。
ウィリアムが小さなプリンを見つめながら、静かに言う。
「……ありがとう、エリカ」
「こちらこそ」
「大事にしよう」
「はい」
二人は並んで寄り添いながら、まずは大きなプリンにスプーンを入れた。
そして中央の小さな一個は、まだ少し先の未来のために、そのまま大事に残しておいた。
たくさんの方に読んでいただきありがとうございます。
更にお返しがしたく、甘くておめでたいお話を追加させていただきました。
ブックマーク、★★★★★、リアクション、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




