感謝の言葉をあなたに
それは、エリカが王宮の厨房に入って、ちょうど一年になる日のことだった。
朝から、どうにも皆の様子がおかしかった。
「おはようございます、アンドルー様、シャルロット様」
「お、おはよう、エリカ」
「おはよーございます!」
いつもなら弁当箱の中身を真っ先に聞いてくる二人が、今日に限って妙によそよそしい。
しかもアンドルーは何かを後ろ手に隠しているし、シャルロットは隠し事があるときの顔をしている。
厨房へ向かう途中ですれ違った国王も、どこか落ち着かなかった。
「陛下、おはようございます」
「ああ。エリカ……今日は、少し遅く来ても構わない」
「え?」
「いや、その……たまにはゆっくりしてこい」
言い慣れないことを言ったせいか、最後の方はやや早口だった。
エリカはそこで、だいたい察した。
なるほど。今日は何かあるらしい。
けれど、ここで「何か隠してますよね」と言うほど野暮ではない。
三人とも、たぶん一生懸命準備しているのだ。
ならば気づかないふりをしてあげるのが、いちばんいい。
「では、お言葉に甘えて少しゆっくりいたします」
「ああ、そうしろ」
国王があからさまにほっとした顔をする。
エリカは笑いを堪えながら、一礼した。
その日はわざと厨房へ寄るのを遅らせ、侍女に勧められるまま髪を整え、少し長めに廊下を歩いた。
途中で、子供部屋の方からぱたぱたと慌ただしい足音や、楽し気な相談する声が聞こえてきたけれど、聞こえないふりをしておく。
夕方、頃合いを見て食堂の扉を開けた瞬間、ぱんっと小さな音がした。
「えりか、いっしゅうねんおめでとう!」
「おめでとう、エリカ!」
シャルロットの元気な声に続いて、アンドルーが少し照れながらそう言った。
部屋の中は、色とりどりの花と、子供たちが切ったのだろう少しいびつな飾りで彩られている。
そして中央のテーブルには、見覚えのある献立が並んでいた。
旗の立ったケチャップライス。
少し歪んだオムレツ。
形がまちまちな星形の人参。
焦げ目が不揃いな小さな肉料理。
それから、表面が少し揺れている、手作りらしいプリン。
「……これは」
「ぼくたち、つくったんだ」
「シャルロットは、おほしさまと、おはなをかざったの!」
「私は……厨房の者に段取りを確認した」
国王が低く咳払いした。
確認、という言い方だったが、おそらく、確認だけでは済んでいない。
エリカは胸の奥がじんわり熱くなるのを感じながら、驚いた顔のまま微笑んだ。
「まあ。私のために?」
「お前がここへ来て、今日で一年だ。祝いたいと、二人が言った」
「おとうさまもいった!」
「……そうだな」
思わず笑ってしまいそうになる。
たぶん三人で一生懸命考えて、準備してくれたのだろう。
その光景が目に浮かぶようだった。
「座ってくれ」
「はい。喜んで」
席につくと、シャルロットがそわそわしながらエリカを見上げる。
「えりか、びっくりした?」
「ええ、とっても」
「せいこう?」
「大成功です」
それを聞いて、シャルロットがぱあっと笑った。
アンドルーもほっとしたように息をつく。
エリカはまず、少し形の崩れたオムレツをひとくち食べた。
味は少し濃くて、でも優しかった。
「……おいしいです」
「ほんとう?」
「はい。本当に」
次に星形の人参を口に入れる。
厚みがばらばらで、少し固いものもあったけれど、それが妙に愛おしい。
最後にプリンをひとさじ。
少しだけ固めで、でもちゃんと甘かった。
「これも、とてもおいしいです」
「それは私が……少し、手を出した」
「少し、ですか?」
「ほとんど、おとうさま!」
シャルロットの言葉に、エリカはとうとう声を立てて笑った。
その笑い声につられるように、子供たちも笑う。
国王まで、口元を緩めていた。
「お前の作るものは、食べると温かくなる。今日は、私たちの番だ」
国王が静かに言う。
その言葉に、エリカは一瞬だけ目を伏せた。
前の人生では、作っても当たり前だった。
今は違う。
自分のために、こんなふうに不器用に、でも大事に準備してくれる人たちがいる。
エリカは三人の顔を順番に見て、それから柔らかく笑った。
「ありがとうございます。でも」
「でも?」
「お祝いしたいのは、私の方でもあるんです」
アンドルーとシャルロットがきょとんとする。
国王も黙って続きを待っていた。
「私、この城に来られてよかったです。お二人に会えて、陛下に会えて、本当によかった」
一瞬の静けさのあと、シャルロットが椅子から降りて、エリカにぎゅっと抱きついた。
続いてアンドルーも、少し照れながらその腕に触れる。
国王はそんな二人を見てから、柔らかい声で、でもはっきりと言った。
「来てくれて、ありがとう。エリカ」
湯気の立つ料理と、笑い声と、温かな灯り。
一年前には想像もしていなかった景色だった。
エリカは目の前の少しいびつなごちそうを見つめて、そっと思う。
ああ、やっぱり。
ごはんって、すごい。
人の心まで、ちゃんと温かくするのだ。
たくさんの方に読んでいただきありがとうございます。
少しでもお返しがしたく、感謝の気持ちと、お祝いを絡めたお話を追加させていただきました。
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