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第一章 彼女は跳ねる小鹿のように (3)

 二日後、ドフヤとルルリは犬に乗って湖へ散歩に出かけた。


「みんな私に早く決めろ、早く子供を産めって言うけど、気に入る人がいないんだ」道は狭く、ドフヤはテマスに乗り、先を歩いている。


「誰も君に求婚しないの?」ルルリはハトンに乗り、後ろをついていく。


「いない!」ドフヤは声を張り上げた。「いつも集まって酒を飲みながら、嫁がほしい、子供がほしいとか言ってるのに、この二日間は誰も姿を見せない!」


「恥ずかしがってるだけかも?」


「そんなことないよ──」ドフヤの声は次第に小さくなり、頭も低くなって、体が犬の背にくっつきそうだった。「やっぱり私が怖すぎるのかな? でもあれは向こうが悪かったんだよ。私に殴られて、泣きながら『ママ!』って叫ぶ羽目になったのは当然だよ!」


「そうだね、彼らが悪い。あんなに酒を飲んでおいて女性に話しかけるなんて、自業自得だよ」ルルリはドフヤを励ました。「君、本当にかっこいいよ! 私、惚れちゃいそう!」


 ドフヤは背筋を伸ばし、元気を取り戻した。「そう! 私はかっこいい! 家族を守れるし、いい母親になる! 私と結婚したいと思っている男性を見つける!」


「それに、君が気に入る人じゃないとね」ルルリが付け加えた。


「そう、それに私が気に入る人」


 問題は最初に戻る。気に入る男性がいないのだ。


「抱きたいと思える男性──」ドフヤは長く息を吐き、背を丸めた。「ルルリはもう随分前に大人になってるけど、抱きたいと思える男性はいるの?」


 ドフヤはしばらく待ったが、ルルリは答えない。そこでドフヤは腰をひねり、後ろを振り返った。


 ルルリの髪は光沢のある滑らかな長髪で、半分は束ねられ、半分は下ろされている。束ねた部分には色とりどりのガラス細工の花の髪飾りがついている。彼女は飛鳥の刺繍が施されたアップルグリーンの長いドレスを着ており、グラデーションの裾が犬の鞍を覆っている。彼女の顔は完璧な形をしており、小さな赤い唇が艶めいている。瞳はまるで星を映した湖のように輝いている。そして今、その美しい顔は赤く染まり、小さな唇を噛み、肩をすぼめ、そっとうつむいて、恥ずかしそうにドフヤを見つめていた。


 ドフヤは一瞬、息をのんだ。ルルリは本当に美しい。いつも目を奪われてしまう。ルルリなら、相手が誰であろうと、必ずその人を手に入れるはずだ!


 ドフヤは前方の道に視線を戻し、話を続けた。「私の母が新しい服を用意してくれたの。舞踏会に着て行くためのやつ。だから、化粧を教えてくれない? 化粧なしだと、その服に合わない気がする」


「いいよ。明日、化粧道具を持って君の家に行って、教えてあげるね。ついでに新しい髪型も考えようか?」


「それいいね。髪飾りと靴も新しく買わないと。でも、たった一着のためにここまでしないといけないなんて、めんどくさいな」


「全体のバランスが取れてこそ、綺麗に見えるんだよ」


「わかったわかった──畑鼠を捕まえる靴は履けない──」ドフヤはわざと冗談めかした調子で、音程を上下させて言った。ルルリは思わず笑った。


 ドフヤの土色の革のロングブーツは、とても履き心地がよく、動きやすい。彼女はこの靴を信頼していた。いつもこの靴を履いて、駆け回り、泥まみれになりながら様々な仕事をしていた。この靴は、彼女の足を危険から守ってくれた。つまり、それは彼女という存在全体を守っているのと同じだった。この靴を履いていけないと思うと、舞踏会に行く気がしなくなる。


 そのドレスに合う舞踏会用の靴って、転んだりしないかな?


 彼女たちは湖に到達した。湖のほとりでは、一人の男性が釣りをしている。


 ドフヤとルルリが向かいたい場所はさらに先にあるため、彼女たちは手を振って挨拶を交わした後、犬に乗ったまま歩みを進めた。


「そのドレス、やっぱりハイヒールを合わせるべきかな?」ドフヤは高い声で問いかける。


「君、ハイヒールに慣れてないでしょ? ちゃんと練習しないとね」


「めんどくさいなーー」


 突然、ドフヤは感じた。何かが、かすかに彼女の身体を貫いた気がした。それは、まるで見えない波紋が、壁をすり抜ける風のように、彼女が身を置くこの世界を駆け巡った。世界の隅々まで、一点の漏れもなく。


 彼女は、大きな水音を聞いた。音の方へと振り向くと、湖のほとりにいた釣り人の姿が消えている。岸には、魚を入れるための水桶しかない。


 そして、彼女はハトンの悲痛な鳴き声を聞いた。こんな鳴き声を、彼女は聞いたことがないはずだった。しかし、何かに突き動かされるように思う。どこか、とてつもなく恐ろしい時に、彼女はこの声を聞いたことがある気がした。思い出せない記憶に背筋が凍りつく。


 彼女は振り向いた。ルルリが犬の背から崩れ落ちていた。まるで糸の切れた操り人形のように、地面に倒れている。


 今まで、何度も人が犬の背から落ちるのを見た。でも、この落ち方は違う。ハトンは哀しげに鳴きながら、鼻先でルルリを突いていた。


「ルルリ!」ドフヤは犬から飛び降り、ルルリのもとへ駆け寄る。ルルリは目を閉じ、意識を失っている。彼女の呼びかけにも、まったく反応しない。


「ハトン、テマス! おいで!」嫌な予感がする。さっきまで湖畔に座っていた男が消えていた。何が起きたのか。彼女には、うっすらと分かっている。でも、今はそれを考える暇などない。ルルリを助けなければ。


 彼女はハトンを伏せさせ、ルルリをハトンの背中に乗せようとした。


 重い。ルルリが、こんなにも重い。普段なら、ルルリを背負ったまま走ることだってできるのに、今は、少し持ち上げるだけでも困難だった。何度も、滑り落ちる。


 湖畔にいた男のロープを借り、ルルリの身体をしっかりと固定した。そして、自らもテマスに乗り、犬を走らせた。


 村へ急がなければならない! すぐに病院へ!


 村に入る前から、ドフヤは異様な空気を感じていた。


 村の犬たちが悲痛な声で鳴いている。人々の泣き叫ぶ声が聞こえる。


 炎が上がっている。村は混乱に包まれている。


 彼女は村の門を抜ける。村の中には、糸の切れた操り人形のように倒れた人々が至る所にいた。


 まだ生きている者たち。幼い子供たちは何が起きたのか分からず、泣きじゃくっている。年長者たちは、倒れた者のそばで泣き伏す者もいれば、火を消し、生者を確認するために走り回っている者もいる。


 ドフヤは病院へ向かった。そこには、すでに大勢の人々が押し寄せている。生者たちは倒れた者を背負い、病院へ続く道を塞いでいる。助けを乞いながら泣き叫ぶ者もいれば、助けを乞う者を家へ連れ戻そうとする者もいる。


 医師と、助けを乞う者を家へ戻そうとする者たちが、必死に訴えている。「もう死んでいる! 助けることはできない!」


 ルルリも、すでに死んでいる。助けることはできない。


 ドフヤは分かっている。学校で教わったのだ。この村で育った者なら、誰もがそれを学んでいる。だが、事実を受け入れたくなかった。事実を受け入れたくない人は多いのだ。


「災厄に選ばれた者は必ず死ぬ。救う手立ては何もない!」医師の言葉が響く。


 災厄が、来た。


 ドフヤはルルリとハトンを彼らの家へ送り届け、その後、テマスを連れて自分の家へと戻った。


 家の中へ入った瞬間、言葉を発する間もなく、母がドフヤに駆け寄った。ぎゅっと抱きしめられる。


 その瞬間、張り詰めていた感情が一気に崩壊した。ドフヤは母にしがみつき、涙をあふれさせながら、声を上げて泣いた。






 太陽が沈んだ後、復興管理会が設立された。管理会の人々は各家を回り、生存者の数と死者の数を確認した。生存者で支援が必要な者には、人員を派遣し、物資を分配した。死者は集められ、一人ずつ火葬され、集団葬儀の準備が進められた。


 家族が一人だけになった者や、自立できない子供だけが残された家庭について、管理会はそれらの人々をまとめ、大人と子供を組み合わせて新たな家族を形成し、全員が確実に世話を受けられるようにした。


 ドフヤは管理会の人々に、湖で釣りをしていた男の話を伝えた。すると彼らは湖へ向かい、その男の遺体を引き揚げた。


 深夜になると、泣き声や犬の悲しげな遠吠えは次第に静まり、時折すすり泣く声だけが響いていた。






 ドフヤが運試し盤で遊ぶのを見るのが好きだった長老が死んだ。彼女は四度の災厄を乗り越え、五度目で命を落とした。皆は彼女を長寿で幸運だと言った。彼女には多くの子孫がいる。


 ドフヤはそれを幸運だとは思わなかった。


 布屋のローサンが死んだ。機械ゾウ柄の布はまだ完成していない。


 ブリトー屋のダフも死んだ。


 菓子作りが得意だったワシビが死んだ。


 リトルが死んだ。災厄ではなく、別の原因で死んだ。災厄が発生した時、彼は工場で働いていた。災厄で死んだ人が倒れて彼にぶつかり、彼は機械へと転落し、命を落とした。


 ドフヤの両親はまだ生きている。子供の中では、デイジーとドジョウが死んだ。周囲の人々は、「十一人家族で二人しか死ななかったのだから、幸運な家だ」と言った。


 ドフヤはそれを幸運だとは思わなかった。


 ある家族は元々十一人いたが、二人しか残らなかった。七人家族の中には全員が命を落とした者もいた。


 ある母親が災厄で殺された時、ちょうど授乳中だったため、倒れた身体が赤ん坊の上に覆いかぶさり、発見された時にはすでに窒息していた。


 災厄で命を落とした母親の中には、傍にいた人々がその場で腹部を切り開き、生きている二人の赤ん坊を救い出した者もいた。


 機械を操縦している者が死亡し、それによる事故が発生した者もいた。また、火を使っている者が亡くなり、それによって火災が多発した。


 村には突然空き家が増えた。


 村は突然閑散とした。






 災厄が過ぎて三日目、ドフヤは泣き腫らした目をして家を出た。父と母とともに、災厄を生き延びた弟妹を連れて、円形広場で行われる命名儀式へと向かった。


 広場には、藁の束と白い布で編まれたアーチが置かれている。舞い散る紙吹雪も、楽隊の演奏も、賓客のために用意されたパンもない。


 笑顔もない。


 子供たちは列を作り、一人ずつ新しい名前を受け取り、厄除けの藁のアーチを通り抜けた。まだ自分で歩けない子供は、大人二人がアーチの両側に立ち、子供を門の向こうへと渡した。


 こうして、スズランはニーシャに、カボチャはドプに、エンドウはビルディに、シラサギはテマに、カササギはサンヤに、タニシはハータになった。


 儀式が終わると、大人たちは藁のアーチを村の外へ持ち出して燃やすことになっている。こうして、子供たちが生まれた時に大自然から与えられた仮の名は、儀式の終わりとともに自然へと還ることになる。


 ドフヤは思った。デイジーは今も野に咲き、ドジョウは湖の中で元気に泳いでいる。両親は、子供たちが大自然の生命のように災厄に影響されずに生きられるよう願い、大自然から名を借りて子供に与えた。それが、子供たちが人生で初めての災厄を乗り越える助けになるようにと。


 なぜ、人類だけが災厄に選ばれるのか?


 ドフヤには答えがわからなかった。学校では教えてくれなかったし、世界のどこかに知っている人がいるのかもわからない。もし誰かがその答えを知っているなら、ドフヤはどこまでも追いかけて尋ねるだろう。村を出て、世界の果てまででも。


 ニーシャは最初から最後まで泣いていた。デイジーが恋しくて、涙が止まらなかった。


 ドフヤは知っている。村にはこういう人がいる。災厄が過ぎ、何年経っても、伴生者を失った悲しみは消えない。生まれる前から共にいたのに、ずっと共にいることができなかった、その人のことを思えば、涙が溢れる。


 しかし、ドフヤのような者もいる。伴生者が亡くなったとき、自分はまだ幼かった。だから記憶がない。ハータも、きっとそうだろう。ドフヤは、自分の伴生者のことを何一つ覚えていないし、何も感じない。


 ただ、ドプとビルディを見ていると、彼らが次の災厄までともに生きていけることが、とても幸運に思えた。


 ()()


 その言葉が心に浮かんだ瞬間、ドフヤは震えた。


 長老が五度目の災厄で死んだことを、幸運だと思ったことはない。自分の家族のうち二人が亡くなったことも、幸運だと思ったことはない。では、ドプとビルディが二人とも生き延びたことは、同じ件なのに、なぜそれを幸運だと思ったのか?


 何かがおかしい。災厄が、何かを歪ませ、自分の世界の見え方を変えてしまった。


 ドフヤはうつむき、広場の焼成タイルを見た。命名儀式が始まる前に洗われたはずの地面は、鮮やかで美しかった。しかし、今までずっと気づかなかった。もし今、こうして目を向けなければ、後に命名儀式のこの日の広場を思い出すとき、灰色で、模様も色もない地面を想像してしまっただろう。


 顔を上げる。果てしなく広がる青空が目に飛び込む。今日の空は、美しく澄み渡る青だった。なのに、気づく前の自分は、曇天だと思い込んでいた。どんよりと暗い空に覆われているのだと、疑いもしなかった。


 こんなのは、違う。


 災厄に、これ以上自分を歪めさせたくない。ドフヤは目尻の涙を拭い、真剣に世界を見つめた。


 世界に満ちるあらゆる色彩をその目に映し、美しいものをじっと見つめる。


 ドフヤはまだ知らない。やがて、ファンを見ることになることを。

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