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第十二章 七十億を、二千四十八で

 初聖遺跡を後にしたディワンたちは、部隊と合流し、遏令(アツレイ)へ向かうことになった。


「戦場には行かない。帰るよ」ウェリスが言った


 ちょうど、戦場の爆音が田園生活に慣れた犬たちを怯えさせてしまうため、ウェリスがディワンとユーロが記した遺跡探索の記録を持って遺跡都市に戻り、そのついでに四匹の犬をドフヤの両親の元へ届けることになった。


 出発前、ドフヤはテマスの首を抱き、ふっくらした口元を撫でた。頬を寄せ合い、ぺろりと舐められた感触に勇気をもらった。怒りに背を押され、彼女は前線へ向かった。戦場に出る覚悟を決めたのだった。


 ディワンが《災厄研究会》の仲間に報告すると、「遏令は災厄を止める方法を知りながら、故意に隠していた」という事実は野火のように広まった。もともと殺気立っていた人々は証拠を得たことで、さらに怒りを爆発させた。これまで殺しを叫ぶことをためらっていた者たちも、新たな目的を見出した──終聖遺跡で「止まれ!」と叫ぶためだ。


 団結の力は恐ろしい。遏令への進軍は勢いを増し、まるで怒涛の如く加速した。


 災厄が去ってから四十七日目、連合軍は遏令を包囲した。






 ファンは機械コウモリを操縦し、多数の友軍機とともに、空から遏令へと接近した。


 遏令の城外は連合軍の部隊でびっしり埋め尽くされている。空も地上も同じだ。敵が姿を現すや否や、蜂の巣にされる。


 城内の住民は教皇の部下に殺されるか、逃げ出すかした。遏令はまるで死の都市のようで、灯りひとつなかった。曇天の下では周囲を見通すのも難しい。


 機械ゾウが遏令の外壁を爆破した直後、暗闇に突然炎が迸った。都市の中心から、遏令の守護者──ドラゴンが現れ、城外に向けて火炎を吐いたのだ。


 火山の噴火のような威力が、地上に光を帯びた溶岩の河を描き出した。その場にいた人も機械体も、すべてが姿を消した。


 《災厄研究会》は、飛行や火炎放射をするこの「ドラゴン」が、獅子身人面の獣と同じく実在しない生物であり、上古人が創作した物語に登場する存在だということを知っていた。そのため、目の前のドラゴンは生物のように見えても実際は機械体であり、遺跡とは異なる、遏令特有の技術が使われていると推測された。


 それは《永遠機関》によって作られたバイオニックなドラゴンだったが、《災厄研究会》はその存在をまだ知らなかった。


 機械コウモリたちはドラゴンに向けて銃撃したが、すべての弾丸は鱗に弾かれ、一切の効果はなかった。爆弾も投下されたが、焦げ跡を残すだけで、目立った損傷は与えられなかった。目に命中しても同様で、それは装飾に過ぎなかった。


 ファンと友軍機たちは、機敏な飛行でドラゴンの周囲を旋回し、火炎の吐出口を避けた。怒り狂ったドラゴンが身を翻し、翼と尾で何機もの機械コウモリを薙ぎ払った。弾き飛ばされた機体は爆薬を抱えたまま建物に突っ込み、爆炎を巻き起こした。


「何とかして動きを止めろ、対ドラゴン槍の準備はできている!」


 城外部隊の指揮官が、通信官の強力な「読取」の魔力を使い、機械コウモリ部隊の頭脳へ直接指令を送った。このような通信手段は極めて魔力の消耗が激しく、実行できる者はほとんどいない。通信官のように、複数人へ一度に伝達でき、しかも何度でも魔力が尽きずに続けられる者はさらに稀有だった。


 今回のように各国の精鋭が集結した連合軍でなければ、ファンは一生そんな人物に出会うことはなかっただろう。


「言うのは簡単だな」ファンは友軍機とともにビルのすれすれを飛行し、ドラゴンをビルに衝突させようと試みた。しかし、ドラゴンは罠にかからず、かえって友軍機の方がビルの鏡面に視界を妨げられ、何機かがそのまま激突し、大爆発を起こした。


 ドラゴンは多重に並んだ牙を持つ大きな口を広げ、ファンを噛み砕こうと襲いかかった。ファンは横転してこれを回避し、すかさずドラゴンの口内へ爆弾を投げ込んだ。ドラゴンは頭をわずかに揺らしたが、目立った効果はなかった。


「口の中も頑丈に作られてるな」虚構の物語に登場するドラゴンには逆鱗がある。だが、これは機械体であり、当然ながら弱点など残していない。


 友軍機の一部は標的を建物に変え、ビルを爆破して倒壊させ、それでドラゴンを押し潰そうとした。


 ドラゴンは非常に俊敏なため、成功の可能性は高くなかったが、この行動によってファンは気づいた。ドラゴンはすぐさま方向転換し、爆撃した機械コウモリを追撃していた。


 思い出した。ドラゴンの任務は、遏令の防衛だった。


 ならば、その行動原理を突く必要がある。


 ファンは脳内で対ドラゴン槍の位置を確認し、曇天のもと、鏡面ビルの配置を懸命に視認した。大聖堂を遠くからでも見渡せるよう、周囲には大聖堂を中心として十本の直線状の広い大通りが放射状に延びている。その通りには視界を遮る構造物が存在しない。


 ファンはビルに爆撃を加えながら、対ドラゴン槍に近い大通りの起点へ向かって飛行した。空中で旋回し、回避しながら、少しずつドラゴンを大通りの起点へと誘導していく。その間に対ドラゴン槍が向きを変えるのに十分な時間が稼がれた。


 対ドラゴン槍が通りを正面に捉えたのを確認し、ファンはまっすぐ通りを沿って、大聖堂へ向かって飛んだ。


 ドラゴンにとって、大聖堂の防衛は最優先事項だった。周囲に爆撃を加えながら大聖堂へ接近するファンを、見逃すわけにはいかない。


 ドラゴンはファンの背後にぴたりと付き、大通りに沿って、大聖堂へ向かって進んだ。対ドラゴン槍はドラゴンの背後にあった。移動を続けているにもかかわらず、対ドラゴン槍から見れば、ドラゴンはずっと同じ直線的な弾道上にいる。


 《災厄研究会》の最先端技術により、連合軍で最強級の「付与」の魔力を動力源とした、全長九十メートルの金属製対ドラゴン槍が、尾部から炎を噴き出しつつ、猛然とドラゴンに向かって発射された。


 槍はドラゴンの背鱗を突き破り、背中に深々と突き刺さり、胸部を貫通して、ドラゴンの体に突き立ったまま停止した。


 もともとの突進速度に加え、槍の推進力によってドラゴンの勢いは瞬間的に増した。


 たちまち ファンのすぐ背後まで迫り、衝突寸前だったが、ファンは咄嗟に斜め上へと旋回し、ドラゴンの頭部すれすれに飛び抜けて、高空へと逃れた。機械コウモリの翼端は、ほとんどドラゴンの瞬膜に触れそうだった。


 ドラゴンは咆哮をあげながら地面に墜落し、何度も転がりながら、地をえぐった。剥がされたコンクリートとアスファルトが空中に舞い上がり、すでに消灯していた街灯が、その巨体によって次々となぎ倒された。


 続いて対ドラゴン槍の内部構造が展開され、ドラゴンの機械構造を内側から破壊し、外殻を押し広げて巨大な破孔を生み出した。


 機械コウモリたちが再び集結し、空へと噴き上がるドラゴンの炎柱を避けながら、全ての爆弾をその破孔目がけて投下した。


 ドラゴンは内部から爆裂し、その鱗は四方へと飛び散った。もう、立ち上がることはできず、炎を吐くこともなかった。






 ドラゴンを倒した後、連合軍は圧倒的な兵力を背景に、地上部隊を以て遏令の内部へと進軍した。


 戦況が進むにつれて、中央の大聖堂を除くほぼ全域が次々と制圧されていった。ディワンとユーロは、兵士の同行を受けながら慎重に各施設の探索を始めた。


 彼らはデベが描いた地図を手に取り、「聖兵の立ち入りが禁じられている」とデベが言っていた場所へと辿り着いた。


 それは純白の立方体状の建物だ。色彩は一切なく、声も存在しない。抵抗は全く見られず、戦闘も起きなかったが、漂ってきた濃煙が外壁を煤けさせている。


 彼らは、純白の磁器タイルが敷かれ、純白の塗料で塗られた壁に囲まれた空間を歩き進み、その白一色の奥で、予想していたものを見つけた。


 建物の奥の部屋には、多くの上古人種の女性たちが飼われている。彼女たちは小麦粉の袋に似た服を着せられ、裸足のまま、ほとんど何もない狭い部屋に閉じ込められている。


 彼女たちは全員、手術を施されている。見ることも、聞くことも、声を発することもできず、両足で立つこともできない。幼少期からこの状態で、教育も受けていないため、他者と意思を交わす手段は持たず、ただ床を這い、物を掴んで食べる。自分自身や周囲の環境を清潔に保つという概念すら持たない。


 獣よりも、さらに下の存在だ。


 これが、「天使によってもたらされた子供」の真実だった。






 部隊が今にも押し入ってくるのを目前にして、教皇は冷凍睡眠カプセルのある部屋へと逃げ込んだ。冷凍睡眠カプセルは非常に堅牢であり、そこに潜れば安全だ。そして、大浄化が汚穢なる者すべてを消し去り、計画は順調に進むだろう。


 侍者の補助のもと、教皇は冷凍睡眠カプセルを起動させ、卵型のカプセルに身を横たえた。意識は消え、心拍も止まり、新世界へ向かう。


 やがて、大量の敵兵が部屋へと突入する。


 侍者の顔に慌てた様子は微塵もなく、静かに両手を上げて降伏した。


 そして、冷凍睡眠カプセルの解除コードを告げた。


 教皇が目を開けた瞬間、視界に映ったのは敵の銃口だった。銃声が鳴り響き、彼はそこで命を落とした。






 ディワンとユーロは、その後さらに別の場所を調べに向かった。彼らは研究所の資料保管室を見つけ、すぐに手分けして閲覧を始めた。


 ユーロは最新の資料から読み始めた。もしかしたら、最近の遏令の不可解な行動に関する手がかりがあるかもしれないと考えたのだ。すると、彼女は奇妙な記録を発見し、それをディワンに見せて言った。「これ、意味が分からない。どういうこと?」


 それは、七十億個の心臓を製造した記録だった。人工子宮の所在は記されておらず、遏令の領域内には存在しないことだけが分かる。場所は不明だった。


 ディワンは心臓が何のために作られたか分からなかったが、「七十億」という数字には見覚えがあり、直感的に不吉な予感が走った。


 もし教皇に何か悪質なことを仕掛ける力があるのなら、きっとこのタイミングで実行するだろう、とディワンは考えた。


 ディワンはすぐに踵を返して走り出しながら叫んだ。「すぐに遺跡に入って『止まれ』と願え! 災厄が迫ってる!」


 彼は「読取」の魔力を限界まで使い、緊急のメッセージを送った。学生時代には一度も成功したことがなかったが、今は死に物狂いで試みるしかなかった。






 デベは部隊を率いて大聖堂へ突入し、守備を担当する聖兵と遮蔽物越しに銃撃戦を展開した。ドフヤとファンも彼に続いてこの場所で戦っている。


 美しいステンドグラスや装飾家具は破壊され、聖像は地に倒れ、壁画は煤けている。かつてデベが愛し、誇りに思っていたこの場所だが、今は惜しむ余裕などなかった。


 通信官はディワンの叫び声を受信し、すぐに司令官へ伝えた。司令官は叫んだ。「全員突撃! 終聖遺跡に突入して『止まれ』と願え! 災厄が来るぞ!」


「さっき来たばかりじゃないのか?」


「遏令には災厄を発動させる手段がある!」


 ドフヤは一瞬、呆然とした。前方に降り注ぐ銃弾の嵐を見つめながら、ここを生きて突破するのは不可能に思えた。


 ファンは、ディワンの声を聞いた気がして、叫んだ。「本当だ!」


 その声を皮切りに、全員が遮蔽物から飛び出し、命を顧みず前へと突撃した。何人もの兵が撃たれて倒れ、だが後続が次々に補充された。人々はついに敵の陣地を突破し、生き残った者たちは必死に前へと駆けていく。


 誰もがデベが描いた地図を頭に叩き込んでおり、進むべき道を理解している。彼らは豪華な絨毯の上を踏みしめ、三角形の建造物の入口を見つけ、第一の扉を通り抜けて、下り坂のスロープへと突入した。


 終聖遺跡への道に障害があれば、機械獣が排除するため、通路は常に通行可能になっている。


 立ちはだかるのは門を守る聖兵たち。地下通路の先にも部隊が待ち構えていた。先頭を走る者たちは次々に銃弾に倒れていく。


 突如として、目には見えぬ波動が全員の身体を貫いた。災厄が発動された。


 聖兵も味方も関係なく、災厄に選ばれ、人形の糸が切れたかのように次々と倒れていった。


 ドフヤの父は農業村で作物の様子を確認していた。彼は災厄に選ばれた。


 レミは軍営で損傷した機械体の修理を手伝っていた。彼は災厄に選ばれた。


 ニーシャは新しい友人と笑いながら化粧の話をしていた。「戦争のせいで手に入りにくくなったものが多すぎるね。化粧すると怒られるし」彼女と数人の友人は災厄に選ばれた。


 イナは新居で、亡き家族を偲ぶための小さな家に紙の花を追加していた。彼女は災厄に選ばれた。


 ユーロはディワンの後ろを走っていた。彼女は災厄に選ばれた。


 アンボルは軍営で、発見された古物のデータ整理をしていた。彼は災厄に選ばれた。


 キムとセライエは上古人種の女性たちに食事を与えていた。キムもセライエも、そして多くの上古人種の女性たちも災厄に選ばれた。


 ライリは遺跡都市の図書館で読書をしていた。彼女は災厄に選ばれた。


「走れ! 止まるな!」デベが叫ぶ。敵兵を何人か射殺してから、一瞬だけ足を止めた。


 ドフヤは銃を投げ捨て、死体の上を踏み越えて前へと突進した。彼女に追いつくため、ファンも銃を捨てた。


 再び、目には見えぬ波動が訪れた。


 ディワンはユーロの死体のそばに膝をついていた。彼は災厄に選ばれた。


 テマは新居で木の汽車のおもちゃで遊んでいた。彼は災厄に選ばれた。


 ハータはベビーベッドで眠っていた。彼女は災厄に選ばれた。


 ミナは軍営で負傷兵の止血をしていた。彼女は災厄に選ばれた。


 ドフヤは必死に坂を下って駆け続けた。背後からは銃声が鳴り止まない。もし死体が通路を塞げば、機械獣が排除に現れるのだろうか。


 戦争が始まる前にも一度災厄があった。半数が死んだ。そしてついさっきの二度目、三度目の災厄でも半数が死んだ。


「二分の一、四分の一、八分の一……」


 ドフヤの脳裏に、長老が歌っていた“選定の歌”がよみがえった 。


 目に見えない波動が襲った。


「十六分の一」


 ドフヤの母はテマの死体を抱き、涙を流していた。彼女は災厄に選ばれた。


 ビルディとドプは外で遊んでいて、路上で缶を蹴っていた。突如として周囲の人々が次々と倒れ始め、彼らは互いの手を握り、怯えてあたりを見回していた。ビルディは災厄に選ばれた。


 サンヤは椅子で眠っていた。手にはまだクレヨンを握っていた。彼女は災厄に選ばれた。


「三十二分の一」


 ドフヤは全速力で駆けている。まるで疾走する牝鹿のように。頼れる黄土色の革のロングブーツが、彼女を支えている。


 ドプは、ビルディの死体の横で呆然と立ち尽くしていた。彼は災厄に選ばれた。


 ルチは終聖遺跡を目指して狂ったように駆けていた。彼は災厄に選ばれた。


「六十四分の一」


 終聖遺跡の外環区は、一般的な遺跡とは異なっていた。だが、数多くの建物は初聖遺跡とも違っていた。ドフヤには眺める暇などなかった。


 聖兵が機械兵の前で銃を撃ったことで、機械兵も機械獣も一斉に動き出し、聖兵を攻撃し始めた。その混乱が、後続部隊の前進を妨げた。


 デベは、駆けるドフヤとファンの背を見ていた。彼は災厄に選ばれた。


「百二十八分の一」


 ドフヤの周囲はどんどん冷え込み、まるで凍りつきそうだ。彼女は大きく息を吐き、白い霧を繰り返した。


 アイオスは銃撃を受けて医療所で動けずにいた。周囲の死に気づき、なんとか立ち上がろうとした。その瞬間、彼は災厄に選ばれた。


「二百五十六分の一」


 走れ! ドフヤは第二の扉を駆け抜け、初聖遺跡に似た青い廊下へと突入した。


 一人の聖兵が銃を投げ捨て、この場所まで追ってきた。彼の狙いは、先頭を走るドフヤを捕らえることだ。


 聖兵がドフヤに追いつきそうなのに、ファンは彼らに追いつけない。


 ファンは必死に腕を伸ばした。聖兵には届かない。それでも彼は、ありったけの「付与」の魔力を放ち、離れた位置から聖兵の身体に作用させた。今まで一度も成功したことのないやり方だったが、この瞬間だけは成功しなければならなかった。


 聖兵の服が、見えない手に強く掴まれたかのように引き止められ、動きが鈍った。


 その隙にファンが聖兵へと追いついた。彼は聖兵に向かって身を投げ、激しくもみ合った。やがて、聖兵の拳がファンの胸に深く打ち込まれ、彼の心臓は鼓動を止めた。


「五百十二分の一」


 ドフヤの周囲には、誰も残っていなかった。


 遺跡都市の図書館では、エフンが周囲の者たちがすべて死亡していることに気づいた。そこで、彼女が最も愛する本を手に取り、胸に抱いた。彼女は災厄に選ばれた。


「千二十四分の一」


 空っぽの廊下には、ドフヤひとりの足音だけが響いている。


 そして、彼女の耳に長老の歌声が届いた気がした。聞いたことのなかった、次の一節。


「二千四十八分の一」


 彼女は第三の扉を抜けて、最後の部屋へと突入した。


 その寒々とした空間には、煌めく青い宝石が二つ、銀色の台座の上に浮かんでいる。二つの宝石は空中で互いを中心に回転している。その姿はまったく同じで、原型か模造かを見分けることはできない。


 ドフヤの脚は限界を迎え、彼女は地面へと倒れ込んだ。そのまま少し前へ滑る。


「止まれ! 止まれ! 止まれ!」ドフヤは、持てる力すべてを込めて叫んだ。


 二つの青い宝石はさらに速く回転し、輪のように融合した。そして強烈な閃光の中で、二つともその姿を消した。


 災厄も、これを境にして、永遠に消えた。


 ドフヤは床に横たわり、大きく息を吐いていた。彼女の後ろに続いて入ってくる者は誰もいなかった。


 銀色の台座の背後、壁面から隠し扉がゆっくりと現れた。そこへ進めば、「未来機関」の銘板があり、スミスが未来人に語る記録ファイルの音声が流れ、エイリアンのきらめく宇宙船が見える。


 だがドフヤは、急いでその扉へ進むことはなかった。彼女は立ち上がり、できる限りの力で来た道を走って戻った。


 まずは死んだ聖兵のそばを通り過ぎ、さらに走り続け、ついに死んだファンを見つけた。


 周囲には、泣き声も、悲鳴も、誰かの声も、吐息さえもない。死の静寂が空間を満たしている。


 まるでこの世界に、彼女ひとりだけが残されているかのようだ。


 二千四十八分の一。ドフヤは思った。自分の知人で、この条件でも緑のランプが点く人って、いるっけ?


 自分以外、誰もいなかった。彼女の世界には、彼女だけが取り残された。


 ファンのそばに膝をつき、崩れるように地面に伏した。この先、再び立ち上がる力が自分に残っているとは、もう思えなかった。


 この世に美しいものなど存在しない。そこにあるのは、冷たく、絶望に満ちた、光のない世界だった。


 泣けない。


 彼女は、心が砕けるということを知った。


 ここで死にたい。どこにも行きたくない。


 その時、工具箱を手にした二体の機械人が来た。彼らはファンのそばで忙しなく作業を始めた。彼の胸を圧迫し、肺へ空気を送り込み、服を切り開き、コード付きの装置を貼り付け、薬剤を注入した。


「呼吸・心拍停止。緊急医療プロトコルを開始します」


 そして、彼らはファンを搬送し、外環区にある医療施設へと連れて行った。彼は治療を受け、呼吸と心拍を取り戻した。


 意識が戻ると、彼は彼女の名前を呼んだ。その瞬間、ドフヤはついに泣き崩れた。


 この時点での地球の人口は、おおよそ七十億を二千四十八で割り、そこに「一」を足した数字だった。


 人類は、もう滅亡することはない。


 いつかまた、繁栄を迎える日が来るのだ。

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