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第六章 彼らは戦場で出会う (3)

 翌朝、空がまだ白み始めたばかりの頃、ドフヤの家族全員が家を出た。


 父は、ほとんど使ったことのない鍵で家の扉に鍵をかけた。母は畑から少し土を取り、小さな袋に入れて、それぞれの子どもに一つずつ渡した。


 ドフヤは犬たちに鞍を装着し、荷物を積んだ荷車をその鞍に結びつけ、まだ小さい子どもたちを車に乗せた。


 そしてテマスの手綱を握り、家族とともに集合場所へと向かった。


 人々はできる限りの食糧を持ち出した。持ち出せなかった分は遏令(アツレイ)に渡すわけにはいかず、火を放って焼き払った。


 夜明けとともに、移住の隊列は遺跡都市の部隊とともに出発した。






 これは、ドフヤが生まれ育った土地をこんなにも遠く離れるのは、初めてのことだ。隊列には、大勢の子どもたちや、自分の足で歩けない病人、けが人、そして重い荷物があったため、進む速度はとても遅かった。途中で何度も休む必要があった。そうでなければ、子どもたちも、けが人たちも耐えきれない。


 一日中歩いたり止まったりして、夕方に野営した。


 家族がそれぞれ落ち着いたのを確認すると、ドフヤはすぐに決めた。あの機械コウモリを操る男性を探しに行こう、と。


 彼がこの地に来たのは任務のためであり、今のうちに知り合っておかなければ、もう二度と会えないかもしれない。


 友達をつくるのが得意なドフヤにとって、こういうことは特別なことではなかった。見知らぬ人に声をかけ、話をして、名前を交換して、また遊びに誘う。そんなことは、何度も経験してきた。今回も、同じだと思っていた。なのに、なぜか、今回はまったく自信が持てなかった。もし彼が話しかけるのを嫌がったら? もし名前を教えてくれなかったら?


 無理に友達になろうとしてはいけないことは、ドフヤはわかっている。でも、やってみないと何もわからないのも事実だ。とにかく、話しかけてみよう。そう思っていたのに、胸の奥から力が抜けていくようで、「明日でもいいかな」と弱気な考えがよぎった。


 でも、明日になれば、彼の個人情報を聞き出すチャンスはぐっと減る。もし彼が今日、新たな任務を言い渡されて、どこか別の場所へ移動してしまったら、チャンスはもう永遠に失われてしまう。


 今夜、行かなきゃ。


 誰かに会いに行こうっていうだけのことで、こんなにも迷ったのは初めてだ。本来なら、思った瞬間にもう体が動いているはずなのに。ドフヤは自分の両頬をパシンと叩いた。そして、ルルリの言葉を思い出す。


 私はかっこいい。だから大丈夫。


 勇気を奮い起こし、ドフヤは遺跡部隊のテント群へと歩き出した。






 ファンが本を読んでいると、アイオスが大興奮で両手を振り回しながらテントに飛び込んできた。


「ドフヤがお前を探してるぞ! 今、警備のところで待ってる!」


「……は?」一瞬、ファンは何を言われたのか理解できなかった。一秒遅れてようやく脳が処理した。ドフヤ、あの美しい女性。彼女が今、自分を外で待っている。その瞬間、思考は完全に止まった。


「デートだぞデート! さっさと行け!」アイオスはファンの肩をぐらぐらと揺らして、思考停止していた彼を現実に引き戻した。彼の視線がファンの作業着についた機械コウモリの整備油汚れに移る。「とっととキレイな服に着替えなって。俺、待っててって伝えてくるから! 絶対来いよ! いいな!」


 そしてアイオスはまた勢いよくテントから飛び出していった。


 ファンは呆然としながら周囲を見回した。


 仲間のひとりが満面の笑みで「死ね」ジェスチャーを投げかけてきた。そのほかの仲間たちは一斉に「頑張れ」ジェスチャー。


 断らなきゃ、だめだ。ファンはそう思った。でも、手は勝手にバックパックを開け、きれいな服を引っ張り出していた。


 大丈夫。ただどんな人なのか、確かめに行くだけ。きっと性格が合わなくて、ひとたび一緒にいれば喧嘩の絶えない悲劇になる。それがわかれば、自分は諦めがつく。


 着替えを終え、ファンは警備員のもとへと向かう。


 遠くに、アイオスとドフヤが楽しそうに会話しているのが見えた。


 アイオスを蹴っ飛ばしたくなった。でもアイオスは助けてくれてる。味方を惨殺するわけにはいかない。ぐっと理性でそれを飲み込んだ。


 遠くからファンの姿を見つけたアイオスは、ニヤリと笑ってさっと立ち去った。


 ドフヤがそこに立っている。微笑みながら、手を振ってくれている。


 ファンは一瞬、息をのんだ。


 ドフヤは、何を言うんだろう。何するつもりなんだろう。歩きながら、ファンはそんなことを考えていた。普通のデートなら、まずは食事から始まる。でも、いつもならできるようなことは、今の状況では何一つできそうにない。


 もしかしたら、彼女は自分の興味のないことをしようって誘ってくるかもしれない。そうしたら、自分はただ我慢して時間が過ぎるのを待つだけ。そして、二度とこの人とは出かけまいと決めるのだ。


 そんなことを考えているうちに、彼女の元へと歩み寄っていた。


 ドフヤは笑顔で言った。「サッカーしようよ。ファン」


 アイオス、絶対に自分の身辺情報を全部バラしたな。普段なら、そんな根回しは鬱陶しくてたまらなかったはず。だが、今だけは例外だった。


 ファンは微かに笑って、こう答えた。「うん」






 ドフヤはファンを自分たちの村のテント群のほうへ連れて行きながら、こう尋ねた。「サッカー、できる?」


「できるよ。学生の頃はよくやってたし、チームで試合とかもたまにあった」


「ならよかった。みんなっ、私たちも入れて!」


 彼女が大きく手を振った先を見てみると、子どもたちが村のテントのあいだに空いたスペースをサッカー場として使っている。箱でゴールポストを代用している。


 大人たちはみんな疲れて休んでいるが、子どもたちは少し横になっただけで元気を取り戻し、笑いながら駆け回っている。


「ドフヤちゃん!」「やったー、入って入って!」子どもたちは一斉に駆け寄って、ドフヤのまわりに群がった。


「もちろん! あと、こっちの人も! 彼の名前はファン、彼も参加ね!」そう言って、ドフヤがファンのほうを指さした。


 子どもたちは少し考えてから、こう言った。「どっちかのチームに大人がふたりいるとズルいよ」


 こういう場合は、バランス調整が必要だ。大人のいるチームは人数を少し減らして調整するのが普通。ドフヤとファンが同じチームに入れば、必然的に全員の子どもたちが敵になる。ファンはそう思った。


 が、ドフヤは腰に手を当てて、高らかに宣言する。「私が一つのチームに入る! 彼はもう一つのチーム! どっちのチームが先に選ぶかは、そっちでジャンケンして決めて!」


 え? 無表情のまま、ファンは一瞬、心の中できょとんとした。


 初デートが子どもたちと一緒にサッカーって、そもそもかなり珍妙だ。非常時なんだから、まあ仕方ないとは思っていた。だがまさか、いきなり敵同士になるとは。それ、初デートかよ。


 とはいえ、ファンは素直に言われた通り、ドフヤの敵チームに入った。


 相手は女の子と子どもたちだ。少し手加減しないと、楽しくならないだろう。彼はそう思っていた。


 しかし試合が始まってすぐ、ドフヤの強烈なシュートがディフェンスを抜けてゴールを決め、彼の予想はあっけなく粉々になった。


 初デートで、ここまで完膚なきまでに叩き潰す人っているか? 男がこんなことしたら、確実にアウトだぞ!


「やったーっ!」ドフヤは拳を突き上げて叫んだ。


「そうくるなら、こっちも本気でいくぞ──」ファンの口元がにやりと上がった。「みんな、集まって。戦術を教える!」


 ドフヤも舌をぺろっと出してから、自分のチームの子どもたちを集めて、ファン攻略法を伝授し始めた。


 フィールドでは何度も攻防が繰り広げられた。ドフヤは、ファンのチームの隙を突く攻め方を子どもたちに指導し、ファンも、状況の見極め方やフォーメーションの使い方を伝えた。


 こんなに大声で笑ったのは、いつぶりだろう。


 ファンの心は、ふと幼い頃の昔に戻っていた。まだ基礎学校に通っていた頃。彼はいつも子どもたちの中心にいて、まわりには自然と人が集まっていた。そこには笑い声があふれていて、毎日がにぎやかだった。


 汗だくになったドフヤが、腰をかがめて子どもたちとハイタッチを交わす。その光景は、彼の心に深く刻みつけられた。たぶん一生忘れない。


 ひとつゴールが決まったあとの小休止。ファンは懐中時計を取り出して確認した。「そろそろ時間だな。戻らないと」そう言って顔を上げると、ドフヤに問いかけた。「じゃあ、今日はここまでにしようか。で、結局どっちが勝ったんだ?」


「さあ?」ドフヤは真面目な顔で肩をすくめてみせた。


「さあ?」ファンは呆れて笑った。


「誰も点数なんて数えてないし」そう言ってドフヤは、大きく笑った。


 ファンは両手を腰に当て、息を切らしながら笑い続けた。笑いすぎて、腹筋まで痛くなった。


「また遊ぼうよ、今度」ドフヤが言った。


 ドフヤのその笑顔を見て、断れるわけがなかった。


「……ああ」それが、唯一あり得る答えだった。






 ファンが自分のテントに戻ると、同僚たちが彼の服に目を留めた。出ていったときはきれいだったのに、戻ってきた彼は泥だらけだった。


「何があったんだ?」


 思わずそう尋ねる同僚に、ファンは笑って答えた。「彼女にゴール決められた」


 本当は、デートなんか行くべきじゃなかった。点数はつけていない。でもファンは分かっている。負けたのは自分だ。


 彼があまりに嬉しそうに笑っているので、同僚たちはまた同じジェスチャーを送ってきた。「死ね」と「頑張れ」。今回はだいたい半々だった。

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