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第六章 彼らは戦場で出会う (2)

 その夜、遺跡都市部隊の指揮所の前に、大勢の村人たちが集まっている。村を守るためにここに残ってほしいと懇願している。


 ファンはその騒ぎを、少し離れた場所から静かに見つめている。


「お願いです、私たちは代々この土地に住んでいるんです! ここを離れるわけにはいきません!」


「ここは私たちの土地であり、家族のお墓もあるんです!」


「お願いです! ここを出たら、私たち、生きていけません!」


 涙と嗚咽で顔をくしゃくしゃにした人々が、警戒員たちの前で叫ぶ。膝をついて懇願する者もいる。どうか、自分たちの苦境に耳を傾けてほしいと、遺跡都市に望みを託している。


 だが、同情だけでは救えない現実が、そこにはある。


「ここは遏令(アツレイ)に近すぎる! しかも、防備もろくに整っていない!」指揮官が説得を試みる。「今回は、遏令が同時に複数の目標を攻撃したために兵力が分散し、なんとか今のところ守れている状態だ。他の目標が次々と落とされて兵力が集中されたら、俺たちが残ったって、ここは守りきれない! 分かってるか? 守りきれなかった村がどうなったか──」村人たちが荷物をまとめている間、指揮官はすでに他の部隊から情報を得ていた。「全滅だよ! 女も、子どもも、大人も、誰一人残らなかった! 遏令は全員殺すつもりなんだ!」


「死ぬとしても、私たちは、ここで死にます!」村人が泣きながら、同じ言葉を繰り返す。


 冷静に考えれば、命を懸けるにはあまりに割に合わない選択だ。一方で、遺跡都市が部隊をこの村に残して共に死ぬような決断をするはずもない。村人が頑なに動かないなら、遺跡都市の部隊は少数の避難希望者を連れて去るしかない。そして残された者は、聖兵に殺されるだけだ。


 だが、災厄がもたらした痛みがいまだ癒えていない今、さらに家まで失おうとしている彼らにとって、これ以上の喪失はもう耐えられなかった。


 ファンには、結末が見えていた。母親のときと同じ結末だ。ただ、今回は聖兵の手を借りているだけだ。


 そのとき、一人の女性が前へと歩み出た。エメラルド色の蝶の髪飾りをつけている。苦悩する指揮官と、感情が昂ぶった村人たちのあいだに立ち、指揮官に背を向け、村人たちをまっすぐに見つめる。彼女の姿からは、すべてを押しのけて進んでいくような強い意志が放たれている。その光は、まるで夜を昼に変えるかのようなまばゆさだ。


 だが、ファンには、分かっていた。彼女が何を言おうと、意味はない。


 ディワンも、母親に何度も言葉を尽くした。だが、意味はなかった。


 再婚を拒んでも、死んだ人は戻ってこないよ。お見合いを断っても、そのうち強制マッチングになる。ちゃんとした男たちがこれだけいるのに、どうして殴るようなクズに割り当てられる未来を自分から選ぶんだ?


 彼女が村人たちに「落ち着け」とか「理性を持て」と訴えたとしても、無駄だろう。


 女性が声を張り上げた。その声は、泣き叫ぶ村人たちの喧騒を突き抜け、誰の耳にもはっきりと届いた。


「一緒に、新しい家を見に行こうよ!」蝶の髪飾りをつけた女性が言った。


 ファンは目を見開いた。


「みんな! 私と一緒に、新しい家を見に行こう!」彼女はもう一度叫ぶと、人々の目を一人ひとり見つめながら語りかけていく。


「レミの笛の音が大好き。新しい家でも、また聴かせてほしいの」


「もう一度、ルチとサッカーがしたい」


 彼女は村人の名前を一人ひとり呼びながら、新しい家で一緒に遊ぼうと誘いかけた。


「──の描いた花瓶、とってもきれいだった。新しい家にも、置かせてほしいな」


「──私たち、あの木のうろ見つけたの、覚えてる? 今度は一緒に、新しい昼寝の場所を探そうよ」


「──の作った鳩時計が好きだったの。雪が降るバージョンの設計図、完成したところが見たい」


「──が育てたトウモロコシ、本当においしかった。私とルルリ、あの畑でよくかくれんぼしたの。また、あのトウモロコシ畑を見られるといいな」


「──なんでいつも水がある場所を当てられるのか、私には分からない。君は必要な人よ。新しい家にも、絶対にいてほしい」


 しだいに、ざわめきが静まりはじめた。考えこむ者が現れ、蝶の髪飾りの女性に話しかける者も出てきた。誰もが、それぞれに、かつての温かい記憶を語りはじめる。


 やがて、不思議なことに、「荷物をまとめに戻らないと。引っ越しに間に合わない」と言い出す者まで現れた。


 少しずつ、人波が引いていく。


 指揮官は小さく息を吐き、隊員たちに持ち場へ戻るよう指示を出した。


 蝶の髪飾りのその女性は、最後に残った人々と語らいながら、ゆっくりと歩き去っていった。


 ファンは、彼女の声が少しずつ遠ざかっていくのを聞いていた。


 空気が変わった。彼は分かった。村人たちの大多数はすぐに荷物をまとめて、部隊についていくだろう。


 もし、なおわずかに残ろうとする者がいたとしても、出発する者たちが無理にでも連れていける。この村は、母親と同じ結末を迎えることは、もうない。


 もし、あのとき。自分とディワンが、母親に違う言葉をかけていたら、結果は変わっていただろうか? ファンには、それを断言できなかった。答えるには、あまりに難しい問いだった。


 母親は誰にも心を開いていなかった。だが、あの女性と村人たちのあいだには、ファンがここへ来るはるか前から、深いつながりがあった。その絆に、彼女自身の力が加わり、力強い言葉と、胸の奥まで届く声が、いったん閉ざされた村人たちの心を開いた。


 村人たちの心が開いていくなかで、ファンの中でも、何かが静かに動きはじめた。


 あの人、結婚してるのかな。今、定期的に会ってる人がいるのかな。生まれて初めて、誰かに聞いてみたいと思った。


 その疑問を、どうしても頭から追い払えなかった。






 聖兵が撤退してから三十二時間が経過した午後二時過ぎ、再び警報が鳴り響いた。


 ドフヤの最初の反応は、鉄帽をかぶり、防弾チョッキを着込み、銃を手にして家を出て、城壁の防衛位置へ向かうことだった。


 だがその直後、村内放送が流れ、すべての住人に対して近くの物陰や建物を使って身を隠すよう呼びかけた。


「空襲だ!」


 ドフヤは空をかすめて飛ぶ二つの黒い影を目撃した。それは遏令の機械鳥だった。彼らが使用している機械コウモリよりもはるかに高性能で、聖兵を乗せて極めて長距離を飛行することが可能だった。


 機械鳥が通過した直後、村のどこかで爆発が起き、黒煙が空高く立ち昇った。


 敵は村に向かって爆弾を投下しているのだ。


「くっそ! もうこれ以上──」ドフヤは銃を構えて発砲したが、相手は完全に射程の外にいた。


 高所に上がらなければ。長老の家がある丘へ向かおうとしたが、あまりにも距離が遠すぎた。走っている間に、さらに二度の爆発が起きた。


 ドフヤは三階建ての家を選んだ。この村では、家の鍵をかける習慣がない。彼女はそのまま中へ駆け込み、階段を一気に駆け上がって三階へ、そして屋上に出た。


 銃を構えて機械鳥に照準を合わせる。しかし、なおも距離が足りない。もしもう少し低空で飛んでくれれば──


 そう思った瞬間、彼女の視界に一機の遺跡都市の機械コウモリが映った。投射装置によって空へと飛び上がったのだった。


 ドフヤは知っている。機械体の性能差に加え、その動きには操縦する人間の「付与」の魔力も大きく関わっているということを。


 自分たちの機械コウモリは、たしかに遺跡都市の警戒隊のものより性能では劣っている。けれど、飛距離が出ない主な原因は、自分たちの操縦者の「付与」の魔力が、遺跡都市の警戒員に比べてはるかに弱いからだ。


 差があることは知っていた。でも、今、目の前で起きている光景は、想像を超えている。


 遺跡都市の機械コウモリが、弾丸のような速度で空へと駆け上がる。一瞬で機械鳥よりも高い位置へ。ドフヤの視線は、まるで追いつかない。性能では劣っているはずなのに、速さも、機動も、すべて機械鳥を圧倒している。


 黒い影が空で交錯する。ドフヤの目には、その動きがはっきりと映らない。


 そして二機の機械鳥が、くるくると旋回しながら落ちていく。高空から村の外へ、斜めに落下し、森の中に激突した。爆発が起き、巨大な火柱が天を突く。


 ドフヤは、呆然と銃を下ろした。警報が解除された。任務を終えた機械コウモリは飛行速度を落とし、ドフヤの頭上を旋回しながら、ゆっくりと滑空して降下してくる。


 飛行する機械体が高く上がれば上がるほど、地上に映る影は大きく、そして淡くなる。


 けれどもその瞬間、ドフヤの目には、あの機械コウモリの影が、世界すべてを覆い尽くすほど大きく、濃く、それ以外のものは何も見えなくなるほどだった。


 機械コウモリが高度を下げ、ゆるやかにドフヤの目の前を横切っていく。


 その背に乗る男の姿が見えた。


 ドフヤはこれまで、さまざまな美しい色彩を見てきた。いつも美しい色彩に目を奪われていた。青、赤、黄、緑、紫といった鮮やかな色は、彼女にとって馴染み深いものだった。だが、その男は違った。彼は黒だった。


 ドフヤの記憶にある黒は、いつも他の色を引き立てる脇役だった。星々を際立たせる夜空のように。


 けれど、その男の黒は彼女の視界の主役だ。それは煌めく黒だった。


 遺跡都市の銀灰色の機械コウモリ、空戦部隊の鮮やかな橙の制服、そのすべてが、あの黒のための額縁に思えた。その額縁の中で、彼の端正な横顔とすらりとした体の線が、ひときわ鮮やかに浮かび上がっていた。


 機械コウモリが着陸エリアへ戻っていくその間中、ドフヤの視線は彼から一瞬たりとも逸れることがなかった。


 生まれて初めて、彼女は思った。この男が、欲しい。






 ファンの機械コウモリが着陸エリアに戻ってきた。その着陸は見事だった。なめらかで、わずかな揺れもない。


 機体を降りると、同僚たちが彼を待ち構えていた。みな一様に、どこか含みをもった笑みを浮かべている。


「お前がこんなふうに飛ぶのを見るのは、初めてだよ」先頭にいたアイオスが笑いながら言った。他の者たちもうなずいている。


「どうって、いつも通りだが」ファンはむすっとした顔で返した。


「いつも通り? あんな大きく旋回して、ゆっくり降りてきてさ。屋上のあの女の人に、見せつけてたんだろ?」


 言われて、自分でも気づいていなかったことを突かれた。正確に言えば、逆だった。あの蝶の髪飾りの女を見に行ったのだ。見に行きたかったのだ。そして、自分の飛ぶ姿もその目に入ると分かっていたから、いつもよりゆっくりと、美しく飛んだのだった。


 顔が一気に赤くなる。言葉が出てこない。


「うわ」あまりに素直な反応に、逆にアイオスのほうが戸惑って、首をすくめながら申し訳なさそうに言った。「よし、じゃあ俺が聞いてきてやるよ。彼女、結婚してるかどうか」


 ファンは少し間を置いてから、うなずいて言った。「頼む」


 あんなにもまばゆい女性なら、大人になったその日には、きっと求婚の手紙で埋め尽くされていたはずだ。結婚していないはずがない。結婚していると分かれば、きっぱり諦められる。


 約一時間半後。アイオスが戻ってきた。興奮した様子で言った。「彼女、ドフヤっていうんだ。まだ結婚してないし、恋人もいないって! チャンスだぞ!」


 ファンは、こんなこと、聞くんじゃなかったと思った。

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