第一章 彼女は跳ねる小鹿のように(1)
ドフヤは知らない。人類滅亡まで、あと五十日だということを。
今、ドフヤは「運試し盤」の前に座っている。
この四角い金属製の盤には、いくつものくぼみがあり、それぞれのくぼみは金属の線でつながっている。盤の片側の縁には、小さなランプが二つ取り付けられている。一つは赤色、もう一つは緑色だ。今はどちらも消えている。ランプの反対側の縁には、「試験」と書かれたボタンが一つある。
ドフヤは、長老が「運試し盤」のくぼみに「選定の石」をはめ込んでいくのを見つめている。その小さな金属製の石の底には、くぼみにぴったりと収まる小さな突起がついている。長老が「運試し盤」に選定の石を一つ増やすたびに、ドフヤが試練を突破する確率は半減していく。
「二分の一、四分の一、八分の一、十六分の一……」長老は古の選定の歌を歌っていた。ドフヤは幼い頃からこの歌を歌ってきた。その旋律は、くねくねと流れる小川を思わせるようでもあり、山道を縫うように曲がりくねる道にも似ている。繰り返される旋律の緩やかな高低差は心地よく、それと同時に、この歌の奥には人間には決して理解できない何かが潜んでいるような気がした。ここでは慎重に、そして謙虚であるべきなのだ。
長老が運試し盤に選定の石を加えるたび、選定の歌の数字は倍々に増えていく。
長老が「十六分の一」と歌ったとき、ドフヤは「試験」と書かれたボタンを押した。緑色の小さなランプが点灯し、彼女は試験を突破した。
長老が「二百五十六分の一」と歌ったとき、ドフヤは再び「試験」のボタンを押した。今回も緑のランプが光った。
長老はさらに選定の石を加え、ついに運試し盤のすべてのくぼみが埋め尽くされた。
そして長老は歌い始めた。「千二十四分の一」
ドフヤは「試験」のボタンを押した。緑のランプは、また光った。
長老は歌うのをやめ、微笑みながら「何度見ても、本当に驚かされるよ」と言った。そして、自ら「試験」のボタンを押すと、赤いランプが光った。
長老は選定の石を一つずつ取り外しながら、選定の歌を歌い始めた。ただし、今回は数字の順序が逆になっている。「千二十四分の一、五百十二分の一……」
長老は選定の石を一つ取り外すたびに、「試験」のボタンを押した。しかし、結果はずっと赤いランプが光るばかりだった。彼女は石を取り外し続け、そして「三十二分の一」と歌ったとき、再びボタンを押した。すると、初めて緑のランプが光った。
長老とドフヤは静かに運試し盤の結果を見つめていた。この試験は、村の誰もが何度も経験した。ほとんどの人は長老と同じで、選定の石が少ないときだけ緑のランプが光り、石が増えるにつれて赤いランプしか光らなくなる。
しかし、ドフヤだけは例外だった。彼女が試験を受けるとき、赤いランプが光ったことは一度もなかった。
「あなたは強い『幸運』の魔力を持っている。『災厄』はあなたを殺すことができない。もしかすると、あなたの子もあなたと同じかもしれない。あなたはこの世界の救い主なのかもしれないよ」長老は微笑みながら、ドフヤの頭を優しく撫でた。
ドフヤは、世界を救うことになんて興味ないんだから。
「もう行っていい?」ドフヤは尋ねた。
ドフヤが長老の家にいたのは、母に頼まれて、いちごジャム入りのパイを届けに来たからだった。そして、長老はついでに運試し盤をドフヤに渡し、遊ばせてくれた。いちごジャムのパイを食べながら、長老が運試し盤の準備をするのを待つことができたので、ドフヤはそのまま遊んでいくことにした。
年上の人たちは、ドフヤが運試し盤で遊ぶのを見るのが好きだった。でも、どうせ緑のランプが光るだけじゃないか。何がそんなに特別なのか。村の他の人々は、選定の石が少ない状態でも赤いランプが光ることが多く、それは彼らがドフヤよりも災厄に選ばれやすいことを意味していた。しかし、ドフヤはその事実に対して、実感を持つことはなかった。
彼女は今年八歳だ。前回災厄が訪れたとき、彼女はまだ二歳で、その記憶はまったくない。災厄に選ばれにくいことが良いことだという理屈は、頭では理解している。しかし、それに対して感情的な実感はまったくなかった。
彼女は長老の家を出た。
金色の陽光が彼女のエメラルドグリーンの蝶の髪飾りに降り注ぎ、きらきらと輝いている。大きく澄んだ瞳に、引き締まった脚。格子柄の粗布のワンピースと黄土色の革のロングブーツを身にまとい、跳ねるように駆ける姿は、小鹿のようだとよく言われた。
でも、ドフヤにとっては、それだけのことだった。自分の口が大きすぎるし、腰も太い気がしている。耳の形も気に入らない。ルルリのほうが、ずっと綺麗だ。
ドフヤは周囲を見渡す。長老の家は村の東側の小高い丘の頂にあり、そこから村全体を見渡すことができる。今は午後三時過ぎ。
村は灰色の城壁に囲まれ、その外には格子状に区切られた広大な緑の農地が広がっている。機械牛と農民たちが忙しく働いている。
さらにその先には、果てしなく続く深い森がある。季節ごとに色を変えるその森は、今は鮮やかな緑に染まっている。
そして、朝日の方向へ目を向けると、森を越えた先に午後の陽光を浴びる都市「聖城遏令」が見える。そこにそびえる建物はすべて二十階以上の高さを誇る。村の素朴な家々とは違い、聖城の建物はまるで大地に立つ巨大な鏡のように、空の色を映し出していた。
今日の聖城は、雲ひとつない純粋な蒼に染まっている。
ドフヤは聖城を遠くから眺めるのが好きだ。ただその美しさに惹かれるだけで、他に理由はない。彼女の目には、巨大な翼を広げたドラゴンが遏令の周囲を飛ぶ姿が映っている。それは遏令の守護者だ。
長老の家の門前でしばらく景色を眺めた後、彼女は勢いよく坂を駆け下りる。
坂を下り、平地へ出る。そのまま歩いていけば、市場が見えてくる。
村の中心部には、赤レンガが敷かれた歩道が広がっている。かつては様々な動物の刻印があったが、長い年月のうちに擦り減り、犬なのか牛なのか判別がつかなくなっている。昔、ドフヤは通学途中にルルリと並んで歩きながら、どんな動物だったのかをよく推測していた。
赤レンガの道を踏みしめながら進むと、両側にはさまざまな商店や露店が並んでいる。
前方にローサンの布屋が見える。店内は色とりどりの布地で埋め尽くされており、通路は狭く、人が一人通るのがやっとだ。
ドフヤはその狭い空間へとくぐる。中には、地元の職人が彩り豊かな糸で織り上げた布や、遺跡都市から運ばれた転写模様の布、そして特別な金糸を編み込んだ、きらめく薄布が並んでいる。
店の奥では、ローサンが作業台の傍らで、絨布を使ってぬいぐるみの小熊を縫い合わせている。ドフヤの姿が視界に入ると、彼女は微笑みながら手を振る。「何か欲しいものある? 何作るつもり? ぬいぐるみ? 服? カーテン?」
「聞くまでもないでしょ」ドフヤはにっと笑って答えた。
「だよね」ローサンは肩をすくめた。
「私、枕カバーしか縫えないんだから」
「で、その枕カバーはどんなのがいいの?」
二人は声をそろえて笑った。
「新作、見せて」ドフヤは言った。
「縫い物しないくせに、布を見るのは好きなんだ?」
「だって、綺麗じゃん。この柄」ドフヤは胸を張り、堂々と答えた。「気に入ったのがあれば、ルルリに縫ってもらうんだから」
「ルルリが私のデザインした布を使ってくれたら、嬉しいな」ローサンは小熊を手から離し、引き出しを開けてノートを取り出した。作業台に広げると、スケッチが並んでいる。「次はこの柄を作りたいんだ」
「これ何? ゾウみたい。長い鼻があるし」
「機械ゾウだよ。商人が話してたんだけど、鼻から巨大な火の玉を放つらしいんだ」
「うわっ、すごい!」
ローサンの家族は旅の商人からよく仕入れをし、外の世界の話を聞くことも多い。その話の数々が、ローサンの創作のひらめきとなっている。
ドフヤは生まれてから一度もこの村を離れたことがなく、出て行こうと思ったこともない。この場所が好きなのだ。外の世界がどんなものか、少しは興味がある。村の外から戻ってきた人の話を聞くこともある。でも、わざわざ自分で確かめに行くほどではない。
この村こそが彼女の世界であり、村の外で起こる出来事は、彼女にとってただの物語にすぎなかった。
「そういえば、こないだ、君のお母さんが水色のシルクを買っていったよ」
「え? 何に使うの?」
「さあね。でも、すごく綺麗な布だったよ。リボンとキラキラしたボタンも一緒に買ってたみたい」ローサンはドフヤにウインクをしながら、おどけてみせた。答えは簡単に想像がつく。
ドフヤはわざと知らんぷりをする。「へえ、ルルリにぴったりじゃん」
ローサンの布屋を出て、ドフヤは市場をぶらぶらと歩く。
彼女はダフのブリトー屋の前に来た。
「今日、新しく作ったソースがあるよ!」ダフは調味料の並ぶ棚の前で、ドフヤに声をかける。「試してみる?」
「この前のやつ、舌が一日中変な感じだったんだけど!」ドフヤは抗議した。「それに、こっそりピーマンを入れるのは禁止!」
「味でちゃんと隠せたと思ったんだけどな」ダフは首を傾げる。
「全然隠れてなかったから!」ドフヤはぷんぷんしながら言った。
「わかったわかった。で、今日は豚肉と鶏肉、どっちにする?」
「別に食べるって言ってないし。さっきイチゴのパイ食べたばっかだよ!」
「じゃあ、食べない?」
「食べる! 甘い鶏肉! いつもの甘い鶏肉! 新作はいらない! それと、コーンを多めに!」
「はいはい、ついでにバターも多めにしておくよ。この前の償いってことで」
ドフヤはブリトーを持ち、食べながら歩き出した。
機械屋には、これまで見たことのない機械牛が並んでいる。
野菜屋には、これまで見たことのない緑のとげを持つ赤い果実が置かれている。
道具屋の主人、レミは新しい笛を作り、店先で自らの手による旋律を奏でていた。
この村は、日々少しずつ姿を変える。その変化がドフヤにとっては何より楽しいものだった。
そして、村で起こる変化のうち、最も大きく、彼女がいちばん好きなのは、人の変化だった。
市場の奥に進むと、円形広場では婚礼の儀が執り行われている。
花々を描く彩色タイルの上、細かく切られた銀、赤、黄の紙片が舞い踊る。集った人々は、この日のために選び抜かれた衣装を身にまとい、精緻な刺繍や宝石の飾りが施されたそれらが、広場の色彩にさらに輝きを添えている。
新郎と新婦は白銀の冠を戴き、その銀細工に咲く花、舞う鳥、燃える炎が、陽の光のもと金色の輝きを散らす。生命を象徴する血の色をした紅い紐は、果てしなく続く連なりを結び、彼らの腕から胸元、足元までを飾っている。人々に見守られながら、二人は結婚の誓いを述べる。
「天が晴れようと雨が降ろうと、大地が寒かろうと暖かかろうと、世がいかに移ろおうとも、愛は我らをひとつに結ぶ。我は汝と命を分かち合い、災厄が我らを分かつまで共にあろう」
二人は杯を取り、腕を交わし、互いの酒を飲み交わす。
証人が紅い紐を結び合わせ、二人の命を結び合わせた。
ドフヤはブリトーを食べ終えた。
新郎新婦の親族が彼女を見かけ、パンを手渡した。「祝福を! 幸運が汝にあらんことを」
それは賓客のために用意された婚礼のパンであり、その表面には結び目の紋様が刻まれている。ドフヤは微笑んで答えた。「祝福を! 汝の子孫が繁栄せんことを」