第9話 :自分を狙う暗殺者にお茶を出してしまった件
神殿の大司教アーヴェルを浄化して数日。
リセリアは、ようやく村の薬草小屋に帰ってきていた。
「やっぱり……この湿気、最高……。
“腐葉土の匂い”って、平和の象徴だよね」
ごろりと干し草の上で寝転がりながら、リセリアは満足そうに微笑む。
──だが、その夜。
静まり返った森に、ひとつの影が現れた。
「……ここが、“世界で最も危険な聖女”の隠れ家か」
黒装束の女が、小屋の屋根に立ち、月明かりの下で短剣を手にする。
「暗殺対象、リセリア。接触任務、開始──」
だが、そのとき。
「……ああもう、騒がしいなあ」
屋根の真下から、気だるげな声が響いた。
「お茶淹れてるから、入ってくれば? 静かにするなら歓迎するわよ、暗殺者さん」
──一瞬で、空気が凍りついた。
黒装束の女、完全に固まる。
「……なぜ気づいて……」
「外から“殺意”と“冷気”が漏れてるの、気づいてないの? そもそも私、
五感と魔力感知、全部フル解放してるから、ちょっとした草の鳴き声でもわかるのよ」
「草に……鳴き声……?」
女の目が揺れる。
「ていうか、“暗殺者”って名乗らずに入ればお茶飲めたのに、残念ね。
でもまあ、せっかくだから質問タイム。毒、仕込んだ? それとも刺す気だった?」
「……! どちらも試す予定だった」
「正直。嫌いじゃないわ。で?」
「私の名は《影ノ花》。魔王直属、七陰の一人。貴様に“闇の力を返せ”と命じられた」
「……あー、なるほど。魔王も“お使い”派遣するようになったか」
リセリアはため息をつくと、テーブルにお茶を並べる。
「毒は仕込んでないから安心して飲んで? ……ていうか、あんたのほうがよっぽど毒ある顔してるし」
《影ノ花》は、しばし躊躇ったのち、湯気立つカップを手にした。
「……これは?」
「夜の静寂に効く、オリジナルブレンド。
脳の過剰興奮を鎮めて、刃物を握る気力すら奪うって評判よ?」
「……敵に出すお茶の内容じゃない……」
「お茶には敵味方ないからね。飲んだらお客様。
飲まずに刺したら“退治対象”。選びなさい」
《影ノ花》は、沈黙ののち……そっとお茶を飲んだ。
数秒後──ごと、と短剣が床に落ちた。
「……うまい」
「でしょ?」
リセリアはにっこり笑い、あくびをした。
「──闇の力は“奪った”んじゃない。呼ばれただけよ。
魔王が欲しがる理由もわかるけど……返さない。これは、私のものだから」
「ならば……交渉は決裂?」
「そうだね。でも、“お茶の味”を評価してくれたなら、帰り道に毒霧は撒かないでおく」
《影ノ花》は立ち上がり、ひとことだけ言った。
「……名乗らずに来れば、よかったな」
「ほんと、それ」
彼女の姿が闇に溶けると、リセリアは再び干し草にごろんと転がった。
「はあ……ようやく寝れると思ったのに、暗殺者が来るとは。
世の中、どんだけ私の昼寝妨害したいわけ?」
そうつぶやいて、彼女は静かに瞼を閉じた。
“毒舌聖女 vs 暗殺者”──勝ったのは、紅茶の香りだった。




