第4話:王子が『跪かせてください』と土下座してきた
──それは、突然だった。
森の静けさを打ち破るように、村の入り口に馬車の行列が現れた。
豪奢な刺繍を施された紋章。騎士のような護衛。
それは明らかに、王都からの“高位貴族”の訪問だった。
「ねえ、リセリアさん……すごいことになってるんだけど……」
薬師見習いのルークが青ざめた顔で草原を駆けてくる。
「王都から……王子様が……来たって……!」
「……ふうん。で?」
ハーブピローを抱えたまま、リセリアはあくびを噛み殺しつつ答えた。
「私に何の関係が? 王子なんて、顔も見たことないし」
「いや、あるんですよねぇ……!! というか、追放命令出した一人なんですよねぇ……!!」
「…………マジで?」
さすがのリセリアも、そのときだけは瞼を持ち上げ、ガチで目を開けた。
──10日前、王都の聖騎士団が“役立たず”と嘲笑した聖女を、
“実は全属性適性持ちで、世界の均衡を保つ存在だった”と知ってしまった時の、王子の顔は想像に難くない。
「いやでも、来る? 来ちゃう? 土下座しに?」
「来ちゃってるんですよもう!! なんか“謝罪と懇願の儀”とか言って、
村の広場で“謁見の席”用意してます!!」
「面倒くさ……。広場で土下座って、馬鹿なの?」
だが、仕方なくリセリアは立ち上がる。
──人間の“後悔”を直に見られる機会など、そうそうない。
それはそれで、ちょっと楽しいかもしれない。
「まったく……。せめて手土産に上等な茶葉くらい持ってこいっての。王族でしょ、あれくらい気を利かせなさいよ」
そうぼやきながら、彼女は草を払って、村の広場へ向かった。
村の広場
「──この度の非礼、まことに申し訳ございませんでした……!」
第一王子・セイリオス=アルグランド。
王都でも才色兼備と名高い青年王子が、村人の前でひれ伏していた。
後ろには、神官長、騎士団長、宰相までそろっている。
全員が頭を地につけ、許しを乞う光景は、村人たちにとっても前代未聞だった。
「……ああ、うん。土、汚れてるけど、大丈夫? 顔に刺さってない?」
リセリアがつかつかと近づいてきて、気だるげに言う。
「というか、正直引いてる。何、その“私たちが悪うございました”芸。
……遅いんだよ、バカ」
王子は顔を上げると、まっすぐに彼女を見た。
「私は……あなたの真の力を知ったとき、胸が裂ける思いでした。
どうか、もう一度我らに“希望”を……! 世界が、あなたを求めています!」
「……」
リセリアはじっと王子を見下ろし、肩をすくめた。
「希望って、便利な言葉よね。
使えば許されると思ってるやつ、多すぎ」
そう言って彼女はひざを折る王子の額を、そっと指で突いた。
「でもまあ、土下座してる人間を蹴るのも趣味じゃないし……
一度だけ、話は聞いてあげる。──条件次第で、ね」
王子の目が光を取り戻す。
「ありがたき幸せ……!」
「でも勘違いしないで。私は“気まぐれで動く”の。
偉そうに命令したら、その瞬間に腐った野菜でも顔にぶつけるから」
「……は、はい……!!」
王子は、まるで神託でも受けたように感激していた。
その横で、神官長は小声で騎士団長に呟く。
「……これはもう、“神の領域”ですね。間違いなく」
「いや、むしろ“神より厄介”じゃないか……? あの人、寝たいだけで世界を救いかねんぞ」
リセリアは大きくあくびをして、ひとことだけぼやいた。
「……で、茶葉は?」
「も、もちろん! 王室御用達の金針紅茶を、十箱ご用意しております!」
「よし、許す」
──こうして、気だるげで毒舌な最強聖女と、跪く元王族たちの
“再契約”という名の主従逆転劇が始まった。




