第18話:“魔王と神託の巫女”が手を組んだ理由と、私の正体
神殿火災の翌日。
リセリアは、聖堂内の地下にある禁忌の祠──
かつて封印された“神と魔の契約の記録”が眠る場所にいた。
「ルーク。私、そろそろ自分の正体を知るべき時だと思うの」
「……はい。もはやあなたが“ただの聖女候補”でないことは、
誰もが感じているでしょう。けれど、それを“どう扱うか”は……」
「私が決める。神でも、魔王でもない。“私自身”がね」
祠の奥には、古代文字で刻まれた一枚の契約碑が立っていた。
その表面にリセリアが手をかざした瞬間──
彼女の脳裏に、“過去”の映像が流れ込んだ。
──かつて、神と魔王が一時的な休戦を結んだ時代。
その均衡を保つため、“癒し”の力を等しく分け合う媒介が必要だった。
神はひとりの少女を選び、魔王はひとりの魂を差し出した。
その魂と身体が融合して生まれた存在──それこそが、リセリア。
「お前は、“神と魔の残響”──」
「どちらの意志も宿し、どちらにも属さぬ、“調停者の器”」
記憶が収まったとき、リセリアは祠の中央で膝をついていた。
「……なるほどね。だから、私には“神の力”も“魔の気配”も混ざってたわけだ」
その瞬間、祠の扉が軋んで開く。
現れたのは──神託の巫女、サーシャ。
そしてその後ろから、漆黒の衣を纏った男、魔王レギオスが姿を現す。
「ようやく思い出したか、“器の少女”よ」
「……最初からグルだったわけ?」
「そう思っていい。だが、我々が手を組んだのは“滅ぼすため”ではない。
お前を“自分の意志で立たせるため”だ」
サーシャが前に出る。
「リセリア。あなたの力は、いずれ“神の支配”にも、“魔の解放”にも使われる可能性があった。
けれど、あなた自身が“自分を選ぶ”というなら──」
「私は、神でも魔でもない。“癒し”を信じる、ただの毒舌薬草女よ」
リセリアは口角を上げて笑う。
「でも、知れてよかった。私は“バグ”じゃなかった。最初から“調停者”だったのね。
世界が壊れるときにだけ現れる、“癒しの異物”──面白い役じゃない」
レギオスが微笑みを返す。
「ならば我も、再び賭けてみよう。お前が“どちらの未来”も選ばぬなら、
この世界に“新たな秩序”が生まれるかもしれぬ」
「サーシャ。あんたが盗んだ魔力、どう使うつもりだった?」
「それは……神に“最終神託”を下ろさせるために使うつもりだった。
神はすでに“最終の答え”を定めている。次の聖女が“世界を終わらせる者”か、“救う者”かを」
リセリアは息を吐いた。
「じゃあ私は、その“神の最終解答”さえ──癒して書き換えてみせる」
レギオスも、サーシャも、その言葉に一瞬だけ沈黙した。
けれど次の瞬間、ふたりとも静かに微笑んだ。
「“癒しで世界を変える”か……ふむ、面白い。
神の物語にも、魔の歴史にもない、新しいページを書け」
祠を出る頃には、空が白み始めていた。
リセリアは空を見上げて、つぶやく。
「……神も魔も巻き込んで、“この世界”を癒してやる。
この“私”という異物でね」