第13話:“氷の聖女”が涙を流した理由を、誰も知らなかった
継承戦の第二戦。
対戦相手は、第五神殿所属の聖女候補──ユリシア・フローゼ。
「“氷の聖女”か……。無表情で誰とも話さないって噂だったけど」
リセリアは石畳の決闘場に足を踏み入れ、目の前の少女を見つめた。
銀の長髪、青白い肌、感情の読めない瞳──
まるで氷そのもののような雰囲気を持つ少女が、そこに立っていた。
観客席は静寂に包まれている。
誰もが、ただ彼女の“冷たさ”に畏れている。
「ユリシア・フローゼ。彼女は一切感情を出さず、
術も会話も最低限。“感情を失った聖女”とも呼ばれています」
ルークが解説するが、リセリアはぼんやり欠伸をひとつ。
「それ、ほんとに“失ってる”のかな。抑えてるだけだったりして」
対峙するふたりの間に、結界が張られる。
審判の号令とともに、ユリシアは氷の槍を無言で形成し──放った。
その動きは、あまりに機械的で美しく、そして冷たい。
だが、リセリアはその攻撃をひらりと避けながら、言った。
「ねえ、ユリシア。あんた、本当は怒ってるでしょ?」
彼女の手から、次々と氷の刃が生まれた。
だがどれも、少しだけ“歪んで”いた。
(……これ、意図的に“外して”る)
リセリアは確信した。
「私のことじゃない。周りの“誰か”に、すごく怒ってる。
けど、それを外に出せないから、自分を凍らせてるんだよね」
ユリシアの魔法が一瞬止まった。
「……言うな」
初めて、彼女の口から声が漏れた。
「感情を出したら……私じゃ、いられなくなる……!」
氷の花が咲いた。その中心に立つユリシアの目から、一筋の涙が滑り落ちる。
「妹が、いたの。病弱で……私が、“癒せなかった”。
だから“感情なんて、いらない”って思ったの。癒せないなら、せめて冷たくなろうって──」
その言葉を聞いた瞬間、リセリアはすっと手を伸ばした。
「バカ。冷たくなるんじゃない。温めればよかったんだよ」
リセリアの手から放たれた魔力は、【火】【水】【光】【風】──あらゆる属性が混ざり合い、
花のようにユリシアを包み込む。
「癒せなかったのは、あんたのせいじゃない。
誰かを救えなかった“過去”で、自分のすべてを縛るな」
その言葉に、ユリシアの身体から力が抜けた。
氷が溶け、涙が、ただ流れる。
「……なぜ、そんなふうに……優しくできるの……?」
「私もね。救えなかったことがあるからよ」
リセリアは、静かに立ち上がり、ユリシアの肩に手を置いた。
「あなたが“氷”を纏っても、その中に“痛み”がある限り──私は、それを癒す。
だって、それが“聖女”ってものでしょ?」
観客席が、そっとざわめいた。
無敗だったユリシアが、“戦う前に”膝をついたのだ。
そして、自ら敗北を認めた。
「ありがとう……リセリア。私、ようやく“泣けた”」
そうして、氷の聖女は、“人間”としての温度を取り戻したのだった。