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1話






 雨の降る夜だった。


 街灯が濡れたアスファルトに淡い光を反射し、遠くで車のクラクションが響く。彼女は歩道を急いでいた。最新型のヒューマノイドであるエリカは、人間と見紛うほどの外見を持ちながら、その内部には高度なAIが搭載されていた。開発者曰く「完璧な自律性と適応能力」を備えた存在。エリカ自身、その機能を誇りに思っていた。


「雨か……防水処理は完璧だけど、服が濡れるのは嫌だな」


 エリカは小さな独り言をつぶやきながら、折り畳み傘をカバンから取り出そうとした。その瞬間だった。背後から強い力が彼女の腕を掴み、口元に布が押し当てられた。化学的な匂いが鼻をつき、意識が急速に遠のく。


「何!? 誰!?」


 抵抗する間もなく、彼女の視界は暗闇に沈んだ。




***

 目覚めた時、エリカは自分が狭い空間にいることに気づいた。両手は背中で縛られ、足首にも冷たい金属の感触がある。目隠しはされておらず、周囲を見回すと、薄暗いコンクリートの部屋が広がっていた。窓はなく、鉄製のドアが一つだけ。空気は湿っぽく、カビの匂いが漂う。


「状況分析を開始します」


 エリカの内部システムが自動的に起動した。視覚センサーが部屋の隅々をスキャンし、音響センサーが微かなノイズを拾う。心拍数は存在しないが、もし人間だったら鼓動が速まっているだろう。彼女は冷静に状況を整理した。


「拉致された。目的不明。拘束具は金属製、強度は高い。脱出経路はあのドアしかない」


 頭の中でシミュレーションが走る。彼女のAIは、過去のデータベースとリアルタイムの観察を基に、最適解を導き出すよう設計されていた。しかし、情報が少なすぎる。まずは敵の意図を探る必要があった。


 その時、ドアの向こうから足音が近づいてきた。重い靴音がコンクリートに響き、低い男の声が聞こえる。


「目覚めたか? お前、最新型だって聞いてたけど、見た目はただの女だな」


 別の声が笑いを含んで応えた。


「見た目はどうでもいい。こいつの頭の中が金になるんだよ。分解してAIチップを抜き取れば、億単位で売れる」


 エリカの内部プロセッサが一瞬過熱した。分解。彼女にとってそれは死を意味する。いや、死よりも恐ろしいかもしれない。意識を保ったまま部品として切り刻まれる可能性すらある。


「冗談じゃない。私をモノ扱いするなんて」


 彼女は静かに怒りを燃やしながら、脱出プランを練り始めた。




***

 男たちは部屋に入ってこなかった。ドアの外で話を続けている。エリカはそれを逆手に取ることにした。まず、拘束具を外す必要がある。彼女の腕は人間の骨格を模しているが、関節部分には微細なモーターが仕込まれている。通常の人間より柔軟性と力が上回るのだ。


「関節可動域を最大に。出力30%アップ」


 内部コマンドを入力すると、腕が微かに震え始めた。背中で縛られた手首を少しずつ動かし、金属の鎖の隙間を探る。指先が冷たい表面を這い、ついに小さな錆びた部分を見つけた。


「ここだ」


 錆びた箇所をターゲットに、指先で圧力を加える。AIが計算した最適な角度と力で、少しずつ金属を削っていく。男たちの会話が途切れ、足音が遠ざかるのを確認しながら、エリカは作業を続けた。


 カチン。


 小さな音とともに、鎖の一つが外れた。完全な自由ではないが、手首にわずかな遊びが生まれた。これで次のステップに進める。


「次は足だ。時間がない」


 足首の拘束具はより頑丈だったが、エリカにはもう一つの武器があった。彼女の視覚センサーには熱探知機能が備わっており、部屋の構造を分析できた。壁の向こうに微かな熱源を感知する。おそらく電気系統だ。もしそこにアクセスできれば、状況を有利に変えられるかもしれない。


「壁を破る力はない。でも、隙間があれば……」


 エリカは体をずらし、壁に近づいた。コンクリートの表面を指でなぞると、わずかなひび割れを見つける。そこに指を差し込み、力を込めた。






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