機械神編 ごはん
どういうわけか神の世界にやってきた俺はユリーナと共に森の中を歩いていた。
「なるほど。つまり鳥居をくぐったらこの世界に」
「そうなんです」
森の中を歩きながら俺はユリーナに事情を話した。
事情を知ったユリーナは難しい顔で顎に手を当てる。
「その鳥居……恐らくゴットワールドのものだわ」
「ゴットワールドの……なんでそんな物が地球に?」
「分からない。どこかの神が面白がってやった……という可能性もあるわね」
「なんて迷惑な」
どこの神か知らないが、その神……殴ってやりたい。
「それにしても人間が本当に存在していたなんて思わなかったわ」
「珍しい……のですか?」
「この世界では人間は空想上の存在なの」
「なるほど……」
俺たち人間にとって神は神話に出てくる空想上の存在。
だけど神から見たら人間は空想上の生物なのか。
「ところであなたの名前はなんて言うのかしら?」
「え?あ、すみません。自己紹介が遅れました。俺……私は神崎輝です」
「カミザキ……アキラ……創島にいる神達の名前に似ているわね」
「はぁ……」
「えっと……カミザキって呼んだ方がいい?それともアキラ?」
「お好きな呼び方をしてください。ユリーナ様」
「様はいらないわ。あと敬語もいらない」
「い、いえ!そういうわけには。私たち人間にとって神様は敬う存在です。そんな方を」
「気にしないわ。私……大した神じゃないし」
「で、でも」
「あなたとは……仲良くなりたいから。ね、お願い」
「……そ、そう言うなら」
俺は敬語をやめて、普通に話すことにした。
「えっと……ユリーナ。俺にそっくりな女の子を見たことはないか?」
「ない……かな。ごめんなさい」
「そう…か」
どうやら妹はこの森の中にはいないようだ。
だけど一つだけ分かるのは……妹はゴットワールドに来ている可能性が非常に高いということ。
なぜなら妹は俺と一緒に鳥居をくぐったから。むしろ妹だけ地球にいるというのは考えにくい。
なにか手がかりがあれば。
「着いたわよ」
ユリーナの言葉を聞いて、俺は森を抜けたことに気が付く。
そして森を抜けた先にあったのは……小さな街だった。
その街を見て俺は思った。
「なんか……中世のヨーロッパみたいだな」
建物は木材と石材で作られており、とても芸術的で美しいのだがデザインが古めかしい。
てっきり最も神々しいのかと思った。
「あそこが私が住んでいる街よ」
「そうなのか?」
「さ、行きましょう」
「い、行くって……人間が神々の街に行っていいのか?」
「その辺は大丈夫よ」
ユリーナがパチンと指を鳴らすと、俺の足元に魔法陣が出現。
俺の身体の表面が一瞬、光る。
「私の魔法でアキラに少しだけ神力を分け与えたわ。これで他の神が見てもあなたが人間だとバレないわ」
「そうなのか」
「さ、行きましょう」
ユリーナは俺の手を引っ張り、街に向かった。
神の街……いったいどんなところなんだ。
き、緊張してきた。
<><><><>
街の中に入った俺は周りを見渡す。
何かしらの果物を買っている少年。
子供を連れて歩く二十代ぐらいの男。
大きな剣を背負って歩く若い女性。
なんというか……ファンタジーゲームの世界に入った気分だな。
神々が住む街……と聞いて緊張したが、見た感じ人間とあまり変わらない。
服のデザインも地球から見たら古く感じる。
ただいくつかだけ俺の世界とは違うものがあった。
「全員……若いな」
街にいる神々を見たが、年寄りがいない。
というか全員二十台か十代ぐらいにしか見えない。
しかも美男美女ばっか。
「なぁユリーナ。なんかみんな若々しく見えるんだけど?」
「ああ、それはね。神はある程度から見た目の成長が止まるのよ」
「え?つまり……不老?」
「そうよ」
「因みにユリーナはいくつ?」
「116歳よ」
「116!?」
見た感じ歳は俺と変わらないぐらいに見えるのに、116!?
見た目は少女なのに中身は超おばあちゃんいてててててててててててて!!?
ちょ、ユリーナさん!手、強く握ってきてない!?
「アキラ?今、超おばあちゃんって思ったでしょ?」
「なんで分かった!」
「顔を見れば分かるわよ。次、私のことをおばあちゃんとか思ったら怒るわよ」
「はい」
俺はできるだけなにも考えないようにした。
怒られないために。
<><><><>
「ここが私の家よ」
到着したのは小さな家だった。
二階建てで屋根が青く、とてもシンプルなデザイン。
「さぁ、入って」
「お、お邪魔しま~す」
ユリーナは扉を開け、俺は家の中に入った。
「こ、これは!」
家の中を見て、俺は驚いた。
まず驚いたのは家の中の広さだった。
外から見たら小さな家なのに、中はとても広い。
まるで屋敷だ。これも神の力……いや、魔法の力なのか?
いや、それ以上に驚いたのは……、
「めっちゃ汚い」
そう。汚いのだ。
物があちこち転がっており、埃くさい。
明らかに掃除をしてないのが分かる。
「あはは……私、掃除できなくて」
「そ、そうなのか」
いや、掃除できないってレベルかこれ?
もうゴミ屋敷だろ。
俺の母と妹といい勝負だよ。
「ま……まぁとりあえず上がって」
ユリーナはうまく物を避けながら、奥へと進む。
俺はなんとか物を踏まないよう彼女の後ろをついていく。
三分ぐらい物を避けながら奥に進むと、リビングと思われる場所に到着。
「そこの椅子に座ってて。今、お茶を出すから」
ユリーナは長いテーブルと椅子に指を指す。
あそこだけ少し綺麗だな。
少しだけだけど。
まぁ……とにかく俺は椅子に座った。
ユリーナはキッチンらしき場所でお茶の準備を始める。
十分ぐらい時間が経つと、ユリーナはお茶が入ったカップを乗せたトレーを持って俺のところに来た。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺はカップに入っているお茶を見る。
見た目は紅茶みたいだな。香りも紅茶っぽい。
さて味はどんな感じだろう。
俺は一口、お茶を飲んで……驚く。
「おいしい。高級の紅茶を飲んだことあるけど……それ以上だ」
「よかった」
ユリーナも一口、お茶を飲んだ後、カップを机に置き、真剣な表情を浮かべた。
「アキラ……これからのことなんだけど。しばらくは私の家で暮らす方がいいわ」
「え?それは助かるけど……いいのか?」
「ええ。流石に放っておくことはできないし。まぁ……衣食住を提供する代わりに家事はやってもらうわ」
「恩に着る!」
「他にも分からないことがあったら聞いて」
「なら……一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「なんで……この街の女……女神は武装をしているんだ?」
この街に来てから気になっていたこと……それは女性が―――女神が全員、武器を持って鎧や戦闘服を纏っていることだ。
男—――男神は普通の服を着ているのに、女神は武装している。
ユリーナも剣と鎧を装備しているし。
「それはね。女神は戦闘系の神だからよ」
「男神は?」
「非戦闘系の神。道具を作ったり、治療したり、作物を育てたりするのが男神の仕事。で、害獣や魔物、敵と戦うのが女神の仕事なの」
害獣はともかく、魔物と敵という言葉が気になるが……まぁ今度、聞こう。
「なんで差別化しているんだ?」
「……ちょっと長くなるけどいい?」
俺が頷くと、ユリーナは話を始めた。ゴットワールドの始まりを。
「まず……ゴットワールドは創造の男神と知識の女神によって作られたの。そして二人の神は自分たちの子供達をゴットワールドに住まわせた」
「創造の男神と知識の女神……」
「創造の男神は他の神を生み出し、知識の女神は自分達の子供と新しく生まれた神に生きる術を教えた」
「なるほど……」
「神々は繁栄し、平和な日々が続いた。だけどある日……事件が起こったの」
「事件?」
「創造主の子供に、ヘラと言う……女神がいたの」
ヘラ……ギリシャ神話に出てくる女神と同じ名前だな。
「ヘラはとても強欲で……全ての男神を支配したいという欲があったの」
「つまり……とてつもない男好きということか?」
「そう。ヘラはなにがなんでも女神が上で、男神を下にしたかったの。だからヘラは……自分の力と奪った力で女神を戦闘系の神に、男神を非戦闘系の神にしたの。そうすることで力で男神を従わせることができるから」
「ちょっと待て。なんで女神が戦闘系の神になって、男神が非戦闘系の神になったのかは分かった。だけど奪った力ってどういう意味だ?」
「……ヘラは親である創造主を殺し、力を奪ったの」
「!親を……殺した」
こいつは驚いた。
まさか親を殺してまで、全ての男神を支配したかったのか。
「創造主である両親を殺し、全ての神の力を変えたヘラは……他の姉妹、兄弟によって倒された。だけどヘラの手によってかわってしまった神の力は戻らなかった」
「なるほど……」
予想以上にやばい話だったな。
たった一人の神によって創造主は死に、女神と男神の差別化が起こった。
ヘラ……とんでもない神だな。
「これで分かったかしら?」
「あ、ああ。ありがとう。おかげですっきりした:
「それじゃあ……あなたの部屋を用意するからちょっと待っててね」
そう言ってユリーナは椅子から立ち上がり、どっかに行った。
コップのお茶に映る自分の顔を見つめながら……俺は思う。
「この世界……予想以上にやばいかも」
<><><><>
「ここがアキラの部屋よ」
「なんというか……広いな」
ユリーナが用意した部屋は、とても広かった。
十人ぐらいは眠れるぐらいのスペースはある。
「ベットや机、あと棚とか一通りは揃えたから」
「助かるよ、ユリーナ」
「今日は色々あったから疲れてると思うから……ゆっくり休んで」
「そうさせてもらうよ」
ユリーナが部屋から去った後、俺はベットに腰を掛けて、フゥ―と息を吐く。
今日は色々あって疲れた。
だけどまだ休むわけにはいかない。
「とりあえず状況を整理しないと」
まず俺はゴットワールドという神の世界に来ている。
そして今はユリーナという女神の家にしばらく住むことになった。
これから俺がやらなくてはいけないことは……この世界で生活をすることだ。
今すぐにでも地球の帰還方法を探したり、妹の居場所を知りたい。
だけど今は無理だ。
まずは生きることからしないと。
じゃなければ妹や地球の帰還方法を探すことができなくなる。
「次は今、持っているものを確認だな」
俺はポケットに入っているものを取り出し、ベットに並べる。
地球から持ってこれたのはスマホと腕時計、財布、あと充電用のバッテリー。
「これだけか……まぁ仕方ない」
ハァとため息を吐いた俺は、窓から見える外の景色に視線を向ける。
空に浮かぶのは宝石のように輝く太陽。
とても美しい。
妹にも見せてやりたかった。
「……絶対に見つけてやる。だから待ってろ。舞」
<><><><>
剣と魔法の女神—――ユリーナは自分の部屋で輝のことを考えていた。
「連れてきちゃったけど……これからどうしよう」
放っておけなくて家に住まわせることにしたが、ユリーナは困っていた。
人間……それも男を拾ってきてしまったから。
(父さんと母さんが聞いたらビックリするだろうな)
そんなことを考えながら、ユリーナはハァとため息を吐く。
「水を飲もう」
ユリーナは部屋を出て、台所に向かおうとした。
その時、彼女はあることに気付く。
「あれ……廊下が綺麗」
物だらけだった廊下がいつのまにか綺麗になっていた。
しかも埃や汚れ一つない。
「どうしてこんな綺麗に……」
台所に向かって歩きながら廊下を見ていたユリーナの鼻を……食欲をそそるような香りが刺激する。
「もしかして」
台所に到着したユリーナは目を見開く。
「これって……」
台所では一人の少年—――神崎輝が料理をしていた。
火で熱したフライパンで彼は何かを痛めている。
「あ、ユリーナ。来たか」
「アキラ……」
「なにって夕食の準備だよ。いや~助かったよ。食材と調味料が地球のものと同じで。まぁゴットワールドのほうが上質だけど」
フライパンで炒めたものを白いお皿に乗せ、リビングのテーブルに運ぶ。
いつのまにかリビングも綺麗になっており、テーブルの上には色々な料理が並んでいる。
「す、すごい。これ全部……輝が?」
「そう。コーンスープに生ハムサラダ、それからニンニクとお肉で作った炒め物。あと白米。……あ、デザートにプリンもあるから」
「こーんすーぷ?ぷりん?」
「あ、知らないんだ。まぁ、とにかく食べてみてよ」
「え……えぇ」
ユリーナは席に座り、木のスプーンを右手に持つ。
スプーンで黄色いスープをすくい、口に運ぶ。
温かく、そしてコクのある味が彼女の舌を刺激する。
「!おいしい」
ユリーナは今までこれほど美味しいスープを食べたことはなかった。
「よかった。いっぱい食べてくれ」
優しそうに微笑む輝を見て、ユリーナは頬を赤く染め……黙ってご飯を食べた。
<><><><>
静かに……だけど美味しそうに食べるユリーナを見て、俺は嬉しく思い、頬を緩めた。
どうやら気に入ってくれたみたいだな。
よかったよかった。
「アキラって家事ができたのね」
「ん?まぁな。ウチの母と妹は掃除や洗濯、料理などの家事全般はできなくてな。だから父と俺で家事をやったんだ」
「へぇ~」
「そういえば普段、どんなのを食べているんだ?」
「普段は鍋に食材や調味料を入れて、煮込んだものを毎日、食べているわ」
「え?毎日」
「そうよ」
「煮込んだものだけ?」
「そうだけど?」
「……それってユリーナだけ?」
「いいえ。他の神もこんな感じよ」
俺は顎に手を当てて、考えた。
どうやら神達の世界では料理技術が発展していないのか。
いや……料理技術だけじゃない。
服も、建物のデザインも人間から見たら古く感じる。
このゴットワールド聖神界ではあらゆる技術が発展していないのかもしれない。
神の世界だからもっと神々しかったり、もっと人間にはない技術力があるのかと思ったけど……違うみたいだな。
「あ、そうだアキラ。一つ言い忘れたことがあるんだけど……あまり街の外には出ないで」
「え?ああ……分かった。でもなんで?」
「街の外には魔物や機械兵がいるから危険なのよ」
「魔物って……さっき俺を襲った白い化け物のことか?」
「そう。魔物は魔神族っていう危険な神々が作った生物兵器。私達、聖神族を襲うの」
どうやらこの世界には魔神族というヤバイ神がいるみたいだな。
「ちなみに機械兵は?」
「機械兵は魔物と同じく魔神族に作られた兵器よ」
「なるほど……そんなものが外にいるのに街は大丈夫なのか?」
「その辺は大丈夫。この街には結界が張ってあるし、魔物や機械兵は私達、神聖騎士が定期的に排除しているから」
「神聖騎士?」
「そう。街を守り、神を守り、平和を守るのが神聖騎士の仕事。まぁ私は下級女神だからたいした仕事はさせてもらえないけど」
神聖騎士……軍人みたいなものか。
「まぁ…とにかく街の外には絶対に出ないこと。いいわね?」
「分かったよ。ユリーナ」
「それと……」
「ん?」
「これからよろしく」
「……ああ、こちらこそ」
これが……俺とユリーナとの生活の始まりだった。
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