ホットケーキを囲む3人
1人目
日曜日が嫌いだ。ママが頑張るから。
アラームのぴぴぴぴを叩き止めて、柔らかな枕に左頬を擦り付ける。
嫌だ。ダイニングに行けば、テーブルにホットプレートが準備されているだろう。
安全な布団の中から出て、パジャマを脱ぐ。
洗濯乾燥しやすい素材の服に着替えて、やけに重たい部屋のドアを開けた。
「……あ、はぁ……おはよう」
溜息をついたママが、ホットプレートの電源を入れた。
「……おはよう」
挨拶を返して、定位置に座る。
目の前で熱される鉄板を、特別な朝ご飯で嬉しいなあ、という顔で眺める。
私も、もう13歳だ。日曜日の朝ご飯がホットケーキだからってはしゃぐ歳ではないのに。
ママは、いつかの幼い私がせがんだホットケーキを焼き続けている。
「……いい匂い」
「……ね」
じゅわ、っとくらい音を立ててくれたらいいのに。鉄板に流し落とされたホットケーキの液さえ、何の音も発さない。
窮屈、窮屈窮屈。
「……志望校とか、決まったら早めに教えてね」
「はぁい。でも、まだ1年生だから、友達も全然考えてないって、言ってたなあ……」
「そう」
「うん」
私とママは、特別不仲というわけではないと思う。
ただ、日曜日、疲れた顔でホットケーキをホットケーキを焼く母親が、ほんの少しだけ異様で、それがたまらなく怖い。
もういいよ、いいんだよ、ホットケーキじゃなくたって。
そう言えば壊れてしまいそうなこの日曜日が、怖い。
2人目
「もう焼けるよー、起きなー」
「うぅ、死にたい、死にたい!」
狭いキッチンの1口しかないコンロで、ありったけのホットケーキを焼いた。
彼女は6畳の隅っこでまあるくなって泣きじゃくっている。
「ほーら、花ちゃん、ホットケーキ食べよう、シロッブでびしゃびしゃにしてさぁ」
「ごめん、ごめん、死にたい、ごめんなさい、ホットケーキ焼かせて、死にたい……!」
彼女は自分が言っていることが滅茶苦茶なことに気が付いていない。
朝、5分寝坊してパニックを起こした彼女は、2時間こうして死にたがっている。一つ何か予定が狂うと、1日を捨ててしまう。
少し不思議かもしれないが、泣いてベットにしがみつく彼女に、マイナスな感情を抱いたことがない。
2年前、大学1年生だった彼女は、僕が趣味で焼いたクッキーを食べて花束みたいな笑顔を向けてくれた。ぶわっと、咲くみたいに笑う人だった。
一瞬で惚れてしまって今に至る。
とにかく甘いものを食べさせよう。それで元気が出てしまう人なんだ。
「花ちゃん、ほーら、出来立てのホットケーキだよー」
「いい香り、死にたい、死にたい、いい香りがする……」
「はい、あーん」
ひと口サイズに切り分けた、シロップでびしゃびしゃになったホットケーキを、涙でびしゃびしゃになった彼女の口に運ぶ。
むぐ、と噛みしめて、一瞬僕の大好きなぶわっと笑顔になった後、また大粒の涙を流し始めた。
「おいしいぃぃ……死にたいぃぃ……」
「ね、美味しいね」
「死にたい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ……」
「ね、甘いねぇ」
頭を撫でる。
一瞬でいいんだ。あなたが笑ってくれるなら。
3人目
さっき時計を見たときは20時だったのに、今見ると2時。
あーあ、と思いながら、私はホットケーキを焼いていた。
もう20枚くらいお皿に乗っている。
ひと口も食べていない。
焼きたいだけで、食べたいわけじゃない。
最後の1枚を焼き終えた後、1枚1枚ラップに包んだ。
冷凍庫に放り込んで、ビールを取り出す。
キッチンに座り込んで、乾いたのどに流し込む。
あーあ。
あーーあ。