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屍と幽霊  作者: いみなし よるこ
第一章
1/1

幽霊

2024/10/9 更新。

 仄暗い路地裏。

日暮れとは言え、街を(オレンジ)色に照らす陽は建物の影に隠れ日差しを差さず。また王都の中心街、その喧騒とは打って変わって、人通りも少なく、雑談に興じ、会話に花を咲かせる様な雰囲気も見受けられない。


そこにあるのは、冷たく湿った地面、湿気と(かび)の混じった臭い、そして呻き声の様なものを発する人。動く気配があるとすれば、それは表には顔を出せない日陰の者や悪事に手を染めた者、餌を探しに来た鼠かもしくはその標的になり()る蟲ばかり。


王都の中で一番の賑わいを見せる中心街の大通りから、傍道(わきみち)に入り数分ほど歩くだけでこの路地に辿り着く。


ここは灰民街。


灰が覆い、蓋を被せ、見えているものを見たくないからと遠ざけ、社会に適合できなくなった者たちが最後に行き着く場所、その掃き溜め。


そこにいる人々は人の様であって、もはや人では無い。口を開いたかと思えば僅かにしか聞こえないか細い声を漏らし、(みな)一様にして目は虚で、血色は無く、指先には力が無い。生気というものを感じられない。


探索者となり遺迷宮(ダンジョン)に挑んだが失敗した者、骸獣(がいじゅう)に襲われ四肢のうち何処かが欠損した者、家族、想い人をなくした者、薬に手を出し正気に戻れなくなった者。

理由(ワケ)は違えど、皆生きるということに希望を見出せず、けれども自死する勇気もなく。ふと気付けば自然とここに辿り着くのだ。


廃人(・・)の様になり、動く気力すら湧かずに命尽きるまでその場に留まる。月に数度、王都巡回の兵が衛生管理のために死体を運び、共同墓地にて燃やして、灰にする。


故に灰民街。


そんな陰鬱で、真面まともな人間ならば足を踏み入れないこの路地に、似つかわしく無い青年が一人。


「ーーー〜〜♪」


鼻唄混じりに歩いていた。

いや、見た目だけで言えば、この灰民街には溶け込んでいるのだろう。

しかしその意気揚々とした足取りは、まるでリズムに合わせてステップを踏んでいるかの様で、古びれたフード付きの外套から垣間見える相貌は、抑えきれないといった様子で口の端が歪み、笑みが溢れている。

衣嚢に突っ込んだ左手は数枚の金貨を弄び、至って普通のブーツから生まれるはずの足音は不気味な程に静かだった。


「よォ、トム! 元気にしてたか?」


「…ァぁ」


まるで知人に会ったかのように振る舞う青年に対し、トムと呼ばれた男は力なく声を出していたが、果たして男は相槌を打ったのか。項垂れた頭は青年を捉えておらず、ただ久しく聞いていない人の声に反応しただけかもしれない。


「アンジェロ、顔色良くなったんじゃない?」


腕には()()()()()()と彫られた銀等級の腕輪ドッグタグ

恐らく探索者の中でも上位の方に食い込んでいたであろう彼も目は生気を宿しておらず、口周りに集った蝿を振り払おうともしない。アンジェロと呼ばれたモノはじきに兵が回収し、墓地にて燃やされるだろう。


だが青年からすればどうでもいいこと。名前が違おうと、返事が来ずとも、それが既に息絶えた者であろうと。青年は初めから相槌を待つ気など無く、その軽やかな足取りのまま路地を進んでいた。


青年の名はシエル・バスカドル。職業、探索者。探索班(パーティ)での役割は盗賊シーフ


この世界には至る所に遺迷宮(ダンジョン)というモノが存在する。

遺迷宮(ダンジョン)にはそれぞれ骸獣と呼ばれる人ならざるモノが常に蔓延っており、それは人間を視界に収めるや否や敵意を剥き出しにし、危害を加えてくる。姿形は様々で、人の形に似たモノから獣の姿、はたまた伝承に残る竜の姿を模したモノまでいる。


探索者とはそんな危険溢れる遺迷宮(ダンジョン)に潜り、骸獣をものともせず狩る者達のことである。

ではなぜ、探索者はそんな危険に満ちた遺迷宮(ダンジョン)に向かうのか。答えは至って単純(シンプル)。金になるから。

骸獣の角や牙、毛皮に鱗、肉から内蔵まで。換金所にて売れば引く手数多で飛ぶように売れる。中でも討伐数の少ない個体、強力な個体や希少種などと呼ばれるモノはより高値で取引される。

死と隣合わせの仕事とは言え、普通に働くよりも稼ぎが良い。その為、田舎から遺迷宮のある都市まで上京する者までいる。どんなに危険で命を落とす者がいても探索者の数が減ることは無い。


そんな遺迷宮(ダンジョン)に潜る際は各々が役割を持って探索班(パーティ)を組み、最低でも4人以上の人員をもって潜るというのが基本である。


探索班の先頭を走り、敵の攻撃を一身に受け味方を守る盾役(タンク)。骸獣を倒し、味方の活路を切り開く攻撃役(アタッカー)。戦闘や(トラップ)により傷ついた仲間を回復させる回復役(ヒーラー)。探索における罠の解除や仲間の支援を行う補助役(サポーター)、など。どの役職が多いか少ないかで、その探索班の特色が変わってくる。

稀に百名程度の探索班が組まれ、遺迷宮の踏破を目指し潜ることもある。


が、しかし、彼ーーーシエル・バスカドルが遺迷宮(ダンジョン)に潜る際に探索班(パーティ)を組むことは滅多にない。基本的には独りで潜り、独りで行動する。


危険が蔓延る遺迷宮(ダンジョン)に、単独で潜るには組合(ギルド)から確固たる実力とその証明が無ければ許されることは無い。が、彼にはその(あかし)があった。

探索者の中でも頂点を意味する黒等級の腕輪(ドッグタグ)。ネックレス型のそれを身につけているシエルは王都の中でも指折りの探索者であった。


ふと、先程までステップを思わせていた足取りがぴたりと止まる。顔には先程まで見せていた自然な笑みではなく、薄ら笑いのような表情が張り付いていた。

金貨を弄んでいた左手もいつの間にか衣嚢の外に出している。


するとゾロゾロと体格の良い男達が数人、シエルの目の前に立ち塞がるように出てきた。

先頭には一際図体が大きく、頭をスキンヘッドに刈り上げ、誰が見ても一目でボスだという事がわかりそうな男がその集団を引き連れていた。


「よぅ、シエルじゃあねぇか…探索帰りか?」


「ちょうどさっき換金し終わったとこだよ。ラトローの方こそそんな大所帯でどこ行くんだ?」


集団のボス、ラトローと呼ばれた男はシャツの上からでも見て分かるほど筋肉が隆起しており、日焼けによって褐色、右目には眉から頬にかけて一筋の傷跡がありより一層人相を悪くしていた。眼帯さえ着けてしまえば、筋トレを頑張りすぎたニック・フューリーに見えなくも無かった。


「見回りだよ、ここらも一応は俺らの縄張りだからなぁ」


灰民街にはもう一つ、別の役割があった。

それは、まるで迷路のように複雑に作られた小道を幾ばくか奥に進むと現れる。

いつからか、ならず者達が蔓延り、または灰民街に辿り着いたがまだ死ねないと言った者、家なき子供達。

その者らが廃墟を利用したり、簡素的ではあるが小屋を作り屋台を開く者さえいた。

所謂いわゆるスラム街というものが、小さく形成されており、正にそこは王都の裏の顔。灰民街はちょうど黒と白の狭間、灰色(グレー)の層を築いていた。

そして、ラトローは灰民街を含めて、スラム街一帯の頭領であった。


「ここ最近きな臭いことがあってなぁ。大所帯なのは念の為だ」


見た目に反してややおっとり気味に話すラトローの顔には、若干の困惑の表情が見てとれた。

昔からの仲であるシエルには余計な心配を掛けさせないためか、一瞬で元の表情には戻る。が、黒等級のシエルがその一瞬を見逃すことは無い。ましてやシエルは()が良かった。

困惑の中に含まれる、憎しみのようなものを感じたシエルだが、それについてラトローに深く追求することは無い。


面倒ごとに巻き込まれるのは御免であった。


「まぁ、まだ確かなことでは無いからなぁ。ことが終わったら教えてやる」


「おー、気長に待ってるよ」


じゃあな、とラトローに別れを言い再び帰路に着く。

王都に流れついた初めの頃、なんやかんや言いつつも自分の面倒を見てくれたラトロー。そのラトローの表情に対してシエルにしてみれば気にならないでも無かったが、衣嚢に手を突っ込み、中にある金貨を手にしたシエルは再び不気味な笑みを溢しそのまま考えることをやめた。


灰民街からスラム街へと向かうには、近道というものは存在しない。

前述した通り、迷路のように複雑に形成された路地を抜けなければならず、これはスラム街に住む者達が長い歳月を掛けて、王都の衛兵達に見つかり難くするために小屋や避難所、ハリボテの家などを混ぜ形成したためである。


そこに住む者達にとっては、どこに何があり、この道に入ればどこへ通じる道かなどは死活問題に関わるため、自分の庭のごとく把握するのが当たり前である。


そんな複雑な道の途中、灰民街とスラム街を繋ぐ道の途中にシエルの家はあった。

スラム街とを行き来する人がより少ない路地を選び、家と言ってもその中にある適当なボロ小屋のようなものを住まいとしていた。


衛兵や真っ当に生きる者たちからするとあまり他の建物との違いが分からないが、シエルは慣れた足つきで自宅の目前まで意気揚々と歩んでいた。


「君が灰被りの幽霊かな」


目の前の暗闇から声を掛けられるまでは。



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