異端の存在
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綺麗だ。そう思った。
真っ暗な坑道を灯す、頼りない蝋燭の光を受けて映る、淡いアメジストのような瞳が。
楽しそうに未来を語る、キラキラとした瞳が。
その瞳がどんなモノを映して輝くのか知りたかった。
だから、その手を掴んだ。
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ディーダラスの鉱山から引き取られたリアンは、エトの所属するネビュラルの最先端を詰め込まれた研究施設で過ごすこととなった。
そこには様々な分野の研究者や技術士がおり、国から研究費が与えられた者が日々研究に勤しんでいる。
急な話であるのと実績がないため、リアンはエトと同室。「まだ子供だし心配なんだよ」という言葉に甘えることにした。
ここへ来てわかったことがある。
彼女の生活はアイテム作成を中心に回っており、リアンが起きている時間に寄宿舎に戻ってくることはほとんどない。
一度物音で目が覚めたら、「起こしてごめんね」と寝ぼけた頭を撫でられた。翌朝目が覚めると、整えたベッドにシワ寄っていて、使った形跡があって安心する。
ここに慣れる、という程でリアンは日中施設を散策した。ネビュラル名物の王立図書館にほど近い場所にあるため、併設される公園と繋がるように設計されている。
国の施設の一部であるため、外観から植え込みまで細やかに手入れがされていた。
草花とは縁のない鉱山で育ったリアンは色鮮やかな景色にとても心動かされ、たびたびここで読書をするようになった。
ふと散歩中に外からエトの作業場が見えたことがある。
6歳年上の彼女は態度がどうであれ、12歳のリアンから見れば十分に『大人』であった。
しかし施設内にいる他の大人たちの中では、彼女はとても小さかった。そんなエトの手から生み出される物は、どれも素晴らしい物ばかりだと、知識のないリアンでもわかる。
施設内の会話から察するに、彼女がここにいること自体、とても異様のようだった。
ある夜、リアンはまた物音で目を覚ました。エトが帰ってきたようだが、すぐに部屋を出て行った音がした。
再び眠りにつく気にはなれず、リアンは彼女を追いかけた。
(こんな時間にどこへ行くんだろう)
後を追ったが見失いなんとなく外に出てきたリアンが見たのは、中庭の噴水の縁に腰掛けて空を眺めるエトの横顔だった。
その日の空は晴れていて、見事な星空が広がっていた。見上げることで重たい前髪が額に沿って少し割れ、普段はメガネの奥でよく見えない大きな瞳が現れる。
声をかけようとしたリアンは思わず息をのむ。
美しい薄紫色の瞳だった。
目が悪いの?と一度尋ねたことがある。
違うよ、と否定された赤縁メガネを取って伊達メガネであることを教えてくれた。
「子供っぽいってよく言われるの。だからちょっとでも大人に見えるようにかけてるんだ。それにこの色、白っぽく見えてちょっと怖いみたい」
エトの瞳が怖いだって?
そんなことはない。
キラキラと世界を映すその目は、とても綺麗だった。
リアンにとってそれは希望の光で。
何を映して輝くのかを知りたくて、手を伸ばしたのだ。
それなのに。
今この瞬間、その目に光は宿らず、ただ月明かりの夜空を眺めている。
つう、と静かにその目から光が落ちた。
まるで空から星が落ちてきたようだ。
そんな風に、泣くのか。
そう思うのと同時にやるせない悔しさを覚えてリアンは唇を噛んだ。
いつもみたいに騒いで声をあげてくれないと、気付いてあげられないじゃないか。泣いてることさえ気づかせてくれない。
それほどまでに自分はエトのことをよく知らないのだ。気づいてしまった事実に焦燥感を覚える。なんとかしなきゃ。
その一心でリアンは図書館の方へ駆け出した。