未知との邂逅
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ヨハネスがアラステア王立学術院に入学した目的。それは人脈作りだ。
美術商は富裕層を相手にする商売のため、高い社交性と信頼が求められる。
家名を名乗り、身分を明かし、必要な情報を集めて立ち回る。ヨハネス自身得意なことだった。
幸い、ここは思った以上に偽る必要のない環境であったし、今では友人にも恵まれている。
3年生の時に始めた、アンティークのバイヤーは慣れるまで珍しく苦労したものだ。提案を受けた時は正気かと思った。
普段触れて育った『芸術品』とは勝手が違う。父方の叔母が営むアンティークショップは、若年層の女性が好む品揃えが多く、買い付けても店頭に並べる許しが出るまで長かった。
ある程度なんでも要領良くこなしてきた分、上手くいかない苛立ちが大きい。
叔母を含め関係者は特に何も言わない。「お前のセンスに任せる」と聞こえはいいものの、才能が無い者は不必要と言っているも同然だ。
だから必死に努力をした。
得意であった修復魔法を活かせる方法を、術式を通して学んだ。修復魔法の発動であれば、実践レベルに達する。
アンティーク品や工房の知識はもちろん、使えるモノは何でも使って学び盗った。
成長期と共に以前より低くなった声と色白で端正な顔は、どうやら異性受けが良いらしい。それらと話術を上手く使えば女性の傾向をリサーチできた。
今では女性への贈り物について、男子生徒から様々な相談を受けるほどには信頼されている。
ついこの間まで交友関係が狭いことで有名だった、ゼレストラードの貴族の坊ちゃんが友人に連れられ、たどたどしく尋ねて来るくらいには。
実家にしがみつきたかったわけではない。ただの反抗期と負けず嫌いだ。健全な成長によくある時期と認識している。
ただ、上流階級に呑まれるかのように、取り決められた結婚を告知された時は、勘弁してくれと自棄を起こしたこともあった。
以降気まずくて、名ばかりの婚約者は手付かずの状態だ。
そんな時に出会ったのだ。このイレギュラーな存在に。
ヨハネスが初めてエトに出会ったのは、東塔の通路だった。
中庭の見える大きな窓が並ぶ一角に、大きな脚立が立っていて、その1番上に赤いメガネの女子がゆらゆらとおぼつかない様子で何かをしていた。
見かけない顔だと思って声をかけたら、教員と言うではないか。しかもその日が初出勤。
飄々とした態度で「ドカーンって学校壊しちゃったから、ババッって直してるんだぁ」と言う彼女は、汚れたグローブのまま顔を擦った。
そのまま彼女の手伝いとして修復魔法でその場を収束。「すごーい!!」と手を叩いて彼女は喜び、改めて挨拶をされた。
『魔法アイテムを作ってます!あ、違うや。魔術工学部のエト・アメルスだよ。先生やることになりました!よろしくね!!』
他学部の立場から見ても彼女は実に優秀な技術士だった。
何気ない様子で「それ面白いね」と食いつけば、その機能が組み込まれたアイテムが次の日には出来上がってくる。
そんな新米の教員にヨハネスは強く惹かれたのだ。術式を学ぶ彼にとって、彼女は規格外だとすぐに理解できたから。
魔法アイテムで複雑なことをやろうとすれば、機能させる魔術もそれに比例する。
本来は術式の分野である、魔術をシステム化して、別のものに付加させる必要がある。
しかし、エト・アメルスの製作したアイテムは『術式』の形跡がまるでない。なぜそのような芸当ができるのか。その理由をヨハネスは知りたかった。
また赴任してから彼女は数々の伝説を持つ。
中でも有名なものは『エト・アメルス出勤拒否事件』だ。
同期で黒魔術科教師のナルムクツェ・アロと大喧嘩(詳細不明)をした末、自室に引きこもった事件。
彼女の研究室はほぼ自室と化しており、引きこもる間も製作したアイテムの暴走・爆発が相次いだらしい。(後から聞いた話でもある)
被害としては、講義の休講、ならびに品評会をドタキャン。挙げ句の果てには南塔の運動場半分が焼け野原になっていた。
(職員の中には、草むしりの手間が省けてラッキーと言う猛者もいた)
天才の不調。唯一入室が可能なリアンによれば、作業の手は止まらないのでスランプではないらしい。ただ失敗作が量産されているとのこと。
いつもと違った様子はないか、と尋ねると彼は一言だけこう言った。
「作業中、静かなんだ」
エトの持つ技術であれば、術式要素の持たないアイテムは正確に作れる。現に失敗するアイテムは、どれも完成品と遜色ない代物だった。
それが突如できなくなるなんて。まるで技術は申し分ないのに納得した表現ができないと嘆く芸術家のようだった。
この時、ヨハネスはある仮定を立てる。芸術家のスランプに似ているそれは、彼女の精神面が魔力と大きく関与している、と。
だからヨハネスは事件の後も、エトから件の黒魔術教師を徹底的に遠ざけた。
幸い、彼女自身は他人に固執するタイプではなかった。人の名前をなかなか覚えないのをいい事に、彼の名を曖昧にさせることもできた。
(未だにエトはナルムクツェの名前を覚えることができない)
彼女の精神が乱れることのないように。
要因は排除してきたはずだった。
そして今、不調が再発した。