校舎の破壊魔
ここ数日、教員たちが非常に慌ただしかった。
なぜなら学術院の【破壊魔】が今日も今日とて絶好調__否、絶不調につき破壊のかぎりを尽くす勢いらしい。
魔術学部がある東塔には大きな倉庫があり、そこにはネビュラル産の魔法アイテムを中心に詰め込まれている。
エトがこの学術院に来てからは、彼女の作品で倉庫を大半占めているが、時折ふらりとメンテナンスに来ては何かをやらかすの始末。
エト・アメルスは、魔法アイテムの優秀な技術士だ。
絵描きが息抜きでらくがきをするように、彼女は休憩がてらにアイテムを弄る。片手間に作ったアイテムが特許を取ったこともある。
そんな彼女に訪れた当然の不調。
それはヨハネスが普段過ごしている魔術学部までに及んだ。
授業中、となりの教室から「エト・アメルス!!」と、黒魔術科の教師:ナルムクツェ・アロの怒号が響き渡っていたのだ。ちなみに彼の授業はその後中断したと同学科生徒から後に聞いた。
普段は方々から甘やかすなと言われるが、さすがに修繕が追いつかないらしい。
ヨハネスは学院側から修復依頼を受け、ついでにエトのもとを訪れていた。
「というわけで、リアン君はちょっと前からディーダラスに行ってもらってまーす!!」
「ふ〜ん」
不在中である彼のことをペラペラと語っていく。対して作業中のエトは興味なさげで曖昧な相槌が返ってくる。
まるで何でもないような反応だが、ヨハネスは気付いている。いつもの鼻歌が止まった。
わざわざ指摘はしないが、横目で様子を確認しながら差し入れの準備をする。
この部屋で唯一『まともな』スペース__小窓がついた水回りの上にある戸棚に、申し訳程度の食器がしまってある。
小窓のそばには花を閉じ込めた透明な立方体__いわゆるプリズムがなぜか置いてあり、差し込む光を受けて部屋の中へまばらに虹色を届ける。正直ここにいると眩しい。
ヨハネスはチラチラ視界に入る虹色の光に目をしかめながら、それを少しだけ日陰へ移動させた。
(これ花か?この標本……前に掃除した時あったかな…)
カップを取り出し先日置いてきたエスプレッソメーカーを起動させて、彼女が好きなバニララテを作る。
「きちんとお仕事しないとね。はい、どうぞ」
「ヨハンまでそう言うこと言わないでー」
作業机の端にカップを置いた。ふわりとバニラの香りがする。
エトは一度作業を止めることにした。ゴーグルとグローブを外し、スツールを引き寄せてから両手でカップを包むと、自分の手先が冷えていたことを知る。
同じように転がっていたスツールを近くに持ってきてヨハネスは腰かけて長い脚を組んだ。
「思ったんだけど、君たちって妙なところで潔癖だよね」
「なにが?」
「ネビュラルらしい、のかな。放任主義なところ」
「あの子の人生だもん。あたしがとやかく言うことは何もない」
国は関係ないよ、と目線を落としてエトは息をかけて冷ましたカップに口をつけた。
学術院に来るまでの2人をヨハネスは知らない。
およそ1年の間ネビュラルに居たとリアンから聞いている。この2人にある付かず離れずの独特な雰囲気。
師匠と弟子、親と子、姉と弟。どれも彼らを表すには相応しくない。
互いが一個人として、きちんと認識・線引きをしている。
無粋にも推し量ろうと思案していると、ふと視線を感じた。
いつのまにか真横の作業台に肘をつき、頬杖をついて下からじぃっと覗き込まれるように、メガネの奥で大きな薄紫の目が細くなる。
「ヨハンだって、そうでしょう?」
他人に興味がないようで、頭は良い彼女は己の取り巻く環境をよく理解している。
まるで蒼玉館の生徒のような物事の本質を見抜く視線は、敵わないのだと宣告されているようで、ヨハネスには少し居心地が悪い。先に目をそらし、観念した様子でため息混じりになる。
「……まぁ僕の場合、用意されたレールが歩いてるうちに悪くないかなって」
「ふふ、あたしとおんなじだ。そういうの、向いてるっていうんだよ」
「なにそれ。エトちゃん、先生みたいじゃん」
「失礼な〜!先生3年目だよ!!」