鉱物を食べる者
#いちクリ 6月テーマ『鉱物』にて公開
ある時リアンは、懇意にしてもらっている魔力鉱物学の教授からお使いを頼まれた。
内容はネビュラルの共同研究者からデータとサンプルを受け取ってくるというもの。
リアンは元より、ネビュラルが取り付けた特待生枠でアラステア王立学術院に入学しているため、定期的にネビュラル側との面談が必要なのだ。今回はそのついでということである。
受け取ったサンプルは鉱物の原石。岩石の合間から鉱物自体の色がのぞいているもの。色は透明をしていた。
自分の経験では、魔力を放つタイプのものではないと感じる。
他人のデータを盗み見る趣味はないので、ネビュラルにいる知り合いへの挨拶もそこそこに、学校へ戻った。
「教授、ただいま戻りました」
「ご苦労だったね。随分と早いな」
「むこうにいる意味もあまりないので」
「君に声をかけておきたい研究者はたくさんいるんじゃないかな?ほら、僕みたいに」
「そんなことより、データとサンプルお持ちしましたよ」
「おや、なんだかアメルス博士みたいな扱いじゃないか。ありがとう、確認するよ。そこにお菓子があるから食べていくと良い」
「いただきます」
「君はこの石がなんだかわかるかい?」
「……錬金術の素材でしょうか?透明な石は多いので」
自分なりに考えてみても慣れない原石の鑑別は難しい。数年前に居た鉱山でさえ、宝石のような鉱物が取れることは少なかったのだ。
「もう一声」
ここの教師はドSが多いとリアンはこっそり思っている。
鷹揚とした態度で笑顔のまま、たまにこの教授はリアンを試すのだ。
「うっ……長石、ということまでしか……」
「んもう!デレクったらあんまりいじめないでよねン!?」
口籠もりながら答えると、突然甲高い声で遮られた。
ハッとして目線を上げると、目の前にキラキラとした鱗粉を撒きながらそれは飛んできた。
「ハハ、いじめてないよ。起きたのかい?『イオン』」
「なんだかいい匂いがするんですものン♪今日は狼ちゃんがいるじゃない♡」
教授の名前を呼び、問いかけに答えるそれは『晶食種』という生物だ。
ピクシーのような小さな姿で周囲を飛び回り、身体は光沢を持つ。瞳は全体が鉛を溶かしたようなのっぺりとした鈍色。個体によって多少色は異なるものの、全身の肌に独特な光沢を持つことで知られる。
最大の特徴としては、その名の通り彼らの主食は『結晶』や『鉱物』で、採掘や採石の盛んな鉱山に生息することが多い。
魔力を持つ生物のため、魔術に親しまないとその存在を認知できない。
リアンも以前は見かけたことがなかったが、教授が使役している『イオン』と会ってから、他の個体を認知できるようになったのだ。
「あなた……随分と熱心に誘われてるのね」
「え?」
「あたしたちにはわかるの。“祝福”を受ける者が」
初めてイオンに会った時こう言われた。教授曰く、リアンには知らない間に周りにいた晶食種から契約の誘いという名の魔力痕跡がたくさんついていたとのこと。
「あなたの眼、『琥珀』みたいで美味しそうね。狼の眼だわン。狼ちゃんね」
初日にこんなことも言われ、以降イオンに気に入られているのである。
「さぁて、狼ちゃん。あなたが持ってるそれはなあに?」
「君が教えてくれる?」
「デレクが意地悪するんですものン。いいわ、こっちへ」
手に持つ原石を、イオンの浮かぶ方へ近づけた。イオンはふよふよと近づき、岩石の間から除く鉱物を小さな舌で舐めた。
晶食種は綺麗に研磨やカットされた鉱物・宝石を好む傾向がある。
極限まで雑味が軽減されるようでその分量も減り、我々と同じように高級品扱いである。鉱物ごとに『味わい』が違い、これが鑑別につながるという。
原石に近づくほど、見た目や匂いだけでは特定できず、こうして口に含んで判別する。
「長石までは正解よン♪これは氷長石ね」
「及第点だな。なるほどアデュラリアか」
ヨハネスの実家を手伝う中で、縁遠かった宝飾の宝石名も覚えてきたが、聞き馴染みのない宝石名だった。
その界隈で透明な石はダイヤモンドやジルコンの割合が圧倒的に多い。
「君は苦手と思ってるようだけど、もっと手ずから魔力を感じ取れるはずだ。属性の特定ができるようになれば、もっと広い種類で精度が上がるよ」
「はい」
「それにしてもこれは難しい方なんだけどね。かなり微力な魔力しか感じ取れない。これは蓄積用の核になる鉱物で、氷属性と相性が良い」
「原石の時点で含有されているものと、そうでないものもあるんですね」
「ああ。もともと魔力を多く含むものに魔力を注げば壊れてしまうだろう。使い道が異なるんだ」
「この子は他の宝石よりも冷たいのが特徴よ。人間じゃ感じ取れないくらいの差だけど♪」
冷たくて美味しい♡とイオンはまだ手の上で原石に頬擦りせんとばかりにまとわりついていた。
「あたしと契約してもいいのよ♡」
「こら、目の前で二重契約を持ちかけるんじゃありません」
「あなたとは"雇用契約"なんだものン。狼ちゃんだったら"血の契約"でも後悔しないわ」
「えっ……」
困惑した様子のリアンをうっとりと見上げるイオンに、教授は呆れたようなため息をついて棚の奥から巾着を取り出した。
「全く、この業界で誰もが欲しがる才能にリアンくんは恵まれているようだね。ほら、僕の相棒。悲しいことばかり言うとお給料あげられないよ」
「んもう、やだわン。それは"対価"っていうのよ。んふふふふ♪」
教授が巾着から取り出した宝石を摘んで見せると、イオンはものすごい速さで彼の元へ戻った。
「君の好きなトルマリンだよ。白魔術もかけてもらったから」
「あなたのそういう気が効くところ、好きよ♡」
「ありがとう。リアンくんも一緒にお茶にしよう。そこのお菓子をこっちへ持っておいで」
「ええ……お邪魔します」
稀少な種族と意思疎通をとり、絆を深めている様子を見せられると、目の前の教師はとても偉大な人だ。
知識だけではない、目に見えない存在や力を借りて、自分の見識を最大限に広げている。いつもの茶番もリアンにとっては不思議でたまらないのだ。
そしてまた、不思議なお茶会にリアンは相伴に預かるのだった。




