ただいま
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完成した懐中時計を受け取り学院に戻ったリアンは、エトの研究室を訪れていた。夕食の時間だというのに相変わらず明かりがついている。
念のため食堂からもらってきた夕食をバスケットに持ち、いつものように扉の前でリアンは声をかけた。
「失礼します……!?」
「おかえり!!!」
「あっ……ぶな…!」
バァンッ!!と勢いよくドアが開かれ、危うく鼻先がなくなるところだった。目を見開いて驚くリアンをよそに、空気を読まないウィンドウチャイムが、シャラランと音色を奏でる。
「ご、ごめん」
「ただいま。そんなに慌ててどうしたの?」
「へ?!全然!?」
焦った様子で頬を上気させたエトを訝しんで中に入ると、リアンは違和感を覚えた。作業場が片付いている。おかしい。
「……エト、ご飯食べた?」
「まだ…」
「だと思った。持ってきたから食べよう」
「ありがとう」
何の問題もなくテーブルに夕食を並べられることさえも、この部屋では異例なのだ。
食堂の職員が張り切って持たせてくれたスープジャーから温かい状態で器に移す。この部屋には調理器具がないため、ヨハネスも含めた周りが気を遣って、エトに温かい食事を与えようと工夫されている。
「なんか今日、部屋きれいだね」
「っ…!?そ、そう?」
「……何したの」
「こ、壊れちゃった☆」
「えっ」
食事をしながら違和感について問い詰めると、驚きの回答だった。学術院に来たばかりの頃、同じような問答の末、沢山の失敗作を処分した記憶がある。
それ以降大きな処分をしたことがないため、リアンは耳を疑った。
「だ…い、じょうぶだったの?」
「ん〜〜他にも色々壊しちゃったけど、ちゃんと謝ったし、直したし、大丈夫だよ〜♪」
「……まぁ、怪我なかったらいいや」
動揺するリアンとは逆に、先程まごついていたエトは何やら吹っ切れたようで機嫌よく食事を続けている。
寮に帰ったら黒曜館の寮監であるナルムクツェに一声かけておこうと、リアンはここへ来た目的も薄れて、そう心に決めた。お土産を余分に買っておいて本当によかった。
*
「リアン、ホットミルク飲む?」
後片付けを終えてそろそろ寮へ帰ろうかと思っていると、エトから珍しい提案があった。いつの間に用意したのか、この部屋に本来あるわけがない小鍋を片手に持っている。
「あ、うん。いただきます」
「OK♪」
ずっとご機嫌な様子で小鍋をお手製の魔法アイテムに置いた。そこへ紅色の魔力燃料鉱物を装着して起動させると、設置面に熱を発生させる。
これまたストックしないはずのミルク瓶があり、鍋に注いで温めていく。
「エト、まだ何か隠してる?」
「へっ!?」
「なんか、変だよ」
「そ、その〜…」
不自然だと指摘すると、エトが再びそわそわとした態度を取りだす。無理やり視線を鍋に戻して意味もなくかき混ぜている。
真っ白な表面にできる薄い膜を剥がすように、手元のスプーンを動かして次の句を探す。
「ヨハンから今日帰ってくるって聞いてて……いつ来てくれるのかなぁって。今日ずっと待ってたり……しちゃったり、して…っへへ」
「……」
隠していた本音が、剥がれて落ちた。
リアンからの返答は無く、部屋にはポコポコとミルクの沸き立つ音だけが聞こえる。
ハッとした様子のエトが、えっへへ〜と気まずそうに苦笑して眼鏡を曇らせながらミルクを鍋からカップへ注いだ。
昔、リアンにホットミルクを作ったことがある。
ネビュラルに来てすぐ、眠れない様子だったリアンに、料理なんてしたことのないエトができる唯一のもの。
安心させてあげたくて作っていたものを、今では自分が安心しするために作っている。
リアンとて毎日この研究室に来るとは限らない。テスト期間の間は来ないこともある。
ただ、必ず何処かでは顔を合わせていたのだ。授業の時。レポート提出の時。授業の準備を手伝ってもらう時。
学術院に来てから初めて長らく彼の顔を見なかった。それだけでこんなに心細くなってしまったのだろうか。
「はい、できたよ」
「あ、ありがとう。エトのホットミルク久しぶり……」
昔と変わらないはにかんだ笑顔でカップを受け取るリアンを見て、エトはそうか、と納得する。
いろんなことを学び、経験して、成長し、ひとりでしっかりと将来を歩んでいる。
君の輝きを守れる場所は、ここで間違いなかったんだね。




