テストが終わった後は
(用語)
◆アラステア王立学術院
人材育成を目的とした9学年全寮制のギムナジウム
◆魔術学部
魔法を主体とした学問を学ぶ
◆魔術工学部
魔術を応用した技術を学ぶ
◆騎士道学部
騎士の養成を目的とする学部
◆クロノスの扉/鍵
校内の敷地を移動できる転移装置
各所に設置されており関係者の持つ「鍵」で使用できる
◇全寮制
宝石の名を冠した6つの寮がある
生徒は各寮の宝石が装飾された校章を身につける
※寮の詳細は以下ツイートより
https://twitter.com/ichi_natsu_1111/status/1637453821172645888?s=46&t=1hhPkwRXYmfQZkQQJzQEPg
一日の授業の区切りがつき、生徒が各々の時間を過ごし出すアラステア王立学術院の午後。
テスト期間が明け、解き放たれたかのように晴れ晴れとした表情の生徒たちで、いつもより校内は賑やかである。
南塔を学舎に持つインドア派な魔術工学部の生徒たちも、普段は閑散としている食堂に浮き足立って集まる姿が多く見られた。
そんな中、リアン・アスターは借りていた大量の本を抱えて寮から図書館のある北塔へ移動していた。
図書館へ続く通路を、リアンが本に視界を遮られながら歩いていると、入口で世話になっている魔力鉱物学の教授に会った。
「やあ、リアン。相変わらず本の虫かい?」
「こんにちは教授。めずらしいですねこんなところで」
「ここに来れば君に会えると思ったからね」
リアンは魔術工学部のエネルギー工学科に在籍している。
毎回この教授の授業をとっており、現在4年生であるがその科目は特別に飛び級して講義を受けているので、随分親しい教師のひとりだ。
挨拶もそこそこに、返却しようと抱えていた本を彼に奪われ、代わりに質素なクロノスの鍵を渡される。
「もう部屋が限界だ」
「はい?」
頼んだからな、と大きな手でグレーがかった黒髪をかき混ぜると、彼は図書館の中へ消えていった。
生徒が持つ銀製でもなく、教員たちが持つ金製でもないその鍵は、おそらく特定の場所に1度だけ繋がる魔術が掛けられている。
大方検討がついた未来に、小さくため息をつくと、リアンは図書館へ背を向け、来た道を戻りクロノスの扉へ向かう。そのまま鍵を作動させると、光に包まれた。
瞬きひとつ程で、リアンは魔術工学部のとある研究室のドアの前に移動してきた。手の中にあった鍵は消滅したようだ。
“アメルス研究室“と名札があり、目の前の私書箱は届いた書類やらレポートが入りきらずに山積みになっている。
そしてドアの上部には、鳴らすと「きらきら星」の一部を奏でるウィンドチャイムがなぜか吊ってあり、「ご用の方はこちら☆」とメモがある。が、使われているのを見たことがない。
(まずは書類整理…いや、そんなスペースがあるのか?)
頭の中でやるべき事をリストアップしながら、リアンはいつものように開けた。
「先生、失礼します」
「それでねぇ?これをグルグル〜!ってやったら〜ギギギって♪……あれ、あのパーツの子、どこ??えっ!?ったぁ!?痛ぁい…滑った…」
金属が擦れる機械音とドタバタと動き回る足音。時々聞こえる鼻歌まじりの独り言。ときたら今度は目の前で床に散らばる紙に足を滑らせて盛大に転んだ。
顔を打っていないといいけど。などと思っているうちに、この部屋の主で技術実習講師でもある女性__エト・アメルスが床から顔を上げる。
「あ!!!久しぶり〜!背ぇ伸びた??」
「伸びてませんし余計なお世話です。それに、俺がここへ来たのは1週間前です」
転んだ拍子にズレた大きな赤縁メガネをかけ直しながら、ニコニコとこちらに笑顔を向けてくる。リアンは肩を落としてため息をついた。
(よくもまあこんな短期間でここまで部屋が荒れるな)
「成績処理は終わったんですか?」
「っ!…………さぁ?」
大きく動いた肩と、あからさまに泳ぎ出す薄紫の瞳。
生徒のリアンがテスト期間を終えたなら、教員の立場である彼女には生徒に評価をつけるという仕事がある。
部屋中に散乱する魔法アイテムらしき物は、どれも1週間前には見なかった物ばかりだ。
着ている白衣は普段よりもヨレが目立ち、肩より上で揺れるクリーム色のくせ毛も、ぴょこぴょこと何カ所も跳ねている。つまり__
「実技テスト終わってからずっと作ってたんですか!?」
「だってぇ〜!作るのずっと我慢してたの!」
「それで仕事してないようじゃ元も子もないじゃないですか!?どうせ寝食も疎かになるんだから」
だってだって!と子供のように騒ぎ出す21歳になる彼女は、もう一度になるが、この学術院の教員である。
前髪とメガネのせいで幼い顔立ちが際立って年齢不詳に拍車をかけ、白衣がないと生徒と見分けがつかないほどだ。
14歳からネビュラルの国家技術士として従事し続けて5年。功績と技術を買われ、同じ歳の生徒が在籍するにも関わらず、アラステア王立学術院の常任技術実習講師として働いている。
ここへ来る前のエト・アメルスを知るリアンは、似たような問答を何度も繰り返していておりデジャブすら覚えてくる。
技術者や研究者としてはこの学術院でも飛び抜けて優れている彼女だが、生活習慣がそれはそれはひどい。
リアンが一時期滞在していたネビュラルには、似たような人種が多くいたので特に気にすることは少なかったが、それを踏まえてもひどいの一言だろう。
興味のあることが全て。
それ以外は基本どうでも良いのだ。
食事や睡眠は二の次、身体が先に悲鳴をあげるまで酷使し続ける。そのくらい目の前にある1つのことに没頭する。天才と言うべきなのか否か。
この部屋に入ってから何度目かのため息が盛大に響いた。
「はぁーーーー……いい加減ちゃんと先生やってよ、エト」
「んふふ」
『先生』の無い呼び方に、エトは嬉しそうにグローブをつけたまま手を口元に添えて笑う。
そろそろいい頃だろう、とエトは纏う空気を少し変え、リアンの顔を覗き込んだ。
「おかえり、リアン。テストはどうだった?」
「……ただいま。とりあえず、いつも通りできた」
『ただいま』と『おかえり』
その一言が、二人の合図。
続きは本日21時に更新します