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第八話 テーマパーク

 莉緒はあくびを噛み殺しながら、高速で流れていく窓の外をぼんやりと眺めた。


「ゴールデンウィークには絶対に間に合わないと思ってたのに……」


 そう。今はゴールデンウィーク。

 莉緒たちは一泊二日の旅行へと繰り出していた。


(あっという間にこの日が来てしまった)


 それもそのはず、莉緒がログハウスに赴いたのが実に一週間ほど前のことである。今乗っている新幹線にも負けない展開の速さだ。思わず漏れ出た呟きを、奏が拾った。


「これが印付きの力よ」


 座席越しにも、奏が得意げに胸を反らしているのが分かる。

 さすが、たった一日で全ての手続きを済ませた人は言うことが違うと、莉緒は苦笑した。

 旅行のメンバーは莉緒と律、奏と剣士の四人だ。爽汰と幸人は別件があり不参加。恵子にも声をかけてみたが、彼女は予定を一ヵ月前には組むタイプである。案の定、既にゴールデンウィーク全日に予定を詰め込んでおり、とても残念そうに断られた。


「着いたわ! さあ、遊び尽くしましょう!」


 ホテルへ荷物を預けてから園内に入場すると、朝早くから車や新幹線に揺られ続けた疲労も吹き飛ぶような陽気な空気に包まれる。


「わ……」


 異界にやって来たような感覚に、莉緒は感嘆のため息を漏らした。壮麗(そうれい)な建築群を眺めているだけで、一日などあっという間に過ぎ去ってしまいそうだ。

 やってきたのは遊園地型のテーマパークだが、そのアトラクションのほとんどは屋内にある。ジェットコースターでさえ、出入り口や待機列は建物の中にあった。

 これは虚目対策によるものだ。虚目が現れてからというもの、屋外型の施設は大打撃を受けた。なにせ外ではどうしても虚目に対して無防備になってしまうからだ。経営者などは、対策に深く頭を悩ませたものだろう。

 そこかしこで聞こえる楽しげな悲鳴は、そんな人たちの努力の結晶だ。


「まずは何に乗ろうか」

「最初はやはりジェットコースターでしょう! 莉緒さんは絶叫マシンは大丈夫かしら?」

「大丈夫だと思う」

「では行きましょう。剣士も、ほらっ」

「ああ」


 先を行く奏と、彼女に引っ張られて行く剣士の後ろで、莉緒と律は顔を見合わせた。


「奏さん、元気ですね」

「あの子は子供の頃から体を動かすのが好きだったからね。あと、これが狩野くんとの初めてのデートらしいデートなんじゃないかな」


 確かに、普段行動できる範囲は、ショッピングモールだろうが庭園だろうが結局は学園内。どこへ行こうと顔見知りばかりである。そんな場所で堂々と逢瀬(おうせ)を楽しめる人は限られるだろう。奏はともかく、剣士の方は難しそうだ。


「それにしても、帯刀(たいとう)していない莉緒ちゃんって新鮮だね」

「アトラクションに乗るには邪魔ですから。でも、武器は持っていますよ」

「そうなんだ」


 莉緒はチラリと上着に隠れた警棒(けいぼう)を見せた。仕込み刀にもなっている特別製だ。

 現代では、【狩り人】の免許証さえあれば、刀類の所持が可能となっている。同時に虚目の対処への責任を負うことにもなるが、砦鵠学園生の【狩り人】にとっては慣れたものである。


「とはいえ、ここでは振り回したくないですね」

「全面ガラス張りだねえ。ここがジェットコースターの待機列か」


 係員の誘導で最後尾に並ぶ。屋内とはいえ、太陽の光を惜しみなく取り入れているので、かなり開放的だ。床も一部がガラスになっており、その下で海辺や海底などのミニチュア模型がきらきらと水中に揺らめいていた。

 このテーマパークのテーマは「水の幻想」で、そこかしこに水が使われている。その為、全体的に涼しげな雰囲気だ。夏場などはもっと多くの人で溢れかえるのだろう。


「遠夜先輩はジェットコースター好きなんですか?」

「いいや。あんまり」

「え、大丈夫なんですか」


 律が答えるよりも先に、前に並んでいた奏が意地悪そうに振り向いた。


「兄さんったら、前にジェットコースターに乗った時、生まれたての子鹿のようにガクガクしていたものね」

「子供の頃の話だろう。今はそこまで苦手じゃないよ。きっと」


 最後に付け加えられた一言がとても不安だ。しかし、順番はすぐそこまで迫っていた。


「あら、先頭ね。落下中の写真も撮ってくれるみたい。剣士、終わったらプリントして貰いましょうよ」

「ああ」


 奏たちに続いて、莉緒たちは後ろの席へ乗る。車体が焦らすような速度で頂上へ向かう途中、莉緒は横目で隣に座る律を覗き見た。心なしか表情が硬い。


「莉緒ちゃん。手を、握ってほしいな」

「…………まあ、いいですけど」


 律が恐がるのも無理はない。なにせこのジェットコースターは見るからに上級者向けだ。莉緒は小さい子のように安全バーを強く握る律の手に、自分の手を重ねた。


「大丈夫ですよ」


 なんて慰めてみたものの、それが気休めになったかどうかは怪しいところだ。

 久しぶりに乗るジェットコースターは凄まじかった。上下左右、回転まで加わり、休みなく浮遊感が襲ってくる。とても周りを見ている余裕など無い。しかし、途中にくぐった洞窟の中などは、まるで本物の海の中にいるような空間が広がっていて美しかった。

 長いようで短い走行を終えて、車体が停止する。莉緒は詰めていた息を吐き出した。


「はー……なんて言うか、凄かったですね。遠夜先輩、そっち側から降りるみたいですよ。……先輩?」

「うん? ああ、うん」


 なんだか律の反応が鈍い。注意深く見ていると、その体がぐらりと傾いた。


「先輩!」


 咄嗟に莉緒が支えると、律は笑顔だけはいつも通りに「ありがとう」と言った。しかし、態勢を立て直した後もやはり不自然に左右に揺れている。


「大丈夫ですか」

「うーん、まだ揺れている感覚がするよ。酔い止めは飲んだんだけどな」

「三半規管が弱いんですね……。どこかで休みましょうか」

「では休憩にしましょう。あそこなんか良いのではないかしら」


 奏が示した先は小さなガゼボが点在(てんざい)している休憩エリアだ。ガゼボの側面には水が壁のように流れていて、個々の空間が強調されている。


「良いですね。狩野先輩も、それで大丈夫でしょうか」

「ああ。問題ない」


 空いているガゼボに入って、中のベンチに律を座らせる。


「遠夜先輩、乗り物酔いにはコーラやチョコが良いらしいですよ。買ってきましょうか」

「ううん。それより一緒にいてほしいな。……良い?」


 いつもより弱々しいその姿に、莉緒は困ったように周囲に視線を(すべ)らせた。どうも調子が狂う。


「食べ物なら俺が買ってくるが」

「わたしも行くわ。莉緒さんは兄さんを頼んで良いかしら」

「……分かりました」


 奏と剣士が連れ立って出て行く。莉緒は観念して律の隣へ座った。少し顔色が悪い。なにかした方が良いだろうか。そう思いつつも、病人の看病などしたことがないため勝手が分からない。乗り物酔いの対処法だって、さっき言ったことくらいしか知らないのだ。

 莉緒の困りきった空気を察したのか、律が悪戯(いたずら)げに片目を(またた)いた。


「少しだけもたれ掛かっても良いかな」

「それより横になった方が良いのでは」

「おや、膝枕でもしてくれるのかい?」

「……良いですよ」

「え」


 自分で言っておきながら、律は目を丸くした。いざ許可されると戸惑いが先に来るようで、躊躇(ためら)っている。莉緒は恥ずかしさを誤魔化すようにツンと澄ました。


「言っておきますが、今日を逃したら二度とやりません」

「……じゃあ、失礼します」


 太腿(ふとまた)に真紅の頭が乗せられる。莉緒はくすぐったさを我慢して枕に(てっ)した。


「それにしても、僕だけこんなになるなんて情けないなあ」

「ジェットコースター、怖かったですか?」

「うーん。怖いというよりは……いや、やっぱり怖かったのかな」

「ハッキリしないですね」

「君への恋心以外は要らない感情だからね」


 熱いようでいてどこまでも冷たいその響きに、莉緒は思わず律を凝視(ぎょうし)した。律は目を閉じて身を(ゆだ)ねている。その(まぶた)の奥に、何を見ているのだろう。

 沈黙が気になったのか、瞼はすぐに開かれた。切なげに顔を歪めている莉緒に、律の瞳に灯る炎が戸惑うように揺れる。


「ごめん。失言だったね」

「いえ……少なくとも、今は三人もの【狩り人】が側にいるんですから、些細(ささい)な感情だって大事にして良いんですよ」


 莉緒は律の頭を撫でた。ぎこちない手付きだが、律は気持ち良さそうに再び目を閉じる。


「君はやっぱり優しいね。好きだなあ」

「私より優しい人間なんてそこら中にいます」

「そうかもね。でも僕は、君が持っている優しさに恋したんだよ」

「そう、ですか」


 今は律のどんな言葉も否定したくなくて、莉緒は歯切れ悪く相槌(あいづち)を打った。


「なあなあ、姉ちゃんって【狩り人】なのか?」

「え……」


 そんな時、ガゼボの外から突然声をかけられた。振り向いた先の光景に、莉緒は絶句(ぜっく)する。

 まだ小学生くらいの少年が、水の壁から頭を突っ込んでこちらを見ていたのだ。当然、その頭はずぶ濡れだった。律も起き上がって「おや」と一言。


「か、風邪引くよ」

「中入っていーい?」

「良いから、とりあえずそれやめて」

「おう!」


 少年は勢いよく顔を引き抜いて犬のように頭を振って水を散らせると、出入り口へ回ってきた。


「で、姉ちゃん【狩り人】なんだろ?」

「そうだけど……ええと、あなたは?」


 堂々と盗み聞き宣言をするのは如何(いかが)なものだろうか。渋い顔をする莉緒に構う事なく、少年は目を輝かせた。


「俺、啓太(けいた)。なあ、【狩り人】ってどうやったらなれるんだ? 教えてくれよ!」

「どうって言われても……それよりご両親は? 迷子?」

「母ちゃん達ならあっちの店の中にいるぜ。弟が【喚び人】だからさー、あんま外に出したくないんだよ」


 啓太はつまらなさそうに唇を尖らせた。


「っつーか話()らすなよ。どうやったら虚目を見られるようになるんだよ。なんかコツとかあんだろ。おーしーえーろー!」

「騒がしい子供だね。これ以上彼女を困らせるつもりなら、つまみ出すよ」


 莉緒との時間を邪魔された律が、不穏な空気を(まと)った。その本気を感じ取ったのか、啓太がピタリと止まる。しかし、口までは止められなかったようで、ボソリとぼやいた。


「……さっきまで姉ちゃんの膝の上でガキみてーに甘えてたくせに」

「よし。つまみだそう」


 律は容赦(ようしゃ)なく啓太の首根っこを掴んだ。これは啓太が悪い。が、律は律で子供相手に大人気ないのではなかろうか。

 慌てて莉緒が止めようとすると、それより先に奏たちが戻ってきた。


「兄さんったら、なんだかすっかり元気そうね」

「奏……随分と買い込んできたみたいだね」


 両手いっぱいに食べ物を抱えた奏たちが入ってくると、ガゼボの中が美味しそうな匂いで溢れかえった。奏はテーブルに食料を並べながら、盛大にお腹を鳴らした啓太を一瞥(いちべつ)する。


「その子は?」

「除き魔だよ」

「啓太だ!」


 啓太は全力で体を(ひね)ってなんとか律の手を逃れた。


「俺は【狩り人】になるために、この姉ちゃんに弟子入りすんだよ」

「引き受けた覚えない」

「頼むって! な、この通りっ!」


 啓太はお腹をぐうぐう鳴らしながらも、そちらには目もくれず両手を合わせて莉緒へ頼み込んだ。少なくとも空腹時のご飯よりは優先度が高いらしい。


「虚目は……ある日突然、なんの前触れもなく視えるようになっただけ。コツも何もないよ」

「逆に言えば、君もある日突然【狩り人】の資格を持つ可能性があるってことだね。ほら、これあげるからもう戻ったらどうかな」


 啓太は律から差し出されたホットドッグを、しおしおと受け取った。しかし、立ち去らずにその場で食べ始める。律の「帰れ」という威圧感にも屈しない。気付いていないわけではないだろうに、中々しぶとい子供だ。

 ベンチに腰掛けてチュロスを頬張っている奏が、面白そうに啓太を見た。


「啓太、だったかしら。そもそもあなたは、何故【狩り人】になりたいの?」

「弟が【喚び人】になっちゃったからさ、俺が守ってやるんだよ」


 ――しかし、啓太の言葉を聞いた瞬間、奏から表情が失われた。ひどく()めた目だ。その視線の先にいる啓太はおろか、莉緒や剣士でさえ驚きに息を呑んだ。


「そう」


 いつも華やかな彼女が心の奥底に秘めている(くら)い部分。それが今、表に出てこようとしていた。


「――けれどそれは、自分が優越感に浸りたいが為のまやかしではないの」

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