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第六話 宝の想い

 人気(ひとけ)のない階段の踊り場で、莉緒はみのりと相対(あいたい)する。

 みのりがこの学園に転校してきてから、莉緒は初めてその姿をまともに見た事に気付いた。

 昔は同じくらいだった背はぐんと伸びて、モデルのような均整(きんせい)のとれた体つきになっている。栗色のポニーテールは小学生の頃から健在だが、昔ほど活発な印象は受けない。それどころか、どこか影のある表情がとても大人びて見えた。


(成長したなぁ……って、これじゃあ遠夜先輩に勘付かれるのも当たり前か)


 律には少し離れた所で待機してもらっている。柵にもたれかかる姿がいやに様になっていた。

 みのりもまた昔を思い出しているのか、懐かしげに目を細めている。


「今だけは、あの時みたいにりおちゃんって呼んでもいいかな」

「……うん。いいよ。……みのりちゃん」


 みのりは嬉しそうに顔を(ほころ)ばせた。それは昔の彼女からは考えられない、もの寂しさを感じさせる笑顔だった。


「あの異形、りおちゃんが倒してくれたんだよね。ありがとう。……正直、もうダメだと思った」

「無事で良かった。助けるのが遅れて、ごめんね」


 莉緒は心の底からそう思った。良かった。みのりが無事で、本当に良かった。彼女に何かあれば、莉緒は子供の頃に大切に思っていたものを全て失くしてしまう所だったのだ。みのりだけが、幼い頃から現在にまで残った最後の宝物だったから。


「りおちゃんは、やっぱりヒーローだね」


 それは、みのりの口癖のようなものだ。莉緒が【狩り人】になってから、みのりは事あるごとにそう口にするようになった。両親を一度に喪って、日に日に憔悴(しょうすい)していく莉緒を励ますための言葉。莉緒はそれを聞く度に、(ある)いはそれを否定する度に、ひどく胸が(うず)いた。


「……私は、そんなんじゃないよ」


 俯いて否定する莉緒に、みのりは自嘲(じちょう)するような笑みを浮かべた。


「ヒーローっていうのはね、【狩り人】だからじゃないよ」

「……?」

「りおちゃんが、りおちゃんだから、ヒーローだって思ったの。私があなたをヒーローだって思ったのは、あなたが【狩り人】になるずっと前からなんだよ。多分、りおちゃんにとっては当たり前の事をしていただけなんだろうね。でも、私はそれに救われて――憧れたことを、ずっと覚えてる」


 その言葉に莉緒は面食らう。いくら記憶を漁っても心当たりは無い。けれど瞼を伏せたみのりの表情は、その思い出を本当に大切にしてきたのだと語っていた。

 それが本当ならば、罪を隠さんとする罪人のようにその言葉を否定してきた莉緒を、みのりはどう思っていたのだろう。


「でもりおちゃんが【狩り人】になって、舞い上がったのも本当。本物のヒーローなんだって、誇らしく思ってた。だから、そんなりおちゃんが、どんどん元気をなくしていくのがやる瀬なくて……どう(なぐさ)めたら良いのかも分からないまま、「すごい」「ヒーローだね」って馬鹿みたいに連呼してた。――その時は、りおちゃんがどうしてあんな必死に否定するのか、知らなくて」

「……ごめんね。励まそうとしてくれていたのに」

「ううん! 私の方がもっと……もっと酷いことを、してしまったから。まさか、りおちゃんが自警団に入る事になるなんて、思わなくて。ごめんなさい。私が原因だよね。私が自警団の人にあなたを紹介してしまったから」


 当時、【狩り人】は今よりもっと貴重な存在だった。虚目を視て、退治することが出来る人間。

 その能力は、異形相手にも発揮された。【狩り人】の攻撃とそうでない者の攻撃とでは、全く同じような攻撃でも明らかに前者のものの方が効いているのだ。虚目と違って誰の目にも視えるものだというのに。

 ――ならばもう、世間が【狩り人】を欲するようになるのは火を見るより明らかだろう。


 ()しくも、みのりに飛びかかったことで莉緒はその身体能力の高さを認められた。後日改めて莉緒の自宅に現れた男は、土下座までして自警団への加入を求めたのだ。それから砦鵠学園に入学するまでの二年半もの間、莉緒は街を巡回しながら虚目を警戒し、異形が現れれば始末するといった生活をしていた。

 これは身から出た錆だ。みのりが罪悪感を覚える必要などないのだと、莉緒は首を振った。


「自警団の人たちはみんな優しくしてくれたよ。多分、みのりちゃんが想像しているほど酷い暮らしじゃなかったと思う」

「でも小学生に戦わせるなんてありえない。りおちゃんだって、異形と戦うのは怖かったでしょう。……そして、それ以上に辛かったはず」


 先程から妙に引っかかる言い方をする。莉緒が困惑して首を(ひね)ると、みのりは「ごめんなさい」と頭を下げた。


「あれから、りおちゃんのお婆さまに会って……どうしてりおちゃんが【狩り人】である事をあんなに否定したがっていたのか、その理由を知ったの。…………その、ご両親の事を……」


 莉緒の頭の中が真っ白になった。何か。何か言わなければ。けれど、喉が引き()れて上手く声が出せない。


「……そ、う……なんだ……」


 否定も肯定もできずに、辛うじて発した声は(かす)れていた。


(私は)


 周りは涙を流すばかりで、誰かに(なじ)られたことはなかった。


(私は、この手で)


 これは(かたき)か、忘れ形見かと問うような祖母の視線には、必死で気付かないふりをした。


(異形になったお母さんとお父さんを殺した――……)


 それは罪ではない。異形を葬ったことは、むしろ勇気ある行動として(たた)えられた。それが例え血を分けた親だとしても。

 けれど、莉緒の中には確かな罪として刻まれた。父も母も、決してあんな風に死んでいい人ではなかった。実の子供に殺されるなんてあんまりだ。

 罰せられることが恐ろしいのに、罰せられないこともまた哀しかった。


「本当に、ごめんなさい。私、ずっとあなたを傷付けていた。この事は誰にも言っていないし、これからだって言わない。それだけは信じてほしいの」


 その真摯な響きに、莉緒は少しだけ落ち着きを取り戻した。本当に、それだけなのだろう。それだけを言うために、莉緒と向き合おうとしたのだ。

 こんな機会は、今を逃したらもう二度とこない。今、ちゃんと言うべき事を言わなければいけないのだと、莉緒はゆっくりと言葉を紡いだ。


「うん、信じるよ。それから……私こそ、ごめんなさい。あの日、突然飛びかかって、あなたを傷付けた」

「……気にしないで。怪我の一つも、していないから」


 そう言いつつも、みのりの体は強張っている。それだけで、彼女が負った傷はまだ癒えていないのだと分かった。


「――……みのりちゃんは、私が怖い?」


 みのりが顔をあげる。しかし気まずそうにすぐ視線を落とした。震えをどうにかしようと、ぐっと手で腕を押さえる。


「……うん、少しだけ。でも、原因はそれだけじゃなくて。【喚び人】になってから、【狩り人】の事を恐ろしく感じるようになったの。――いつか私も、狩られるかもしれないって」

「……そっか」


 莉緒とみのりは、きっと一緒にいれば傷付け合う。もう、そのような関係になってしまったのだと思い知った。


(その引き金を引いたのは、私だ)


 それでも、こうして話せたのはきっと幸運だった。最悪な形で終わったはずの関係を、少しだけ良い形にして終わらせることが出来るから。

 幼馴染みでも、友達でもない。出会ったばかりのただのクラスメイトに戻るために、莉緒は(つと)めて微笑んだ。


「浅木さん。それでも、何かあったら頼ってほしい。【狩り人】はそのためにここにいるから」

「……うん。改めて、ありがとう。これ、お礼なんだけど良かったら受け取って。これからもよろしくね……天川さん」


 こうして二人の過去は秘密の欠片と共に、思い出の宝箱の中へと閉ざされた。





 遠ざかっていくみのりの背中を最後まで見送って、莉緒は律の元へと戻った。


「お話しは終わった?」

「はい。お待たせしてすみません」

「いいよ。彼女とのケジメを付けるために必要だったんだろう?」

「ケジメって……間違ってはいませんけど……」


 莉緒は複雑な思いで律を見上げた。この人はどこまで知っているのだろう。時々、全てを見透かされているような気がして、空恐ろしいほどだ。


「いつまでも過去に(すが)られるのは嫌だったから、彼女との関係が終わってくれて嬉しいよ」

「なんてこと言うんですか」


 莉緒のしんみりした気持ちが吹き飛んだ。もちろん、悪い意味でだ。それは思っていても口にする事ではないだろうと、莉緒は半目で律を睨む。まったく、この人には遠慮するだけ無駄なのだ。

 案の定、律は少しも動じる事なく莉緒の手を取った。


「さあ、君の気が変わらない内に早くバディ申請を済ましてしまおう」

「……いいんですか?」


 あまりにも躊躇(ためら)いなく手を取るものだから、みのりとの会話を()た莉緒は不思議に思って問いかけた。試したい気持ちもあっただろう。


「私は【狩り人】ですよ」


 いつかあなたの事も狩ってしまうかもしれない。

 その唐突な発言に、律は一度ぱちりと目を瞬き――全てを包み込むように柔らかく微笑んだ。

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