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第三話 宝探し

 今年のオリエンテーションは宝探しだと、壇上の恵子が参加者に向かって説明をする。


「場所は寮から各学舎の敷地内、南の庭園まで〜。そこかしこに隠されているお宝を見つけましょう〜! 飽きたら現地解散で〜、見つけたお宝はそのまま持ち帰り自由〜! のんびり、仲良く楽しんでくださいね〜」


 莉緒はこういった行事には不参加を貫いていたのだが、結局律に押し切られてしまった。


「楽しみだね」


 莉緒の胸中(きょうちゅう)を知ってか知らずか、律はいつもと変わらぬ顔で楽しそうに笑っている。

 やはりこの人の考えていることはよく分からない。あの時、確かに「終わった」と、そう思ったのに。


『……それをあなたに言う必要があるんですか』


 みのりとの関係を問われた莉緒は、外に出ることを嫌がるように喉に引っかかる言葉を、無理やり絞り出した。だからだろうか、自分でも驚くくらい冷たい声になってしまった。それこそ、百年の恋だって冷ましてしまう程の。


(誰だって、あんな風に言われたら離れていくと思うんだけど……)


 それとも、莉緒の中に湧いた一抹(いちまつ)の後悔でも感じ取ったのだろうか。

 想像に反して律は、そんな拒絶さえ愛おしむように笑みを深めてみせた。


『君には無いだろうね。僕が知りたいだけ』


 それだけ言って、それ以降みのりについて触れることはなかった。

 これが駆け引きというものだろうか。最近、他の何よりも律のことを考えている気がする。

 せめて「不服です」と伝えるように、莉緒はムッと口をへの字に曲げた。


「……ずいぶん多くの人が参加するんですね」

「なんでもお宝の中にペア旅行券が隠されているとかいないとか、もっぱらの噂だよ」

「そうなんですか」


 砦鵠学園の外出は厳しく管理されている。その理由は、立地にも関係があった。この学園は人里離れた山奥に在るのだ。バスなども通っておらず、外へ行くには車の手配が必要になる。そしてもちろん、運転手の数にも限りがあった。

 学園そのものが街のようになっているとは言え、何年も過ごすには(いささ)窮屈(きゅうくつ)な場所だ。好奇心が満ち満ちる青春時代ならばなおさらに。


 そんな生徒たちにとって、確かにそれは喉から手が出るほど欲しいものだろう。行事の景品に出されるということは、特例で外出が許される可能性があるということだ。改めて周囲を見渡すと、確かにバディを組めない中等部の生徒がことさら多くいるように感じた。

 莉緒は横目で律を見た。律はあまり外への願望が無いようだが、旅行は別だったりするのだろうか。疑問には思えど、口を開くことはしなかった。この先輩はどうせ「君と二人きりなら行きたいな」とか歯の浮くような台詞を吐くに違いないのだから。


「……――さあ、宝探しスタート〜!」


 その宣言を皮切りに、四方に人が散っていく。莉緒たちもそれに(なら)って壇上に背を向けると、引き留めるように名を呼ばれた。


「り〜お〜!」


 人々の波間から、役目を終えた恵子が手を大きく振りながらやってくる。その顔は今にも噴き出しそうに紅潮していた。


「なんでジャージなの〜⁉︎ ウケる〜!」

「ジャージはないよね。ジャージは。しかも帯刀しているせいで、厳格な体育教師みたいになってるし」

「動きやすい服装が推奨されていたじゃないですか。そんなこと言うなら帰りますよ」

「あ、うそうそ。初めての体験に張り切る子供みたいで可愛いよ」

「帰っていいですか? そういう先輩こそ、なんですかその格好は。優雅にカフェにでも行く気ですか。やる気あるんですか」

「冗談だから、そんなに怒らないで」

「二人ともホントに仲良いよね〜――ブフッ、か、格好の落差が激しすぎて笑いがぁ〜っ」

「……恵ちゃん。揶揄(からか)いにきたの?」

「いや〜。莉緒の姿が見えたから、応援しようと思って〜。あたしは運営側だから参加できないけど、楽しんでね〜!」


 それだけ言い残して、恵子は瞬く間に走り去っていった。珍しく行事に参加している莉緒の姿を見つけて、思わずすっ飛んできただけのようだ。


「もう……」


 呆れと気恥ずかしさが混じったため息を吐いて、莉緒は改めて律を見上げた。


「で、どこを探しましょうか」

「噴水広場にでも行ってみようか。疲れたら休憩できるし、何よりあそこは景色が良い」

「分かりました」


 噴水広場は中等部と高等部を繋ぐ特別棟の裏手にある。その周りに広がる大きな庭園は、物を隠すには打ってつけの場所だ。学園内の住人の散歩コースにもなっている。


「この噴水はいつ見ても見事だね」

「大きいですよね。初めてここに来た時は驚ました。学校の中に噴水があるなんて……って」

「僕が通っていた小学校にもあったけど、今思うと三人で囲めるくらい小さかったよ」

「遠夜先輩も中等部からここに来たんですか?」

「そう。それまでは、まさかこんなとんでもない所に通うことになるなんて、思ってもいなかったな」

「……私もです」


 砦鵠学園は設立も浅く、何もかもが特殊だ。保守的な人ならばまず入学などしないし、親もさせたがらないだろう。今これだけの生徒が集まっているのは、ひとえに理事長の声がけと――悲劇的な運命によるものが大きい。

 虚目が現れてから、本当に多くのものごとが変わってしまった。


「噴水もそうですけど、この敷地にあるもの全てが学園のために作られたものだなんて、未だに信じられません」

「こんな辺鄙(へんぴ)な場所に学園という名の街を作っちゃうんだから、理事長って大胆だよね」

「大胆を通り越して狂気ですよ。……入学している身で言うことでもないですけど」

「ははは、確かに!」


 雑談を交わしながら、辺りを見回す。庭の方でスコップの影が見えた。持参してきたのだろうか。あれだけ本気で楽しんでもらえれば、運営側としても本望だろう。


「あ、あのベンチの足元に置いてあるの、宝箱じゃないですか」

「おや本当だ」


 早速見つけたそれを手に取る。両手に収まるくらいの、小さな宝箱だった。


「この大きさでは、たいしたものは入ってなさそうですね」

「おや。君は大きな宝箱を選びたがるタイプかい?」

「時と場合によります。……それより、これ、開きませんよ」

「どれどれ。む、これは……どうやらカラクリになっているようだね」

「面倒ですね。戻しますか」

「まあまあ。せっかく見つけたんだから、解いてみようじゃないか」


 ベンチに座って、宝箱と格闘する律の手元を覗き込む。出っ張りを押したり、一部分をスライドさせたり、箱を傾けてみたり……と、なかなか難解だ。しかし律は楽しそうだった。カチリ、カチリと解かれていく度に、時間さえ忘れてのめり込んでいくのが傍目にも分かる。

 やがて、箱の上下がガチャリと開いた。


「あ」

「やっと開いたね! このカラクリは自作なのかな? 丁寧に作られていて、なかなか解きごたえが――」

「? 遠夜先輩、急に止まってどうしたんですか?」

「いや、少しはしゃぎ過ぎてしまったと思って。君の前で……恥ずかしいな」

「先輩でも照れることってあるんですね」

「莉緒ちゃん?」

「中身は何だったんですか」

「君という子は……そういう所も魅力的だけれど。中身は――これだね」


 手を出して、と言われて素直に差し出す。その上に置かれたのは、小さな兎と猫の人形だ。


「可愛いですね」

「気に入ったかい?」

「まあ、嫌いじゃないですよ。その……人並みくらいには、好きだと思います」

「じゃあ、どっちも君にあげるよ」

「いや解いたのは先輩ですし、そういうわけには」

「それじゃあ、僕はこの箱を貰うから。それでどうかな」

「……分かりました。先輩がそう言うなら、これはありがたく貰っておきます」


 ちょんと、人形の頭を触ってみる。硬めなのに細かい毛が生えていて、絶妙な触り心地だ。莉緒は癖になりそうなその感触に、目元を和らげた。


「この後はどうしますか? あの人なんか三つくらい宝箱を抱えていますけど、もうちょっと探してみますか」

「それもいいけど、ちょうどお昼時だし軽く何かをつまもうか」

「なら、いったん寮の方に戻って――」


 移動しようと、ベンチを立つ。

 しかし向かう方向からザワザワと不穏な声が広がり、二人の足を止めた。


「――おい、大変だ! 異形が出たって!」


 莉緒の全身が粟立(あわだ)つ。ほとんど無意識に、刀に手をかけた。

 悲報を持ってきた青年に、他の運営側の生徒たちが駆け寄る。誰もが顔を強張らせていた。


「なんだって⁉︎」

「【狩り人】は避難誘導をしつつ、時計塔へ向かってくれ!」

「分かった。被害状況は?」

「今のところ怪我人はいない。だが時計塔に三人ほど、異形に狙われて身動きが取れない生徒がいるらしい。高等部二年の……」


 その瞬間、莉緒から全ての音が遠のいた。


「……――それから、浅木みのり。【喚び人】だ」

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