囚われのお姫様 1
小喬と自称好青年と鈴の男
1
「お目覚めかな?お姫様」
声をかけられて瞼を開く。
寝かしつけられているところは寝台の上だけれど、縛られているわけでもないのに身体を動かずことができない。
全身が痺れて、鉛のように重い。
「無理に身体を動かさない方がいいよ。かなり煙を吸い込んでいるからね。そのままそこで眠りについているといいよ。乱暴はしないから安心して」
おそらく吸い込んだのはただの煙ではなかったんだろう。
小火に紛れさせて、身体に作用させるものを煙に混ぜ込まれた様だ。
意識もややボーっとしている。
なんだかふわふわと夢の中にでもいるような。
「あなたは、誰?」
見たことのないが目の前にある。
「僕のことが嫌いな誰かに頼まれたの?」
昼間の女の子たちだろうか?
だとしたら街に火をつけるなんてやり過ぎだ。
直接僕に何かすればいいのに。
「何が目的はか知らないけど、皆を困らせないで。僕に嫌がらせをしたいなら僕に直接すればいいでしょう?」
「どうやら君から見ると僕は悪者のようだね」
僕の言葉に、なぜか目の前の人物が笑う。
どう見てもそうとしか思えないのにこの人物は何を言っているんだろう?
薄くしか開かない瞼と何とかこじ開けて相手を見る。
元は割と端正な顔立ちだったのかもしれないけど、眼の下に酷い隈がある。
そのやや青白い顔を撫でながら目の前の人物が言った。
「僕としては囚われのお姫様を助けた好青年のつもりだったんだけどなぁ。周瑜の顔を見慣れていたらどの男が相手でも並み以下になっちゃうかな」
「何処が好青年だよ、鏡を見てから言え」
僕が苦言を呈する前に横やりが入った。
自称好青年の後ろで影が動き、声のした方向にその男が振り返る。
「酷い言い草だなぁ。まぁでも確かに僕よりは君の方が男前かもね」
「そういうことじゃねぇ。そんな不健康な顔してたら、普通の奴でもビビるだろうが」
言葉と共に鈴の音が聴こえた。
連れ去られる際に聞こえた音と一緒だ。
鈴の持ち主がずいっと前に出る。
「大体これが『お姫様』にすることか?」
言って僕を覗き込んできた眼光が鋭い。
そして傍に寄られただけで途方もない圧を感じる。
孫策様の覇王的な圧とも違う。
僕を攫うためにその辺で雇われたものかと思ったけどそんな程度の者ではない。
なんていうか、幾度も死地を乗り越えてきたような、歴戦の将のような……。
まずい。
此処は何としてでも逃げないといけない。
本能的にそう感じる。
僕が『危害を加えられる』程度ならいいけど、もっとまずいことが起きる気がしてならない。
僕のせいで皆に迷惑をかけるなんて耐えられない。
「そうだよ。僕をお姫様だと思うんだったら、煙を吸わせてこんな身体自由を奪うような真似しなくてもいいでしょう?」
なんとか鈴の持ち主の話の乗ってみる。
が、
「煙に何か混ぜられていた、ってことはわかっているんだね。なかなかこの状況で冷静に事が読めているね」
若干話をはぐらかされた。
そして、
「ああ、あと君がか弱い女の子に見えて、とてつもない膂力の持ち主ってことも知っているよ」
穏やかな笑みでこちらを見る。
突発的な犯行ではなく、僕は観察されていたってことだ。
ここまで来て流石に確信は持てた。
僕が口を開こうとして、先に自称好青年が口を開く。
「君のことはよく知っているよ。君が周瑜と大喬の恋文のやり取りを拾ったことも。周瑜に恋する女の子たちに嫌がらせをされていることも。無理やり周瑜との婚姻を勧められたことも。捕虜としてあの城に閉じ込められていることも。そして……」
「……鳥さんを射落としたのは君?」
男の話を遮って鈴の持ち主に話しかける。
「そうだぜ」
鈴の持ち主は一言、そう答えた。
事実、腰から弓を下げている。
蒋欽に「飛んでる鳥の脚をかすめる程度で傷つけて、わざと落とすこととかできるか?」と聞いた時に相当な技術がいると言っていた。
「姫さんが逃げてもその辺にに縫い留められるな」
軽く哂って言う。
事実そうだろう。
つまり「逃げても無駄」ってことだ。