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恋文  作者: ひろ
16/17

心優しいお姫様 2


2


 だって僕は強い。

 こんな風に守られていなくともある程度の敵は追い返せる。

 そしてだからこそわかる。


 僕の護衛をしてくれている蒋欽、周泰のみならず、太史慈凌操、その他虞翻や孫権、朱然、凌統も優秀な将だ。

 本来なら僕たちの護衛なんてするような人物じゃない。

 戦場を駆け巡って数千、数万の敵と対峙しるような人たちだ。


 だからこそ、僕のような人物の護衛をさせているなんて申し訳ない。

 いくら孫策様が決めた周瑜様の婚約者だからって、優遇されて当然なんて思えない。


 でも現実として、僕は此処の人たちに宝物のように毎日大事に守られている。

 そんなことしなくても、周瑜様ほどの方だったらいくらでも他にお似合いのお相手なんているのに。

 

「また小火っすね」


 蒋欽の声で考え事から意識が現実に戻る。

 夜の闇の中、城下で赤い火があちらこちらに上がっているのが見えた。

 蒋欽の言葉に周泰が返す。


「火矢だな」

「巧い感じに拡散させてんな。それぞれは大したことないが、風向き的にほっとけば城にも被害が出る」

「城に戻るか?やめておくか?」

「消火は間に合うだろう。一旦城に向かって指示を待つか。少し急ぐか」


 蒋欽に促されて小走りで城に向かう。

 強風にあおられ、たまに火の粉がこちら側にも飛んでくる。


「小喬様、お袖に火が!」


 声がして振り返ると街の人が僕に向かって水をかける。

 もろにそれを正面から受けてしまったせいで、僕は全身ぐっしょりになってしまった。


「す、すみません!」

「いや、ありがとう。おかげでこれ以上燃えなくてすみそう。助かったよ」

 

 慌てて謝る街の人に、そうお礼を言って、直ぐにそこを立ち去る。

 本当はちゃんとお礼を言いたかったけど、蒋欽が剣に手をかける音を聞いたからだ。


「あの人わざとじゃないよ。僕を助けてくれようとしたんだよ」


 小走りで隣を走りながら蒋欽に言う。


「だと、いいんすけどね」


 いってちらっと蒋欽が周泰を見る。

 それにこたえる様に周泰が言う。

 

「確かに小喬様の袖には火の粉はついていた。けど」

「反応早すぎだよな。俺たちが水を被るのをかばえないほどに」

「どういうこと?わざと水をかけたってこと?」

「可能性はあるっすね」


 僕に水を掛けてどうするんだろうか?

 そういえば、


「虞翻が女の子たちに水を掛けたからその仕返しってことかな?だったらまぁしょうがないかな」


 こうして実際かけられてみると結構寒いな。

 あの子たち風邪ひいてないといいけど。

 僕の言葉に蒋欽が呆れたような声を出す。


「虞翻殿そんなことしたんすか?まぁそれなりに理由はあるんでしょうけど。でも小喬様がその仕返しを喰らう理由もないっすよ」

「けど虞翻は僕をかばってのことだから」


 とはいえ、水をかけてきたのは知らない人だった。

 女の子たちは豪族の娘だったから人を頼んだのかな?

 にしても。


「それにしては変な感じもするっすね」


 僕の気持ちを代弁するように蒋欽が言う。

 けれど、水を掛けてもらったおかげでその後は衣に火が燃え移ることもなく、僕は無事城の自分の部屋までたどり着いた。


「ここまで来ればとりあえず一安心、すかね」


 扉を閉めて蒋欽が言う。

 城の中は厳重に警備されている。

 

「流石に大丈夫だと思うよ。一旦着替えてもいいかな?」


 衣がびしょびしょなんで流石に寒さを覚え、身体を震わせる。

 と、それを見た蒋欽が、


「風邪でも引かれたら大変っす!俺たち扉の外で護衛してるんで!」


 周泰の背中を押して慌てて部屋から出て行く。

 

「そんなに慌てなくてもすぐには風邪ひかないって」


 言いながら着ていた衣を脱ぎ、置いてあった替えの衣に着替える。

 

「髪までびしょびしょだ。窓でも開けて少し風にでもあたろうかな?」


 言って窓際に寄った時だった。


「きゃーっ!」


 ごくわずか、聞こえるか聞こえないか程の小さな叫び声が窓の外から聞こえた。

 反射的な行動だった。

 だってまさかここから誰か来るなんて思っていなかったから。


「何?」


 窓を開けた瞬間、外の小火の煙が部屋の中に一気に舞い込んでくる。

 発した言葉と共に、その空気を吸い込んでしまった。

 途端に意識がぐらつき、窓の外に人影が現れる。



「心優しい小喬様」


 優し気な声が耳に流れてきた。

 消えかかる意識の中見えたのは、柔和な表情。

 僕に向かって差し伸べられた手。


「囚われの姫を僕が助けてあげるよ」


 声と共に目の前が真っ暗になり、身体が拘束される。

 どうやら頭から袋をかぶせられたようだ。

 そしてそのままその場から連れ去られる。


 何とか逃れようともがいたが、次第に意識が遠のいていく。 

 途切れる意識の中、僕の耳に、微かな鈴の音が鳴り響いていた。



続きは週明けになります。

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