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眼鏡を拭いて、微笑みを  作者: しんた☆
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第1話 白昼夢

高1男子の葵健二は、放課後のバイト先の所長から、趣味で作っているゲームをもらって友人と競っている。そんな葵、ある日学校に行くとなんだかみんなの様子が違って見えた。

え? な、なに? どういうことだ??

徹夜明けでボロボロの葵に、親友佐伯は余裕の表情だ。

     「眼鏡を拭いて、微笑を」


第1章白昼夢


 ある朝教室に入ると、知らない顔ばかりが並んでいた。


「えっ?」


 俺の姿を確認すると、みんなが一斉に凝視してきた。

 え、何? どういうことだ?


 たじろいでいる俺を放置するように、次の瞬間には、何事も無かったかのように回りの連中は動き出した。一時は教室を間違えたかと廊下にでるが、戸口に掛けられたプレートには、間違いなく一の五と書かれている。よく見ると確かに俺のいるクラスだ。見知らぬ顔だと思えたのは気のせいか。みんな何をしてるんだと訝るような顔をしていた。

 考え込んでいると突然声がかかった。


「おはよ、アオケン。なにやってんの?」


 幼馴染の由紀だ。細くて背も低い上、髪もショートカットの由紀は、何もかもがコンパクト。相変らず人を食ったようなでかい態度で俺をからかう。今みたいに俺の名前、葵健二を略して呼ぶのもこいつだけだ。


「べ、別に」


 ふてくされる俺をまるで気にも留めずに好き放題にしゃべり続ける。


「そうそう、昨日はごめんねー。夜中に電話なんかしたら家の人に怒られるかと思ったんだけどさあ。あんたなら起きてると思ったのよ。佐伯君とゲームの事張り合ってるみたいだったしさ。お陰でたすかったわ。数学の村井にだけは目をつけられたくないのよ。宿題忘れた回数まで内申書につけるらしいわよ。ホント、やな奴」


 最後の方は独り言に近かった。冗談じゃない。お前のお陰で、せっかくクリアしかかっていたステージをパアにしたんだぞ。俺は心の中で毒づいた。しかしそれはあくまでも心の中に留めておく。口に出したら、百倍になって帰ってくるのだから。


「葵、起きてるかー? また昨日も徹夜したんだろう。どんなにがんばっても、僕に勝てるわけないって。僕、もう昨日ボスキャラと戦ったしね」



 佐伯とは、入学式の日に佐伯が落としたゲームソフトを拾ってやって以来の仲だ。入学式の日にそんなものを学校に持ってくるっていうのも随分な話だが、奴のゲーム好きは半端じゃない。


 それにしても、本当に寝不足のせいなんだろうか。確かに昨日も徹夜だった。入学以来一度もこいつより早くゲームをクリアできた事がない。だから今回はどうしても佐伯より早くクリアしたかったんだ。しかしもうボスキャラと戦っただって? どう言う事だ。俺はまだ最初の街すらクリア出来なかったのに。まあ、その原因は由紀の電話のせいもあるけど。くやしいから、昨日の夜は教授にもらった恋愛シュミレーションゲームに走ってしまったぜ。

 俺の心の内をあっさりと読み取って、佐伯が俺の肩をたたいて慰めてきた。


「そんなに落ち込むなよー。僕には天才的な才能があるだけなんだ。君が劣ってるわけじゃないさ。それで普通なんだよ」


 痛いところをついてきやがる。銀縁の眼鏡の奥で、聡明そうな瞳が笑っていた。確かにお前は天才的だよ。天才どころか、変人だぜ。攻略本すら読まないで、何処にヒントが隠されているかなんてすぐに見ぬいてしまう。ゲームを楽しむと言うより、ゲームを作った連中の心理状況を推理しながら隠されたアイテムやチェックポイントを見つけだすのが楽しいんだろ? まったく、ついていけるわけがない。


 俺と佐伯がゲームの話で盛りあがり始めた時、始業のベルが鳴りだした。佐伯はもう一度だけ俺の肩をたたくと自分の席に戻っていった。俺は俺で、机に入れっぱなしの教科書を引っ張り出して先生が来るのを待っていた。ベルが最後の一音を鳴らし終え、音波の波が空気を震わした瞬間、俺にはなぜかズワンっと辺りにオレンジ色の光りが広がったように見えた。

 おかしい、これも寝不足による錯覚なのか。それとも、昨日調子が悪くていじりまわしていたゲーム機のモニターを見過ぎて、目が極端に疲れたというのか。どこかまんじりともしない気分になる。そうなると、筆箱の中のシャーペンの芯が妙にとがっていることすら不安な気持ちへと俺を引き寄せてゆく。


 俺の予想に反して、何事も起こらないまま、その日の授業は終わった。佐伯は吹奏楽部に所属しているので、その日は部活に行ってしまった。俺は、なんとなく手持ち無沙汰なまま学校を出た。それにしても、今日の俺はどうかしてる。朝からずっと違和感のようなものがつきまとっているんだ。今だって、これから何をすればいいのか判らない。根なし草にでもなったような気分で、ただ惰性で歩いている。


「あれ? 何で俺…」


 気が付くと俺は、学校の敷地をグルっと回った、グランドのフェンス裏の寂れた小さな公園に来ていた。やっぱり今日はどうかしてる。早く家に帰ろう。


「遅かったのね。約束の時間は3時半だったんだけど…」


 歩き出そうとする俺に、突然声がかかった。


「え? お前、誰?」

「誰って…? 悪い冗談はやめてよ。昨日手伝ってくれるって言ってたのに。。。それとも貴方までつられておかしくなったってわけ?」


 どう言う事だ。俺にはさっぱりわからない。呆然としている俺に、目の前の女子はやっきになって訴えかけている。制服が同じだし、学年章の色も同じだから顔見知りかもしれんが、今の俺にはどうしてもその名前が思いつかなかったのだ。


「悪いけど、思い出せないんだ」


 言いながら通り過ぎようとする俺を、意外なほど強い力で引き戻して、その女子は額が触れるぐらい顔を近づけて確かめるように言った。


「本当に…本当に、わからないの?」


 声がわずかに震えている。ゆるやかに内側にカーブする髪。色が白くて、ふっくらとした頬。黒目がちな大きな瞳には今にも零れ落ちそうな涙が揺れていた。昨日やっていた恋愛シュミレーションゲームが脳内にフィードバックされる。


可愛い…、可愛過ぎる!


俺はその感情から脳みそを通さずに直接行動を起こしていたらしい。


「ねえ、お願い。からかわないで! 昨日は相談に乗ってくれるって言ってたじゃ…。えっ?んん!」


 気が付いたら、名前も思い出せないその女子を抱きしめ、キスをしていた。女子はかすかな抵抗を示していたが、とても本気とは思えない程度の力だった。しかし、はたと我に帰ったその瞬間の隙をついて女子はすばやく俺の腕から逃れ、うろたえたように俺を見つめると、パッと身を翻して公園の横にある神社の方へ消えて行った。

 あ、やらかした。


完全にゲームと現実を混乱させてるよ。俺は、呆然としたまま女子を見送ると、言いようのない深い喪失感に見まわれた。そして、一気に今までの疑問が頭の中を駆け巡る。

 どうして俺は、こんな所に来ていたんだ? あの女子は誰なんだ? 俺とどういう間柄だったんだ? 俺が手伝うって何のことだ? 指定時間って?

 頭を抱えて公園のベンチに座り込んでいると、鋭い視線が体を射した。とっさに頭を上げると、そこには由紀が立っていた。


「ふーん。健二も一応男だったってことか」


 こいつにだけは見られたくない失態だった。


「どう言う意味だよ」

「べつにー。ちょっと見ちゃったから」

「やいてんのか?」

「失礼ねー!」


 由紀はぐっと顔を近づけてむくれて見せた。だけど、その目が俺の瞳の奥をまさぐっているように感じるのは気のせいだろうか。さっきの逆が起こりそうな気がしてドキッとした。


 俺の戸惑いとは裏腹に、由紀は気が済んだ様にぷいっとそっぽを向いた。


「アオケンも気を付けたほうがいいかもね。最近、バカな男子をいい様にもてあそんで、小遣い巻き上げる悪い子が増えてるらしいわよ。あんたぼうっとしてるから、ひっかかりそうだもんね」

「大きなお世話だ!」


 俺は由紀の好き放題の暴言を聞きながら駅に向かって歩き出していた。電車で2駅約11分と、そのあと徒歩14分で自宅に着く。由紀はそこからさらに3分ばかり歩いた所に住んでいた。つまり学校から駅までの8分を加えると32分間の暴言拝聴時間となるのだ。

 由紀と別れて自分の家のカギをあける。


「ただいま」


 言った所で返事は帰ってこない。両親は共稼ぎだし、兄貴は地方の大学に通うため一人暮しをしている。自室に入るとカバンを机の上に放り投げてベッドに倒れ込んだ。どうしたんだろう、俺。なにかがバランスを崩し始めている、そんな焦りだけが俺を急き立てていた。あいつ、だれだったんだろう。どうして俺、あんな事したんだろう。戸惑いと焦りとやわらかいくちびるの感触がよみがえるのとで、頭が爆発しそうだった。

 

 ピーピーっと電子音が響いていた。俺はその小さいが絶対的な音に起き上がった。辺りは暗くなり始めている。そうか、眠ってしまってたんだ。やっぱり寝不足か。佐伯のしたり顔が脳裏を過る。机に向かってパソコンを立ち上げた。


「人物照合完了、室内探知終了」


 抑揚のない声が聞え、すぐに画面が開いた。携帯で電話を受けてもいいのだけれど、最近出まわったソフトでパソコンに繋いでおくとテレビ電話になるしろものを、先週佐伯に送ってもらったのだ。人物照合だのなんだのは、探偵モードの時のせりふなのだ。他にも異星人発見っという宇宙船モードや登録しておいたアイドルに声をかけてもらうアイドルモード、ラーメン屋モードなどというのもあるんだ。モニターには胡散臭いオヤジの顔が左右に引きちぎられそうな状態でドアップになって現れた。


「健二君、どうした。大丈夫か?」

「えっと……お宅、誰?」


 モニターの調子が良くないようだ。画面がぶれて良く見えない。


「健二君! …重症じゃなぁ。ミクから君の様子が変だったと聞いたんだが、どうしたと言うんだ」


 んなこと言われても、画面がちゃんと見えないぞ。俺は寝起きでぼんやりした頭のまま、あれこれ調整してみた。しばらくすると画面が落ちついてきてモニターに立川教授が現れた。


「立川教授!」

「おお、やっと記憶が戻ったか。どうしたんだ、今日はバイトに来られないわけでもあったのか? もしや誰か、あやしい奴と接触したってことはないか? 奴ら、君がわしの研究所に通っていることを嗅ぎつけたんだな。これからは君も気をつけてくれたまえ」

「いや。昨日は、教授との交信を終えてからはそれらしき人物と会っていません」


 教授……、相変らずぶっとんでるなぁ。今日はバイト、休みなのに。


「うーん。奴らも随分巧妙な作戦に出てきたなぁ。とりあえず、さっき君から取り込んだ電子信号の解読に取りかかる。奴らがどんな方法で脳内に侵入しているのかがわからんのだ。充分注意して行動してくれよ。あ、それから。ミクが帰ってから君のことを言ったきり、ずっと閉じこもっているんだ。落ち込んでるって言うか、戸惑ってるって言うか、喜んでるって言うか…。うーん、アイツの心理状態の解読の方が数段難しそうだな。君、何か知らんか?」


 俺は頭から湯気が出そうになった。そうか! あれはミクだったのか。髪を下ろしていたし眼鏡もかけてなかったから全然気付かなかった。うろたえたように俺を見つめた黒目がちな大きな瞳を思いだし、俺は大きなため息をついた。


「いや、気にするな。その内機嫌も直るだろう。それにしても、あれを発見して以来、ずっと私は奴らに監視されているようなんだ。君も充分気をつけてくれよ」

「わかりました」


 ここ数日、教授はずっとこんな調子だった。ある団体から自分の研究データを狙われていると思い込んだ発言が続いているかと思うと、次の日には誰かに陥れられるとおびえてみたりするのだ。教授は一体どうなってしまわれれるんだろう。


 俺が回線を切るのと同時に、階下でカギの開く音がした。


「ただいまー。健二、いま家の前で由紀ちゃんに会ったんだけど、これ、渡してくれって頼まれちゃった。何なの、これ?」


 階段の下から母さんが叫んでいた。俺が部屋から出てくるのを見つけると、ピクリと眉をあげて手に持っているピンク色の紙袋をちらつかせた。母さんの言う事ぐらいわかっている。あんたも隅におけないわねえ、だ。


「あんたも隅におけないわねえ」


 ほーらきた。


「くだらない事言ってないで、早くご飯作ってよ。お腹ペコペコなんだ」

「はいはい。すぐ作るわよ」


 母さんはなんだか嬉しそうに奥の部屋に着替えに行った。由紀になにか言われたのかな。俺はさっさと自分の部屋に戻ると、袋の中を改めた。

 由紀は、女らしいと言う言葉が似合うタイプではない。言いたい事をしっかり言い、自分のやりたい事は黙々とする。あんまり女同士でべたべたしている所も見たことはないし、どちらかと言うと自立した奴って印象だ。それは小さい頃からずっと変わら無い。中学時代の3年間、親の仕事の都合で、外国で過ごしたらしいが、去年帰国して久し振りに再会した由紀は、面白いぐらい変わっていなかった。

 しかし、それにしてはこのピンクの袋は少女趣味が過ぎるんじゃないか? 俺は、なんとなく居心地の悪い感覚をもってその袋をのぞき込んだ。中にはCD‐Rが一枚入っていた。添えられたカードには、見なれた由紀の走り書きがあった。

《昨日はThank you! これ、最新の洋楽トップ10のプロモが入ってるんだ。結構いい曲があるよ。聞いてみない? それで、相談なんだけど……》

 珍しいなあ。アイツ洋楽なんか聞いたっけ? 俺は昔から好きだけど。相談の部分はちょっとかんべん願うしかなさそうだ。俺には荷が重過ぎる。


 CD‐Rの音楽を楽しんでいると母さんが声をかけてきた。やっと出来たか。部屋のドアを開けるととたんにカレーの匂いが飛び込んできて思わずお腹がなりだした。


「健二、立川先生はお元気?」

「ああ、元気だよ。お変り!」


 母さんは、俺の皿を受け取りながら、考え事に余念がない。


「そう……もうすぐまた真理絵の命日ね。立川先生、今年もまたお食事会なさるのかしら」

「真理絵さんって、ミクのお袋さんだよね、四年前に亡くなった」

「そうよ。ミクちゃんはあんたと同じ歳だったわね。じゃあ、まだ六年生だったんだわ! さぞショックだったでしょうにねえ」

「ショックって? 母さん! 早くカレー渡してよー」


 話の内容が気にならないわけじゃないけど、だまってたら俺のカレーが冷めてしまいそうだ。


「ああ、はいどうぞ。あら、あんたもう忘れてるの? ミクちゃんのお母さん、ミクちゃんの目の前で倒れて亡くなったのよ。突然の出来事だったわ」


 俺は少なからずショックを受けた。アイツ、そんな事があったんだ。

 俺がミクと出会ったのは、俺の記憶では、立川教授の研究所でだった。俺が研究所のデータ入力のバイトで通っている内に、ミクが遊びに来るようになったのだ。最も、母さんに言わせると、俺達はもっと幼い頃、母親同志が仲良くしていたので一緒に遊園地に行ったり食事に付き合わされたりしていたらしいが、俺の記憶にはまったく残っていなかった。

 俺がどうして立川教授のバイトに行くかと言うと、立川教授はゲームを作るのが趣味で、出来あがったRPGなんかをやらせてくれるのだ。バイト代はほとんど貯金しているけど、それでも立川教授のゲームは充分に趣味の域を越えていて、それだけでもデータ入力の報酬には充分だった。


 ところで、母さんの話によると、ミクのお袋さんはちょっと不審な亡くなり方だったようだ。倒れたのは台所だったが、解剖の結果、後頭部に何かで殴られたような陥没が見られたらしい。その時家に居合わせたのは、学校から帰ってきたばかりの小学6年生のミクただ一人だったのだ。台所には後頭部の陥没と一致するようなものはなく、当時、警察も随分ミクから事情を聞いていたらしい。


 翌年から、教授は奥さんの命日には奥さんに縁のある人達を招待して、奥さんを偲ぶ食事会を開いているそうだ。


「立川先生もきっと真理絵の死に不審感を抱いているんだわ。だから彼女に縁のある人を招待して、一人ずつ当たりをつけて確かめているのよ。だって変だと思わない? 家を荒らされた跡もなかったらしいしただの事故にしては頭の陥没と一致するものがないなんて」

「変? ん? ああ! そうだった!」

「な、なによ急に。ビックリするでしょう」


 俺はやっと昼間の疑問がひとつ解消されてホっとした。そうだった。最近教授が、電子生命体が存在することを発見したと大騒ぎして、おまけにそれが狙われてるなんて恐れてるんで変だよねって、ミクに話してたんだった。それで、彼女も気になる所があるから一緒に調べて欲しいって言ってきたんだった。今日の放課後、あの公園で約束してたんだ。だから、自然にあの公園に足が向いたのか。

 一人で納得していると、声のトーンを変えた母さんから攻撃がきた。

「健二、あなた昨日随分遅くまで起きてたでしょ。ゲームばっかりしてないで、きちんと睡眠も取らないとだめよ!」

「えっ。母さん、知ってたの?」

「当たり前でしょ。カーテンも閉めないでやってるから、夜中にトイレに行った時、庭が明るくてびっくりしたわ。今日は早目に休みなさい」


 しまった。忘れてた。今度からはちゃんと雨戸もしめよう。


 ベッドに入ったら、あっというまに眠ってしまった。やっぱり寝不足だったのか。

 明け方、俺は夢を見た。まだ幼い俺と女の子が手をつないで走っていた。観覧車に乗ろうとしているようだった。


「ママー。早く早くー!」


 懐かしい声がしている。振り向くといつもよりずっと若い母さんと凄く綺麗なお姉さんが追いかけてきていた。


「ほんとにミクは観覧車が好きね。はい、チケット。二人で大丈夫?」

「大丈夫、僕が一緒だもん」


 綺麗なお姉さんは、どうやら女の子のお袋さんらしい。俺はちょっと見とれながらそう返した。女の子はうれしそうに俺を見て頷いている。


 俺達はチケットを係員に渡して赤い屋根の小さな箱に乗り込んだ。母さん達はそんな俺達を笑顔で見送っていた。少しずつ上がって行く観覧車。遊園地がどんどん遠のいていく。

女の子は遠くまで見渡せると大はしゃぎだった。俺は下で待っているはずの母さん達を見下ろした。下には確かに母さんの姿があった。しかし、女の子のお袋さんがいない。


『あれ……』


 子供心に不思議に思い、辺りを見渡していた。そして、観覧車のずっと向こうで若い男と対峙している女の子のお袋さんの姿を見つけた。どうみても言い争っているとしか思えない。俺はなぜか見ては行けないモノを見てしまったような気がして、慌てて目をそらせた。

 観覧車は一番高い位置に来ていた。上空を渡る突風が、窓を全開にした観覧車の室内を吹きぬける。女の子は髪をなびかせて気持ちいいを連発していたが、俺は不気味なその風に煽られて、一層不安な気分に陥っていた。


「どうしたの? 気持ち悪いの?」


 女の子が俺の異変に気付いて顔を覗き込む。


「大丈夫だよ。なんでもないよ」

「あーっ! 本当は怖かったんでしょー」


 ごまかす俺に、女の子はいたずらっ子の表情で突ついて来た。

 観覧車が地面に近づくと、母さんが出口のところまで迎えに来てくれた。


「あれ? ママは?」

「今、おトイレに行くって。そこのお店でアイスクリーム食べて待ってようか?」

「うん!」


 母さんの提案で、女の子はすぐに不安を拭い去ったようだった。

 アイスクリームは思った以上に冷たかった。額まで冷たくなる…。ん?

 目が覚めると、母さんが俺の額に手を当てていた。


「どうかしたの? 随分うなされてたわよ」

「なんでもないよ。変な夢みただけだ」


 母さんは、なんだとばかりにちょっと肩をあげて部屋を出ていった。


「早く降りてきなさい」


 俺は母さんの閉めたドアに向かって生返事をして起きあがった。朝の光りが気持いい。昨日はやっぱりおかしかったんだ。制服に着替えながら、俺はそんな風に納得してしまった。



うん、懐かしい。

うちの息子にもよく言ってました。「ゲームは1時間だけよ!」とかね。

さて、ここからはゲームじゃ終わらない展開が始まります!

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