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2.その華は枯れず、永久に愛でられる(2)


 気づくと誰かが倉庫にやってきた。手燭を持っている。その灯りに照らされて見えるは懐かしき姿だった。


「……白嬢(はくじょう)

「あんた、相変わらず汚いのね」


 紅妍を見下ろし、白嬢は疎ましそうに言う。

 血をわけた姉であるが、白嬢は紅妍のことをそのように思っていないのだろう。床に転がされた紅妍に顔をしかめた後、遠くに置かれていた紅妍の荷に近寄る。

 金子などは婆が持って行ったはずだ。残るは文や簪しかないはず。何をするのかと目で追っていれば、荷の袋をかきわけながら白嬢が言う。


「大都に行ったんでしょう? 何かよいものを持っているのではなくて」


 紅妍の所持品は白嬢のものだと言わんばかりの行動である。そしてついに、百合の紋様が刻まれた簪を手に取った。


「まあ。なんて美しいの。珍しい白玉を使ってる」

「それは――!」

「どうしてこれをあんたが持っているのかしら。簪なんてつける必要がないでしょうに」


 紅妍は奥歯を噛みしめる。その簪だけはだめだ。それは秀礼からもらった大切なものである。


「それだけは取らないで」

「あら。どうしてあんたがわたしに命令できるのよ」

「お願いします。それだけは、どうか」


 しかし紅妍の懇願虚しく、白嬢はそれを気に入ったらしい。慣れた手つきで髪に挿す。


「あんたには勿体ないから、わたしが使ってあげる」

「だめ、それだけはだめ!」

「うるさいわね」


 黙らぬ紅妍に苛立ったらしい白嬢がこちらに寄る。そして抵抗できぬ紅妍の腹部を蹴り上げた。


「ぐ……」

「あんたに簪なんて似合わないわよ。忌み子のくせに」


 白嬢はその場に身を屈める。苦しそうに顔を歪めながら地を這う紅妍が面白かったようだ。わざわざ手燭を近づけて確認している。


「わたしね、大都に行きたいのよ。何でも新しい帝が即位されたんですって。若くて素敵な帝と噂になっているのよ」

「……っ」

「これから妃を集めるのでしょうね。ねえ紅妍、この簪美しいと思わない? きっとわたしによく似合う。これならわたしが大都に行っても、帝に見初められるに違いない。わたしは華仙一族で一番の美しさだって祖母様が言うぐらいだもの。わたしが大都に行っていれば、あんたよりもたくさんの金子を手に入れたことでしょうね。こうやって捨てられて、里に戻ってくることもなかった」


 紅妍は白嬢を見上げて睨む。姉にそのような態度をとったのはこれが初めてだった。

 それが気に入らなかったのだろう。白嬢は紅妍の髪を掴みあげた後、床に押しつける。


「汚い。本当に汚い。あんたなんて、さっさと売られてしまえばいい」

「……簪を返して」

「しつこいわねえ。ああ、さっさと殺さなかったのかしら。売って金子にするよりも、早く殺してしまえばよいのに」


 手が動くのなら、簪へと伸ばしている。けれどそれができない。

 去って行く白嬢の背を忌々しく見つめる。紅妍はもう一度叫んだが、白嬢は振り返らず、そして扉が閉まった。



 眠りについていたのだと思う。目が覚めると陽がのぼっていた。真っ暗な倉庫も陽が入りこんでかすかに明るい。

 宮城や道中で健康的な生活を送ってしまったからか腹が減った。昔は空腹など慣れていたのに、宮城での生活は紅妍を変えてしまった。


(……戻りたい)


 許されるのならば、あの時間に戻りたい。冬花宮に住み、秀礼らと共にいた時間に戻りたい。できないことを示すように、頬についた床は冷えている。

 そこで、外が騒がしいことに気づいた。騒ぎに気づき、紅妍は耳を澄ませる。


「使者だ。大都の使者がやってきた」


 里の男が騒いでいる。ばたばたと駆け回る音が聞こえたので、長や婆を呼びに行ったのだろう。


(なぜ大都からの使者が)


 疑問に思うも確かめる術はない。

 どうにかして縄を解けないかと考えていた時、扉が開いた。光が差し込み、その姿を映す。白嬢だ。頭にはあの簪を挿している。


「ねえ、聞いたかしら。大都から使者がくるらしいわよ」


 白嬢は嫌味たっぷりにそう告げる。いちはやく使者の到着を聞いて支度していたのだろう。いつもより良い襦裙を着ている。


「きっと帝が妃を探しにきたのよ。ねえ、この簪、似合うかしら」

「……返して」


 同じことしか繰り返さない紅妍に、白嬢は苛立って木箱を蹴り上げた。がた、と大きな音が響く。


「うるさいわねえ! とにかくあんたはそこにいなさい。今度はわたしが、大都の使者に会うのよ。今度はわたしを連れて行ってもらうの。たくさんの金子に簪、素敵な衣も与えられるのでしょう!」


 どうやら白嬢は、里に戻ってきた紅妍の姿から大都がよいところであると思い込んでいるようだ。仮に彼女が大都に行ったところで、華仙の力が弱いため鬼霊を祓うことはできない。紅妍が大都に連れて行かれた理由を知らないので、都合のよい夢を抱いているのだ。

 白嬢は紅妍を倉庫の奥へと引きずり、その後に出て行った。扉が閉まる。

 紅妍は息をひそめて喧騒に耳を傾けていた。

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