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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
5章 呪詛、虚ろ花(後)
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2.黄金の剣と華仙女(4)


「……我は、もう、よい。この苦しみを、解いてほしい」


 辛皇后が呟く。生気を欠いて濁った虚ろな瞳が紅妍を捉える。

 紅妍は頷き、辛皇后の前に立った。


「あなたを浄土に送ります」


 手には白百合。片手には媒介となるものを乗せるのが慣例だが、今回は何もない。しかし大丈夫と根拠のない自信があった。辛皇后が穏やかな顔をしている気がしたから、そう思っただけだ。

 瞳を閉じ、集中する。そして唇を使わず、意識で辛皇后に語りかける。


(わたしは、あなたを浄土に送る)


 媒介はない。だからか辛皇后の身が煙となって花の中に溶けていくのには時間がかかる。虚ろ花を祓う時と同じように、体が軋んだ。


(あなたを狂わせた妬みや痛みから、解き放たれますよう)


 白百合にも語りかける。力を貸してほしい。その身に辛皇后の魂を宿し、浄土まで連れて行ってほしい。

 額に汗が浮かぶ。やはり媒介なく、呪詛が絡んだ祓いは難航する。苦しみに顔を歪めた時、紅妍の肩に温かなものが触れた。


「私がいる。だから、頼む」


 秀礼だ。秀礼がそばにいる。

 そのことが紅妍に力を与えた。先ほどまで身を襲っていた呪詛の痛みもわからなくなっていく。


 辛皇后の体がするすると煙になり、白百合の中に吸いこまれていく。辛皇后は穏やかに微笑むのを最後に、完全な煙となって消えた。

 紅妍は瞳を開いた。力がわく。秀礼が共にいるから、この花渡しは成功する。


「花と共に、渡れ」


 白百合を天に掲げた。

 白百合は煙となって風に巻き上げられる。風は白百合を浄土まで運ぶのだろう。白百合も、辛皇后も苦しんでいない。穏やかな風だ。

 煙が完全に消え、その風が止んでも、紅妍は空を見上げていた。秀礼もまた空を見上げている。


「辛皇后は浄土に渡ったのか?」


 秀礼が言った。紅妍は頷く。


「はい。鬼霊の苦しみから解き放たれるでしょう」

「そうか……許すことは難しいが、解き放たれたのなら、それでよい」


 瓊花の鬼霊となった辛皇后の花渡しは終わった。だがまだもうひとつの呪詛が残っている。

 紅妍は黒の木香茨を取り出した。


「これが帝が施した呪詛か?」

「はい。帝が辛皇后にかけた呪詛でしょう。これを解き放てば、呪詛の代償として光乾殿を覆う邪気も消えるかと」


 だからもう一度、これを花渡ししなければならない。

 櫻春宮で虚ろ花を祓った時を思い出す。その時は役目を終えて空っぽになった黒百合だったが、それでさえ体力をひどく消耗したのだ。いまだ代償を求めて光乾殿を呪う木香茨を祓うのにどれだけの体力を労するだろう。

 てのひらに乗せた木香茨を見やる。覚悟を決めて瞳を閉じようとした時、紅妍の手を支えるように秀礼が手を重ねた。


「私も、共にいる。お前が倒れたとしても私が守る」


 優しい言葉に顔がほころぶ。紅妍は力強く頷いて、瞳を閉じた。


 煙が、のぼる。

 それを風が運んでいく。爽やかで、優しい風である。

 光乾殿を覆っていた禍々しい気は消えた。木香茨の呪詛から解き放たれたのだ。


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