1.虚ろ花が呪うもの(2)
翌日。紅妍は震礼宮に向かった。先だって訪問の旨は伝えている。冬花宮を出て、高塀の通路を歩くのだが、またしても誰かが後をつけているらしい。
(よくも飽きずに尾行する)
外にでるたび何度も追いかけられてるようでよい心地はしない。今回も鬼霊でないことはわかっている。そろそろ捕まえた方がいいのかもしれないが、秀礼に相談してからの方がいいだろう。向かうのは震礼宮だからちょうどいい。紅妍は尾行者に気づかぬふりをして、そのまま目的地へ進んだ。
震礼宮では秀礼と清益が待っていた。紅妍が部屋に入るなり、秀礼が声をかける。
「無理はしていないか?」
「はい。すっかり良くなりました」
「そうか……よかった」
秀礼には心配をかけてしまった。紅妍が普段通りにしていることに安堵したらしく表情は穏やかなものになった。紅妍は椅子に腰掛ける。まずはここ数日の報告だ。
「現在、ふたつの呪詛が絡んでいると思われます。ひとつは櫻春宮に咲いていた百合の呪詛。もうひとつは木香茨の呪詛です」
「櫻春宮か……そこに咲いていたとなればいやな噂がでそうだな」
秀礼は物憂げに言って、顎に手を添える。実際にいやな噂は出ているのだが、璋貴妃の子である秀礼の耳には届いていなかったのだろう。それも含めて伝えた方がいいと紅妍は判断した。
「不気味な虚ろ花が咲いていたので噂はあったことでしょう。ですが、百合の呪詛を仕掛けたのは璋貴妃ではありません」
「誰が呪詛を仕掛けたのか、見当はついているのか?」
これは坤母宮の花詠みで得ている。秀礼や清益らは息を呑んで紅妍の返答を待っているようだった。みなの顔を見渡した後に告げる。
「呪詛を仕掛けたのは辛皇后です――坤母宮で花詠みをし、百合の呪詛を仕掛けている場面を見ました。その花詠みの最中、鬼霊に介入され襲われました。瓊花の鬼霊です」
淡々と報告する紅妍に対し、秀礼はわかりやすいほど表情を変えていた。
「瓊花の鬼霊とは、櫻春宮でお前に襲いかかろうとしていた鬼霊だろう?」
「はい。あの鬼霊に介入されました。鬼霊となっても言葉を発することができるほど自我を保っている。つまりそれだけ、強い怨があるということです」
「それの正体がわかればいいのだが」
いまになれば鬼霊が挿していた簪や襦裙といったものが結びつく。面布をつけて顔はわからずとも背格好は同じだ。だから、確信を持って告げる。
「瓊花の鬼霊も、辛皇后です」
紅妍のひと言に、みながしんと静まり返った。清益や藍玉らも微笑んではいるが冷えた笑みである。秋芳宮宮女を殺し、二度も紅妍に襲いかかった鬼霊が、まさか皇后だとは想像もしていなかったのだろう。
秀礼が顔をあげる。その瞳には辛皇后への侮蔑が混ざっているようだった。
「百合の呪詛を仕掛け、死してなお鬼霊となり後宮を狂わせるか……いやな女だ」
「辛皇后が仕掛けた百合の呪詛は誰を呪ったものなのか、それはまだわかりません」
実のところは、薄々気づいている。しかし確証が得られぬためそれを口にはしなかった。紅妍だけでなく秀礼も、なぜ紅妍が語らなかったのか察しているだろう。
(坤母宮の百合を摘んで始まった呪詛。その黒百合が櫻春宮に咲いていたということは――呪われたのは璋貴妃)
璋貴妃は辛皇后がかけた呪詛によって亡くなったのだろう。その代償として辛皇后は指を失ったはずだ。だから、瓊花の鬼霊の指には小さい黒百合が無数に咲いていた。呪術師が告げた通り、黒花が代償を覆ったのだ。
そこで清益が一歩前にでた。気になることがあるのだろう。
「これで百合の呪詛はわかりました。ですが、この呪詛が帝に関与しているとは思えません。帝がおられる光乾殿には呪詛と鬼霊のふたつが絡んでいるはずでしょう?」
「はい。光乾殿に満ちる悪気、呪詛はおそらく木香茨の呪詛だと思います」
「それも花詠みで得たことか?」
「光乾殿の庭に咲いた木香茨から教えてもらいました。ですがこの呪詛は――」
これ以上を語ってよいのか戸惑い、紅妍はうつむく。予想があっているのならば、この呪詛を解いていいのか紅妍自身わからないのだ。
(瓊花の鬼霊は指に黒百合を、胸に黒い瓊花を抱えていた)
どちらも、黒である。鬼霊の紅花は、呪詛が関わる場合は黒花になるのだろう。辛皇后の指に黒百合が咲いていたことは呪詛の代償だとわかる。では、胸の黒い瓊花はどうなる。
(辛皇后は、殺されたのかもしれない)
紅妍は顔をあげた。それを確かめるために、もう一度坤母宮に行く必要がある。もしも辛皇后が呪詛をかけられて殺されたのなら、庭のどこかに黒い木香茨が咲いているはずだ。
「木香茨の呪詛について確かめるため、もう一度坤母宮に行きます」
紅妍が告げる。これにすかさず反応したのが秀礼だった。
「坤母宮に行けば、また辛皇后に襲われるかもしれないぞ」
「かまいません。予想通り、そこに虚ろ花があるのなら祓いたい」
理に背いて存在し続けることは辛いだろう。呪詛の元となった木香茨も解放してあげたいと考えていた。
「わたしの予想が合っているのならば、坤母宮でそれを祓えば、光乾殿を満たす悪気が和らぐかもしれません」
「……坤母宮が光乾殿を苦しめているかもしれないということか」
秀礼はしばしうつむいて考える。その後、顔をあげて清益に告げた。
「私も行こう。いつ瓊花の鬼霊が現れるかわからない。宝剣を持つ私なら戦力になれるはずだ」
清益はこれを快く思っていないようだった。引き止める隙を探るように秀礼の方を眺めている。しかしついに折れたのか「わかりました。支度しましょう」と深くため息をついた。




