3.深き蒼緑の宮にて(3)
少しずつ辛皇后の姿が変わっていく。気づけば、辛皇后は瓊花を縫い付けた面布を付けていた。もうその顔は見えていない。指には小さな黒百合が無数に咲き、その隙間から爪が長く伸びる。肌は土気色をし、胸には黒く塗られた瓊花が咲いている。
血のにおいがした。これは鬼霊だ。
「華妃よ」
鬼霊と成った辛皇后が百合を摘む。これは花詠みではない。花詠みは妨げられ、瓊花の鬼霊に介入されているのだ。紅妍は百合と同化したままである。されるがまま持ち上げられ、鬼霊の眼前に晒された。
「じゃまをするな。このうらみは消えぬ」
爪が食い込む。身が強く締め上げられ、内側からじりじりと焼き尽くされていくようだ。あまりの痛みに紅妍は悲鳴をあげていた。だが紅妍の視界には鬼霊しかいない。周囲は色あせている。誰も人の気配がしない。
「このうらみは、かえさなければ、きがすまぬ」
その言葉と共に鬼霊が百合を握りつぶす。紅妍も激痛に襲われた。骨がきしんで、痛む。
鬼霊が手から百合を落とし、地に落ちていく。花詠みを中断され、百合に溶けたままの紅妍も、身が落下していくのを感じた。
(鬼霊が介入するなんて知らなかった……それに、この鬼霊は自我がある)
言葉を発するということは強い自我を持つ鬼霊。強い目的を持ってこの世にすがりついているのだ。瓊花の鬼霊――辛皇后はそれほどに何かを恨んでいるのか。
この花詠みから抜け出さなければと思うも、うまく動けない。視界は黒に落ちていく。
いまにも落ちそうな意識が最後に捉えるは百合の茂み。
そして、その奥に、咲くもの。
(ここにも……黒い花がある)
その不自然な場所に、どんよりと黒い色を放つ木香茨があった。木があるのではない。木香茨の小枝が急に土から伸びている。自然の理を曲げて存在しているのだと一目でわかった。
虚ろ花だ。呪詛に使われた木香茨がここにある。それはつまり――考えようとした時、ついに紅妍の意識が落ちた。




