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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
4章 呪詛、虚ろ花(前)
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3.深き蒼緑の宮にて(2)



 嵐が去った後、紅妍は動いた。藍玉に行き先を伝える。


「坤母宮に行く」

「辛皇后が使っていた宮ですね。辛皇后が亡くなった後は使われていないと聞いています。そこに何の用が?」

「呪詛に関する手がかりがあるかもしれない。それを調べたい」


 藍玉は「わかりました」と頷いた。しかしまだ動こうとしない。何事かと待っていると藍玉が告げた。


「秀礼様にもご連絡を入れた方がよいのでは? 先のこともありますから心配されるでしょう」

「……それは、」


 確かに倒れて翌日に出歩いたとなれば心配をかけるだろう。昨日の礼もある。


「文を出す。それが届く頃には坤母宮での事も終わっているはずだ」


 昨日の礼と、夜半に現れた鬼霊。あと白百合の花詠みについてを知らせておこうと考えた。他の者からの目もある。秀礼に坤母宮の動向を頼めばまた目立つことだろう。特に琳琳と会った後であるから気が重たい。




 その色は、木々が鬱蒼と茂った山を思い出す。森林の奥にいるような心地になる深い蒼緑だ。


(これが、坤母宮)


 門の前に立って見上げれば、花詠みで見たものと同じ場所である。人がいないからか庭は手入れをされず、閑散としている。陰鬱とした気が流れていた。


「……華妃様、あの」


 藍玉がおずおずと歩み出て耳打ちをした。視線は少し離れた、通路の角に向けられている。

 その気配については紅妍も察していた。誰かがつけてきている。しかし血のにおいはしていないので鬼霊ではない。おそらく生者だ。


「放っておこう」


 紅妍はそう告げて、坤母宮の門をくぐる。


 一歩踏み出せば、そこに漂ういやな気が足に絡みついた。どんよりと重たく、粘ついた気だ。聡い者でなければ気づかないのだろう。藍玉や宮女たちは特に気にしていない様子である。

 その気は光乾殿のものと似ていた。身が重たくなり、胸を潰すような悪気。長く留まっていれば患ってしまいそうなほどである。


(藍玉たちに影響がでる前に、早く事を終わらせなければ)


 紅妍は庭に向かう。伸びた草を避けながら歩くと、白百合の茂みが見えた。そばには花詠みで見た渡り廊下も見えている。百合の鬼霊が持ってきた白百合はここで摘んだものだろう。


(だとするなら、ここで呪詛を施したはず)


 あの妃が誰であったのかはわからない。もう一度ここにある花を詠めばわかるかもしれない。

 紅妍は白百合の茂みに寄る。昨晩花詠みをした百合とは違う位置で、呪術師が摘んだ百合と同じ茂みである。ここの記憶を詠めば、妃の顔がわかるかもしれない。


「華妃様……」


 後ろに控える藍玉が不安げな声をあげた。紅妍は百合を一輪摘んだ後、藍玉に微笑む。


「心配しなくていい。わたしは、この花詠みを聞くだけだから」

「どうか、無理されませんよう」


 紅妍は頷き、百合に向き直る。瞳を閉じ、手に乗せた白百合に意識を傾ける。

 昨日は百合の心がよく開いていた。しかしこの百合は違う。頑なで、何かを畏れているようにも感じる。


(あなたが視てきたものを、教えてほしい)


 少しずつ解いていくように。いやな汗がじわりと浮かんだ。それでも花詠みを止めない。


 花が持つ記憶の糸は数多で、そこから欲しいものを探す。感覚を研ぎ澄ませ、絹糸のように細く千切れそうなものから選び抜く。紅妍の手が、それを掴んだ。

 白百合は詠みあげる。広がるその景色を、華仙術師は聞くのみ。



『ならば構わん。やれ』


 その言葉は妃らしき者が言った。呪術師が白百合を摘む。

 昨日見た花詠みと同じ場面だろう。しかし今回は別の位置に咲く白百合を詠んでいる。呪術師の面布に書かれた墨字も、妃の顔もよく見えた。

 呪術師は木箱に花を収めながら告げる。


『この呪詛は強いものです。必ずや願いを叶えてくれるでしょう』


 木箱に札を貼る。それは見ているだけで禍々しさの伝わる札だ。いずれそれは溶けて、木箱の中にある百合を黒く染め上げるのだろう。


『しかし代償として何かを失います。おそらくは指かと』

『十本もあるのだから一本ぐらい欠いたとて構わん』

『……であれば良いのですが』


 呪術師の語りから察するに、代償として失う指は一本だけではないのだろう。それを妃は気づいていないようだった。


『呪詛は黒花となり呪い殺します。呪詛返しも然り。願望成就の暁には、黒花がその指を覆うでしょう』

 呪術師は顔をあげた。妃を見上げている。妃もまた冷えた瞳で呪術師を見下ろしていた。

『このことは口外せぬようにな』

『わかっておりますとも――《《辛皇后》》』


 その名に、紅妍がたじろいだ。集中が乱れ、花詠みの景色も揺らいでいる。


 すると、辛皇后がこちらを向いた。百合ではなく、百合を通じてこちらを見ている紅妍に気づいているような素振りである。

 おかしい。花詠みで見るのは過去である。過去の存在がこちらに気づくことはない。だというのに辛皇后は茂みをかきわけてこちらに手を伸ばす。


(な、なぜ――)

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