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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
4章 呪詛、虚ろ花(前)
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3.深き蒼緑の宮にて(1)

 秋芳(しゅうほう)(きゅう)宮女を呪い殺し、紅妍(こうけん)に襲いかかった瓊花(たまばな)の鬼霊。櫻春(おうしゅん)(きゅう)に咲いていた黒百合の虚ろ花。光乾(こうけん)殿(でん)に通う、百合の鬼霊。

 考えることはたくさんある。紅妍が物憂げに息を吐くと、茶を運んできた藍玉がそれに気づいた。


「体調が優れませんか?」

「それは大丈夫。考えることが多すぎるだけだから」


 昨晩の鬼霊が残した白百合は何を伝えたかったのか。その疑問が紅妍の頭で渦巻いている。


 どこかの宮で行われた呪詛。誰を呪ったのかまではわからなかった。そこで用いられたのは百合だった。櫻春宮に咲いていた黒百合だとするのならつじつまが合う。


 しかし気になるのは光乾殿で木香茨(もっこうばら)から花詠みをした時のことだ。あれは木香茨を用いて呪詛を仕掛けようとしていた。百合とは異なる呪詛である。

 木香茨の花詠みでは、呪詛を仕掛ける場面に帝がいた。木香茨を摘んでいたのが呪術師だとするなら、帝は呪詛に関与しているかもしれない。


(帝を苦しめている呪詛はどちらだろう。そして、黒百合が櫻春宮に咲いていた理由も……)


 櫻春宮は(えい)秀礼(しゅうれい)を産んだ(しょう)貴妃(きひ)に与えられていた宮である。その璋貴妃が呪詛を仕掛けたと噂されているらしい。確かに櫻春宮に黒百合が咲いていたのでそれは考えられる。


 そこまでを考え終え、紅妍は額を押さえた。様々な謎が複雑に絡み合っている。どこから手をつけていいのか悩ましい。


(まずは、あの宮を探してみるか)


 それは白百合の花詠みで出てきた森のように濃く深い蒼緑の宮である。妃らしき人物が呪術師に依頼して呪詛を仕掛けていた。百合の呪詛はそこから始まっている。

 藍玉に訊いてみるかと顔をあげた時、扉が開いた。霹児は紅妍に向けて揖した後、藍玉に告げる。


「あの……(しん)琳琳(りんりん)様がいらしております」


 その名に、珍しく藍玉が顔を歪めた。清益ほどではないが藍玉も常に微笑みを浮かべている。どちらも腹の黒さを表にださないのである。それが今回は、これほどはっきりと嫌悪を示している。


「華妃様? どうしました、わたしの顔を覗きこんで」

「いや……珍しい顔をするものだと思って」

「まあ。わたしは伯父上とは違いますもの。いつも微笑んでいるわけではございません」


 それはどうだろう、と心のうちで呟く。それを声に出せば藍玉にやんわりと叱られてしまいそうだ。


「琳琳様はどうなさいます? 昨日のこともありますから断っても構いませんよ」


 藍玉に問われ、考える。琳琳は厄介な相手であって、紅妍が苦手としていることを藍玉や霹児も察しているようだ。逃げ道を用意したのは紅妍を慮ってのことだろう。

 だが、紅妍は違った。今日に関しては好都合かもしれない。


「通してほしい。琳琳と少し話をしたい」


 藍玉はわずかに顔をしかめた後、普段の穏やかな微笑みを浮かべる。そういった切り替えのうまさは清益にそっくりだった。



 まもなくして琳琳がやってきた。


「華妃様、お加減はいかがです?」

「大丈夫です。よく、その話を知っていますね」

「噂されていましたのよ。鬼霊の妃様が鬼霊に襲われて倒れるなんて面白いでしょう? 秀礼様が近くにいなかったらいまごろ大変なことになっていましたわね」


 誇張されている気もするが大筋は当たっている。昨日のことだというのに詳しいものだと紅妍は舌を巻いた。


「黒百合を祓い、鬼霊に襲われるなんて。華妃様の行くところにはいつも鬼霊が出ますのね。まるで華妃様が鬼霊を呼んでいるみたい」


 まるで細部まで見ていたかのような語りである。人の噂にしては些か詳しすぎる気もするが、あえて触れず、紅妍は自らの目的へと話を誘導していく。


「さすが後宮の事情にはわたしよりも詳しいようで」

「ええ。これから妃になるのですから、詳しくならなければ」

「ではきっと、わたしにはわからないものも知っているのでしょう――森のように深く濃い蒼緑の宮も、あなたならすぐに思い当たるのでしょうね」

「あら、そんなの簡単よ。坤母(こんぼ)(きゅう)ですわ」


 琳琳を持ち上げながら聞けば、あっさりとその唇が答える。


「坤母宮ならわたしの叔母、辛皇后が使っていた宮ですの。何度も通ったから覚えていますわ。そんなことも知らないなんて華妃様は本当に疎いのね。でも坤母宮を探すなんて何かありましたの?」


 嫌味はともかく一歩前進したことはありがたい。


(坤母宮に行ってみよう)


 琳琳が去ったらすぐにでも支度をして向かおうと考え、以降は琳琳の対応に苦慮した。

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