5.悲劇を詠む杜鵑花(5)
冬花宮までの道のりを秀礼と共に歩く。清益は二人の少し前を歩いている。後ろには秀礼が連れてきた武官がいるが、二人に気遣ったのか距離を開けていた。
「花渡しというのは、何度見ても優しすぎる術だな」
秀礼がそう呟いた。紅妍は顔をあげて秀礼の方を見やる。
「あれを用いて、お前には何の負荷もないのか?」
「はい。特には――現世への念が強いものだったら苦労しますが、今回のように心を開いた鬼霊であれば苦になりません」
「……そうか。これとは違うのだな」
秀礼はうつむき、宝剣の柄に触れる。
「宝剣で鬼霊を斬り祓う時、手に血のかおりが染みつく。他の者には聞こえないそうだが、私には鬼霊の悲鳴が聞こえる」
悲鳴をあげるということは痛んでいるということ。紅妍は宝剣のことを快く思っていない。あれは二度殺すようなものである。これを用いた祓いは鬼霊を苦しめる。
「歴代の帝は宝剣を振るったが、振るえば振るうほど、斬り祓った鬼霊に悩まされていくらしい。確かにあの悲鳴を何度も聞いては、気が触れるかもしれないな」
秀礼は苦笑する。その表情からはわからないが、彼自身もあの悲鳴に悩まされたのだろう。
「もしもお前があの悲鳴を聞くのなら――止めようと思った」
ぽつりと、こぼれ落ちる。秀礼は宝剣の柄から手を離し、まっすぐ前を見つめていた。
紅妍も同じく前を向く。秀礼が見ているものと同じものを、見たいと思った。
「わたしは華仙術で悲鳴を聞いたことがありません。だから大丈夫です」
むしろ、いまは違う感情がある。
「秀礼様が宝剣を用いて苦しむことがないよう、わたしが鬼霊を祓います。秀礼様が悲鳴を聞くことのないよう、わたしがそばにいます」
どうしてか、理由はわからない。けれどそうしたいと、強く思った。
(胸の奥が温かい。凪いでいる)
秀礼と話していると、荒れた気も凪いでいく。花渡しを行ったことで疲労はあるはずなのに感じられない。感覚が麻痺しているかのように。
その感情の名を探ろうとして、けれどやめた。
(秀礼様は皇子。わたしは帝の妃)
飾りの妃だとしても、立場が違いすぎる。その感情に名をつけたところで苦しむだけだろう。
紅妍はぐっと唇を引き結んだ。秀礼も同じく口を閉ざしている。冬花宮に着くまで互いに何も語らなかった。




