5.悲劇を詠む杜鵑花(4)
そこへ宮女長が戻ってきた。その手には塗箱がある。蓋を開くと、中には綺麗に畳まれた布が入っていた。
「華妃。これを渡そう。抱被だ。小鈴が生まれた時にこれで包んだ」
年月経っているだろうに色あせていないのは、それだけ永貴妃が大切にしてきたということだ。それほどの想いがこもっているのならば花渡しが出来る。
花は紅妍が持ってきている。彼女が住んでいた庭の杜鵑花を手折ってきた。花詠みで小鈴が好いた花だと聞いた。好いた花と母の想いがこもった品であれば、小鈴も喜んで浄土に渡るだろう。
みなの表情を見渡した後、秀礼が紅妍の肩を優しく叩いた。
「華妃、小鈴を祓ってほしい」
紅妍は頷く。片手に抱被、もう一方の手には杜鵑花を乗せた。
花渡しを行う。瞳を閉じ、花と鬼霊に語りかける。
(小鈴。あなたを浄土に送りたい)
母と兄に会え、遺体は弔われ、もう未練はないだろう。紅花の苦しみから解き放つ時だ。
小鈴の体は煙になって、少しずつ溶けていく。その煙は杜鵑花の中に吸いこまれていった。
「小鈴……」
永貴妃の声がした。堪えきれずに泣いているのだろう。煙となって消えゆく小鈴は微笑んでいるようだったが、その涙が落ちる音は確かに聞こえた。
鬼霊となってでも会いにきた。その小鈴が願いを遂げ、消えていく。
「花と共に、渡れ」
瞳を開いた紅妍が両の手を宙に掲げる。小鈴の魂と想いのこもった抱被は煙となって杜鵑花に溶けている。その杜鵑花もまた、煙となって風に舞った。
風が吹き抜けていく。ここにいた鬼霊は、もういない。満ちていた鬼霊の悪気も消えている。
紅妍は振り返り「終わりました」と告げる。永貴妃は手で眼を押さえていたが、手をおろした時にはいつもと変わらぬ淡々とした表情に戻っていた。
「華妃。あれを祓ってくれて助かった」
「いえ。わたしにできることをしたまでです」
「褒美については、いずれ冬花宮に参ろう。その時に話す」
そう告げて、永貴妃は宮に戻っていった。
褒美というのは帝を苦しめているものについての情報だろう。ひとつ片が付いたことに安堵し、紅妍は長く息を吐く。
次いで、口を開いたのは融勒である。
「妹を救ってくださってありがとうございました。華妃がいなければ鬼霊が救いを求めていたことに気づかなかった」
それから、と融勒は秀礼の方を見やる。
「私は宝剣のことばかり考えていた。大事なものが見えていなかったのだな」
「……宝剣は鬼霊の才がある者を選ぶだけ。天子を選ぶのは宝剣じゃない」
「ああ、そうかもしれぬな」
小鈴の鬼霊は、融勒の頭を冷やしてくれたのだろう。七星亭で話した時のように妄執に駆られてはいない。憑き物が落ちたような、すっきりとした顔をしている。
「では華妃。我々も戻ろう。冬花宮まで送っていく」
「わかりました」
鬼霊が消えた春燕宮は優しい香りがする。永貴妃はああ見えて温かな人だろう。きっとこの庭に杜鵑花が植わるはずだ。彼女ならばきっと、そうする。
この庭に杜鵑花が咲いた時はまた訪れたいと、紅妍は思った。




