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5.悲劇を詠む杜鵑花(3)

「華妃は我が思っていたよりも鋭い眼光をお持ちのようだ。おぬしの言う通り、我は双児を産み、小鈴を寧明に託した」

「やはり、そうでしたか」

「我は子を捨てた母だ。それを隠して生き続けてきたのだ、軽蔑されても仕方の無いこと」


 それに対し、紅妍は首を横に振る。

 永貴妃が小鈴を捨てたとは思っていない。むしろ、永貴妃なりに小鈴を思い、人知れず贖罪を続けてきた証拠がある。


「永貴妃は小鈴のことも想っていた。だからこそ周家を厚遇していた。宮勤めできない小鈴のためにと仕事を用意した――それが丁鶴山の河川管理」


 河川管理の任は誰でも出来るわけではない。宮城より任命された一部の者だけが行う。その山に住むだけで良い報酬がもらえる。大都の者ならば喜ぶような任である。それを小鈴に任せたのは永貴妃の贖罪だろう。河川管理ならば女人であれ財を成せる。


「華仙術というのは恐ろしいな」


 ふ、と小さく永貴妃が笑った。


「男児が生まれた時この子は帝になるのだとわかった。だが双児だと知られればそれは叶わぬ。だから、手放したのだ」

「母上……では、私のせいで小鈴が……」

「それは違うぞ、融勒。これは我が決めたこと。お前ではなく、すべて我が背負うことだ」


 永貴妃の答えを聞いた融勒は呆然としていた。それを横目に、永貴妃がこちらを向く。


「小鈴が鬼霊となって現れたということは、死んだのか」

「……はい。残念ながら」


 永貴妃は凜として鬼霊を見上げている。だがその瞳は悲しげに揺れていた。


「こんなに可愛らしくなっていたのか。我は何もしてやれなかったな……」


 永貴妃はしばしの間、鬼霊と向き合っていた。鬼霊に対する畏れは感じられない。そこにあるのは悲哀だった。

 その後、永貴妃は宮女長に何かを命じた。宮女長が宮に戻っていく。


 また融勒も、鬼霊のそばに立つ。鬼霊が融勒の言を素直に聞き入れたのは、彼が双児の兄であるとわかっていたのだろう。紅花の苦しみがあっても、母や兄に襲いかかろうとしなかったのは想いの強さである。


(小鈴は、母や兄に会いたかったのかもしれない)


 だから宮城に現れた。そして母と兄に助けを求めたのだ。


「私の妹はこのような顔をしていたのか」

「融勒様もお会いしたことがなかったんですね」

「ああ。話を聞いたことはある。だが、一度も会えぬままだった。わたしは吉事を報せるものだと思い込んでいたが、鬼霊は助けを求めていたのだな……」


 融勒もまた小鈴の話は聞いていても会ったことがなかったのだろう。鬼霊と成り果てた姿といえ、じいと眺める様は、それを記憶に焼き付けようとしているかに見えた。


(きっと小鈴も、二人の姿を見ているはず)


 鬼霊は悲しげで、しかしかすかに微笑んでいるように見えた。二人にようやく気づいてもらえたのだ。


 春燕宮に近づく足音に、みなが振り返る。その姿を確かめた後、秀礼が言った。


「遅いぞ、清益」

「まったく人使いの荒いことです。こう見えても急いできたんですよ。とりあえずは間に合ったようですね」


 息を切らせてやってきた清益は秀礼の前に膝をつく。


「丁鶴山に向かわせた者からの報告がありました」


 その言にみなの視線が集う。


「小屋にいくつもの死体がありました。獣に食い荒らされたようで目も当てられぬ惨状でした。周寧明、それから小鈴らしき遺体も確認されています」

「なるほど。小鈴は人知れず病で倒れた後、遺体を荒されたのかもしれぬな」

「ええ。それらの死体が川に引っかかっておりました。腐敗したものもありましたので、それが原因で水が汚れたのかもしれません」


 清益が語るには、それらの遺体は小屋の外や水車に引っかかっていたそうだ。獣に襲われて死んだのか、死した後に獣に襲われたのか。何にせよ、それによって汚れた川の水が大都に運ばれたのである。水を口にした者だけでなく、触れた者も発症したのは、水の汚れが些細な傷口から入ったのだろう。


「その遺体は、どうなった」


 永貴妃は清益に問う。


「秀礼様には、遺体を見つけたら丁重に弔うよう命じられております。そのようにさせていただきました」

「……よい。助かる」


 これで遺体のありかも片付いたのだ。人知れず倒れて死んだ小鈴と、それを探しにいった寧明たちの死。水も清浄になれば大都に流行る病もおさまることだろう。


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