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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
1章 華仙女は花を詠み、花で祓う
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2.鬼霊の花(2)


 紅妍は歩を進めて鬼霊が現れた連翹に近寄る。山ではまだ咲かない連翹も平地であるこの場所ならば満開である。


(ここにあるのが花木でよかった)


 これが一年草の類いであればうまくいかなかったかもしれない。偶然に感謝しつつ、低い位置に咲いていた連翹の花を一輪摘み取る。小さな花だがじゅうぶんだ。


「花を摘んでどうする。あの鬼霊に手向けるつもりか?」

「いいえ、花が詠みあげる声を聞きます。華仙術は、花を詠み、花で渡すものです」


 手中に連翹の花を収めて、花を潰さぬよう柔らかく握る。それから瞳を閉じた。

 気を鎮めて手中に意識を向ける。自らの意識を溶かし、混ざっていかなければならない。花に落ちた一滴の雨粒が、陽光に照らされて花弁でその身を消していくように。花の中に溶けていく。


(あなたが視てきたものを、教えてほしい)


 ゆっくりと語りかける。草花は季節の移ろいに流されながら、人の世を視ている。咲いている時も咲かぬ時も人に寄り添って生きているのだ。草花は記憶している。紅妍が使う『花詠み』とは花の記憶を探り、詠むことである。花と心を一体化させ、記憶を探す。暗闇の中で一本の絹糸を探すように、花の中で悠々と漂う記憶を掴む。



 紅妍の意識がそれを掴んだ瞬間。景色が見えた。双眸は閉じたままであり、これは紅妍の意識に流れ込む花が記憶を詠み上げているのだ。

 朱塗りの門と、内廷と外廷をわける高い塀。そこに植えられた連翹。連翹はそのつぼみを膨らませているが咲いていない。これは数年ほど前の晩冬だろう。一人の宮女が泣きながら走ってきて、連翹の前に膝をついた。


『それでも、これだけは捨てられない』


 何やら埋めているようだった。そこに薄鼠の袍を着た宦官が走ってくる。宮女に『逃げろ』と伝えているようだが、宮女は袍の端を掴んでかぶりを振った。


『あなたを置いて逃げたって』


 会話は途切れ途切れであったが、悲しい別れを予感させるものであった。その後、何人もの武官がやってくる。

 悲鳴が、聞こえた。



 そこで花詠みは終わった。紅妍がゆっくりと瞼を開くと、訝しんだ顔をした金飾の男と清益がいる。記憶と異なり、連翹も咲き誇っていた。

 手中にあった連翹の小さな花は枯れていた。花の記憶を詠むとこうして枯れてしまう。紅妍はもう一度やさしく握り、胸中で花への感謝を述べた。


 それが終わると本題である。紅妍は連翹の低木に向かった。木の根元に膝をつく。


「何をしている」


 すかさず男が問う。紅妍は振り返らずに答えた。手は土を掘るのに忙しい。


「あなたが斬り捨てた鬼霊は、おそらく何かを守っていた。その答えがここにあるはずです。斬り捨てられた鬼霊は消滅したので祓うことはできませんが、祓わなければいけないものはもう一つあります」


 男は黙ってそれを視ていた。しばらく紅妍は土を掘り返し、そして――。

 現れたのは牡丹(ぼたん)の紋様が刻まれた(かんざし)だった。それを紅妍が手にすると同時に、新たな鬼霊が現れる。花の記憶を詠んだのと同じ、宮女である。それは首に紅の牡丹が咲いていた。


「また鬼霊が現れたが、お前が呼んだのか?」

「呼んだのではなく、大切なものを掘り起こしたから現れたのでしょう」


 その鬼霊は身動きせず、ただじいと、紅妍の手中にある簪を見つめていた。


「宦官の鬼霊は、彼女を守りたかったのです。木の下に大切なものを隠した宮女を守るため、わたしたちに襲いかかっただけです」

「ほう?」

「これは推測ですが、恋仲だったのかもしれません。何か理由があり殺されたのでしょう。宮女の首に褪せた紅色の牡丹が咲いていることから、首を刎ねられたのかと」


 生者であった頃に負った傷に花が咲く。花の種類は人によって異なるが、ほとんどは紅色をする。宦官と思わしき薄鼠の袍を着た男は面布をつけていたことから顔に何らかの怪我を負ったのかもしれない。


(鬼霊は、かなしい)


 泣きそうな顔をして簪を見つめる鬼霊に、胸の奥がじわりと痛んだ。救ってあげたいが、鬼霊を救う手段はひとつしかない。


「紅妍よ。お前はこの鬼霊をどうするのだ?」

「浄土へ祓います」


 けれど、刀で斬り捨てるような惨たらしい祓い方ではない。紅妍はもう一度、連翹を摘んだ。この鬼霊には牡丹が相応しい気がしたが、近くに見当たらないのでここは連翹を代用とする。左手に簪、右手に花を載せて鬼霊に向き直る。

 花詠みと同じように手中に意識を向ける。瞳を閉じ、鬼霊へと心を開く。簪には生きていた頃の想いが詰まっている。これを媒介にし、悲しみに囚われた鬼霊に語りかけるのだ。


(わたしはあなたを浄土に送りたい)


 悲しみも苦しみも、引きずる必要はない。鬼霊となって留まっても苦しみは永らえるだけ。

 この宮女が浄土に渡らず留まったのは簪を残すことへの未練だろう。宮女が留まったことで男も留まり、二人は鬼霊となっていた。


(あなたが浄土に渡ったのならきっと、宦官の鬼霊も追いかけると思うから)


 するすると鬼霊の体が透けて、簪と共に細い煙になっていく。それは紅妍の手中にある連翹の花へと吸いこまれた。魂が花へと移ったのだ。

 全てが連翹の花に収まったところで紅妍は瞳を開く。花を両手に乗せ、柔らかく包みこんだ。


「花と共に、渡れ」


 その言葉と共に花を高く掲げる。連翹の花は白煙になって消えていく。最後はさあっと風が吹いて煙はすべて流されてしまった。

 魂をのせた花は残っていない。魂を連れて共に浄土へ渡ったのだ。その風が止むのを待ってから、紅妍は短く息を吐いた。すかさずそれを見ていた金飾の男が声をあげる。


「これで鬼霊を祓ったのか?」

「はい。『花詠み』は花が持つ記憶を聞くこと、『花渡し』は浄土に渡すもの。これが華仙術です」

「華仙の一族は衰えていると噂に聞いていたが、そのようなことはなかったか……ふむ」


 実際には、一族内でも華仙の力が秀でていたため不遇を受けていたのだ。華仙としては普通に戻りたいところだろう。紅妍はぐっと唇を噛んだ。

 だが金飾の男としては、紅妍のこの働きが気に入ったらしい。表情は明るくなり、にかりと笑って清益に話しかける。


「気に入った。外れを引いたかと思っていたが、これはなかなか、大当たりじゃないか」

「ええ、一時はどうなるかと思いましたが」

「これなら期待できる。震礼宮(しんれいきゅう)に連れて行くぞ」


 それを聞いて清益が一揖(いちゆう)した。紅妍はというと震礼宮という言葉に思い当たらず、呆然と立ち尽くすだけである。訳もわからないといった顔をしていることに気づいたのか、清益が近寄り口を開いた。


「紅妍、あなたは認められました。これより第四皇子の住まわれる震礼宮に参ります」


 そういえば、金飾りをつけたあの男の名を聞いていなかった。先を歩いていこうとする男を見上げた時、清益が穏やかに微笑んで告げた。


「あの方こそ、髙の第四皇子 (えい)秀礼(しゅうれい)様です」


 豪奢な身なりだとは思っていたが、まさか皇子だったとは。次代の髙を担うかもしれない存在に対しひどいことを言ってしまった。そのことを紅妍が思い出し、体を震わせていると、秀礼が振り返った。


「行くぞ。お前に頼みたいことがあるからな」


 鬼霊蔓延(はびこ)る髙の宮城。血の上に建てられたこの場所で、華仙紅妍は自らの運命が大きく動いていくのを感じた。


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