4.選ばれる者と選ばれぬ者(3)
「お前もひどい扱いを受けてきたのだということはわかっていた。あの里とお前の姿は、私が知るものによく似ていたからな」
だから、と秀礼は言葉を続ける。まなざしは温かく、それは紅妍に向けられていた。
「私は、お前を救いたいと思った。宝剣が私を救ってくれたように、お前を助けるのは私でありたい」
境遇が似ているからこその同情かもしれない。それにしては声音に熱を孕んでいるのだが、紅妍も秀礼も、それに気づくことはない。互いに気づかぬまま、無意識のうちに熱は隠れて消える。
「秀礼を救ったのは宝剣、ですか」
人ではなく物に救われるというのが理解できず、紅妍は訝しむ。秀礼は今日も宝剣を提げていた。町に出るときもこれだけは手放せないようだ。
「この宝剣は鬼霊の才を持つ者にしか扱えない。帝に成るべくは鬼霊を断ち切ることのできる力強さが必要だと言われている」
帝もこの宝剣を振るうことができたが、現在は老いと共に力が薄れたため軽々と扱うことは難しいようだ。それを鞘から引き抜き、軽々と振るう。融勒が語った重さというものは感じず、宝剣に羽根がついているようにさえ見える。
「みなは融勒だと思っていたらしい。聡明な融勒こそ次の天子になるべくと――ところが宝剣は彼を選ばなかった。ならば第四皇子だと誰かが言ったのだろうな。冷宮に立派な輿がついた時は、ついに殺されるのかと覚悟したものだ」
その時のことを思い出したのか秀礼が笑う。皇后が秀礼を殺しにきたのだと勘違いをした清益が面白い反応をしていたようだ。だが蓋を開ければ処刑ではなく、宝剣の前に呼ばれただけであった。
「初めて私が宝剣を持ち上げた時の辛皇后はひどい顔をしていた。そうだろう、自ら疎んじた者が宝剣を扱ってしまったのだから。翌日には迎えがきてな、冷宮から震礼宮へと、ようやく光の元に出られたわけだ」
「よかったです。それは宝剣に助けられたようなものですね」
「ああ――すべて、とはいかないがな」
言葉の最後は、声量が絞られてしまったため紅妍にはうまく聞こえなかった。どうやら宝剣は秀礼を救っただけではないのかもしれない。そして秀礼もそれについてを語ろうとはしなかった。宝剣を鞘に収める。
「長い話になったが、宝剣というのは髙にとって大切なものだ。紅妍が来るまで鬼霊に立ち向かう術はこれしかなかったのだからな。これに選ばれた私は、次の帝になる可能性があるということだ」
必ず成る、と断言することはしなかった。以前藍玉も語っていたが、最終的な判断は帝に委ねられるのだろう。
「永貴妃は融勒を帝にしたいようで、融勒もまたその重圧を背負っている。宝剣に執着し、鬼霊の才を求めるのもそれが理由だろうな」
「……融勒様も可哀想ですね」
「融勒が宝剣に触れることは構わない。だが、結論はおそらく変わらぬ。鬼霊が住んだからとて才がつくわけでないことは紅妍もよくわかっているだろう」
問われて、紅妍は頷く。それについては紅妍も融勒に説得した。それでも融勒は今なら宝剣を持ち上げられると根拠のない自信を抱いているのだ。
(融勒様の自信は……どこから来たものだろう)
融勒の言を思い返す。
(あの鬼霊のことを融勒様自身に似ていると語っていた。だから思い込んでしまった?)
そう考えていた時、秀礼がこちらを見た。紅妍が何を考えていたのか彼に伝わっていたのだろう。「鬼霊のことか」と確かめた後に続ける。
「少し話は変わるが、永貴妃の件で気になることがある。お前の話を聞いて、それに関する鬼霊じゃないかと思ってな」
「それはどんな話でしょうか?」




