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3.第二皇子の悲願(2)


 昼餉まで時間がある、という頃だった。事前に断りもなく、冬花宮に輿がつく。


「華妃様」


 藍玉、そして霹児が部屋にやってきた。二人は紅妍の元にくるなり手を組んで揖する。


最禮(さいらい)(きゅう)の融勒様がいらっしゃいました」

「……融勒様が?」


 先日会った時は随分と素っ気ない態度を取っていた。それがどうして、冬花宮まで来たというのか。


「共に北庭園の七星(しちせい)(てい)まで来て欲しいとのことです。華妃様にご相談したいことがあるとか」


 事前に文も寄越さずにきたということは喫緊の用か内密な話かのどちらかだろう。何にせよ永貴妃からの依頼がある。鬼霊に関する話かもしれない。紅妍は頷いた。



 内廷は最北に庭園がある。後宮にいる庭師でも最も腕のよいものがここの管理を任され、季節に合わせて草花が咲き誇る美しい場所である。ここは高木も植えられているので菩提樹(ぼだいじゅ)(えんじゅ)の木がのびのびと育っている。黄櫨(はぜ)の木は季がくれば葉を色づかせて庭園を華やかにさせるのだろう。


 北庭園には二つほどの亭がある。そのうちの一つが池のほとりにある七星亭だ。亭は小さくこじんまりとした場所なので、庭散策の休憩として使われるような場所である。七星亭は十角の形をし、上には翠色に塗った屋根がのる。三方を開け放っているので風がよく通り、庭の美しい景観を楽しむには最適の場所だ。

 融勒と共に北庭園の七星亭に入る。融勒は供の宦官に告げた。


「人払いを。少し華妃と話したい」


 最禮宮の者や冬花宮の宮女には聞かせたくない話をするらしい。亭の椅子に腰掛けた紅妍は、息を呑んで話を待った。

 亭の周りから人の気配がなくなる。距離を開けたところで控えているのだろうが、そこまでは声も届かないだろう。融勒は外を見やり、誰もいないことを確かめてから口火を切った。


「華妃に相談したいことがあります」


 融勒はまっすぐに対面の紅妍を見る。


「鬼霊祓いの才はどのようにしたら得られるのか、教えてほしいのです」

「……鬼霊祓いの才とは、華仙術のようなものを?」

「何であれ構いません。今すぐに鬼霊を祓える力が欲しいのです。才が身につかないのならば、私が鬼霊を祓う術でもいい」


 そのような相談をされるなどまったく考えていなかった。そもそもこれは努力によって身につくものではなく、生まれつき才を持つか持たないかである。紅妍の場合は花痣という才を持つ者の印があった。花痣のない白嬢はそこまでの才がなく、花詠みもできない。


(なぜ、融勒様は鬼霊祓いをしたがるのだろう)


 先日は逆のことを言っていた。最禮宮の鬼霊を祓うなと言っていたのである。それが今日は自ら鬼霊を祓いたいと相談している。紅妍は訝しみながら融勒に訊いた。


「あの鬼霊を祓う気はないと言っていたのでは? あの鬼霊について困りごとがあるのならばわたしが出向きます」

「いえ。これは最禮宮の鬼霊とは別です。あれを祓いたくて相談しているわけではありません」

「ではなぜ」


 そこで融勒は口ごもってしまった。紅妍は頑なに融勒から視線を外さない。相談してきた理由を知らずに答えたくなかった。第二皇子と第四皇子の派閥問題がある以上、中途半端な動き方はしたくない。

 融勒はしばし考え、それからうつむいた。諦念混じりに呟く。


「私は、宝剣に選ばれたいのです」

「宝剣……ああ、鬼霊祓いの剣」

「あれは才を持つ者しか扱うことができません。私には持ち上げることすら叶いませんでした。どうしてもあれを振るえるようになりたい」


 融勒は手のひらに視線を落とす。おそらく、その手で宝剣に触れたのだろう。手のひらには融勒だけがわかる宝剣の重みが残っているようだった。


「もしくは今なら――鬼霊がついた今なら宝剣を持つことができるかもしれない」

「鬼霊がついた? まさか、それが最禮宮の鬼霊だと……」

「あれは最近やってきました。何も語らぬ鬼霊ですが、最禮宮に住み着いたということは私に潜んでいた鬼霊の才が開いたのかもしれない」


 紅妍は眉間に皺を寄せて話を聞いていた。


(鬼霊が住み着いたから才が開くなど、あるわけがない)


 自らが鬼霊の才を持っているからこそわかる。その程度で、鬼霊の気配に敏感になることはない。鬼霊は生者にそういったものを与えない。生にしがみつくだけの悲しい存在なのだ。

 けれど融勒は、最禮宮の鬼霊に心酔しているようだった。


「あの鬼霊は春燕宮と最禮宮を行き来します。最近はもっぱら最禮宮に留まっている。宝剣を握るべきは私だと奮い立たせてくれるかのように」


 そこまで話し終えると、融勒は紅妍に向かって頭を下げた。


「だからどうか、鬼霊祓いの才を得る術を教えてほしい」

「できません」


 融勒は鬼霊のことを誤解している。紅妍は冷ややかに答えた。


「鬼霊祓いの才は生まれつき得るもの。才のない者が祓う術はありません」

「……そんな」

「鬼霊が住み着いたからといって才は得られず、潜んだ才が開くこともない。鬼霊は痛みと苦しみに耐え、生に縛られる生き物。そこに住み着いたのはおそらく最禮宮の何かに執着を持っているからです」

「鬼霊が私の前に現れたことには意味があるはず。あの鬼霊は私に似ている。何か意味があるはずなんだ――そう、宝剣。私がもう一度宝剣に触れればきっと」


 宝剣は既に秀礼を選んでいる。だが融勒は宝剣を諦められないのだろう。鬼霊の才を欲しがったことも、鬼霊祓いを得たいことも、すべては宝剣を握るために繋がっているようだった。

 融勒は両手で、紅妍の手を掴む。すがりつく子供のように見え、その哀れさに紅妍の胸が痛んだ。


「もう一度、私が宝剣に触れる機会がほしい。華妃様から秀礼にお願いできませんか」

「いや……そのようなことにわたしは……」

「第四皇子と親しいという華妃様ならば、きっと秀礼も頷くことでしょう。どうか私のためにお願い致します」


 頭が痛くなりそうだ。紅妍は顔を歪ませてため息をつく。鬼霊のことならば良いのだが、厄介すぎることに絡んでしまった気がする。それに、どれだけ断っても融勒が諦めることはないだろう。


「……話すだけは話してみます。必ず成るとは約束できませんが」


 譲歩して出した答えだった。約束はできないが秀礼に話すことぐらいなら出来るだろう。

 これに融勒は表情を綻ばせていた。


(鬼霊が吉事を運ぶなんてないのに)


 鬼霊に喜んでしまうほど融勒は追い込まれていたのだろうか。次期帝になるべく宝剣を持ち上げろと、周囲からの圧力がかかっていたことは想像がつく。だからこそ、融勒も鬼霊の才を求めたのかもしれない。


(鬼霊が春燕宮と最禮宮を行き来していた……つまり永貴妃と融勒様の元を通っていたのか)


 鬼霊の身なりは後宮にそぐわない貧しいものだった。しかし、現れる場所が決まっているということは、そこに因縁もしくは想いを残しているということ。あの鬼霊は苦しみながら最禮宮にいる。

 紅妍は七星亭から北庭園を見渡した。風が心地よく、菩提樹の葉がさらさらと音を立てている。葉の揺れる音は、華仙の里でもよく聞いた。だからか、いやなことを思い出す。


(わたしは、この才などなければいいと思っていたのに)


 鬼霊の才を示す花痣を恨んで生きてきたのだ。それを求める融勒のことが、紅妍にはよくわからない。

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