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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
閑話 月夜の計画、紅髪に触れて
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閑話.月夜の計画、紅髪に触れて(3)



 通りにある店で気になるものがあれば秀礼は次々に声をかけていく。


「ほう。ではここらには疫病が広まっていないのか」

「大都でも西と南がひどいそうですよ。ここらにはまだ来ていませんねえ」

「それはよかった。でも用心するに越したことはないからな」

「そうですねえ……はい、出来ましたよ。花月餅です」


 礼を告げてそれを秀礼が受け取る。すかさずそれを後ろに控える紅妍に渡し、道端に避けてそれを食べるのがこれまでの流れとなっていた。


「あ、あの……わたしばかり食べていいのでしょうか」


 ここまで何軒も回っている。すべて秀礼が支払っている。それに対して申し訳ない気持ちが強くなったのだろう。紅妍は申し訳なさそうにこちらを見上げていた。


「気にしなくても良い。私が連れ出したのだから」

「それに、食べるたびそうやって見られていると複雑です」

「私が見ていては食べられないというのか。その痩身は少しぐらい食べた方がいい」


 これまで、一つ甘味が手に入るたびにまじまじと観察していた。秀礼としては紅妍の反応が気になっているのだが、紅妍はというと複雑そうである。


「い、頂きます……」


 紅妍は諦めて、焼きたての花月餅を食べた。麦粉で作った柔皮にびっしりと餡を詰めて焼き上げたものである。名の通り、花の形をしていた。この餡には刻んだ胡桃の実が入っていて、甘味好きにはたまらない味のようだ。


「ここには色々な食べ物がありますね」

「大都は髙の中心だからな。遠くの村からも果物や甘味が届く。髙にある全ての品がここに集うと言っても過言ではない」


 通りには大人だけでなく、襤褸を着た子供たちも駆け回っていた。それらをじいと、舐めるように観察する。秀礼のその動きを疑問に思ったらしい紅妍が訊いた。


「何を見ているのですか?」

「人だ」


 秀礼は短く答えた後、往来を行き交う人々を指で示す。


「報告を聞くだけじゃわからないこともある。大都に出て、自分の目で見ることが必要だ。例えば疫病の話、報告は受けているが実際に見ないとわからないこともある。疫病による影響がどこまで出ているのかは肌で感じるしかない」

「なるほど。抜け出して町にやってくるのは情報収集が理由ですね」


 秀礼は城を抜け出すことが好きだった。人々と言葉を交わすことはよい刺激になる。震礼宮にいただけではわからないことも、見える気がしていた。もちろん気分転換もある。この広く、自由な場所にいれば宮城の息苦しさを忘れる気がした。


「お。兄ちゃん、久しぶりだなあ」


 通りがかった一人が秀礼に声をかけた。男は秀礼の隣にいる紅妍を見て、揶揄うように笑った。


「今日は彼女連れかい」

「なんだ、店じまいしたのか? よい簪が入っていないか、見に行こうと思っていたのだが」


 男は装飾品を取り扱う店を出しているようだ。だが今日は水桶を担いでいる。男は切なそうにうつむいた。


「娘が大都の西に住んでてな。子供の具合が悪いから水を届けてほしいって頼まれてんだ」

「水を? 西にも井戸はあるだろう」


 だが男は首を横に振った。


「あるけど、あれはだめだな」

「どういうことだ?」

「西と南の水が汚れているんだとよ。井戸の水が濁ってて臭い。ありゃだめだな。巷じゃ水のせいで疫病が広まったんじゃねえかって話だ」

「……水……となると、丁鶴山(ていかくさん)からくる川か」


 水という話は聞いていない。大都に住む民は疫病の近くにいるため最も情報を持つ者である。宮城では入らない情報がここで転がってくるとは思わなかった。

 男は「ただの噂だからわからないけどな」と付け足した後、水桶を抱え直して去っていった。


「なるほど。水か……」

「どうしました?」


 しばし思案に耽った後、秀礼が顔をあげる。疫病の原因が見えた気がしたのだ。となれば清益に動いてもらうしかない。


「いや。良い情報を得たと思ってな」


 小さく笑って、こちらを見上げる紅妍の頭をそっと撫でた。無意識のうちの動きである。幼子の頭を撫でるような気楽さであった。


「……っ、」


 その動きに、紅妍が身を強ばらせている。怯えるというよりも恥じらいに近いのかもしれない。頬が赤く染まっているように見えた。


「あ、あのっ、頭……その……」

「どうした?」

「いえ、何でも……」


 何かを言いかけていた紅妍だったがついに耳まで赤く染め、顔の赤さが見えないようにと俯いてしまった。こちらとしてはその方が頭を撫でやすいのだが、表情が覗えないのはつまらないものがある。

 そして、それ以上に。


(……落ち着く気がする)


 触れていると心が凪ぐ気がした。脆く、壊れそうであった何かが、温かなもので包まれて支えられる。温かな茶を飲む時よりも落ち着いている。

 いままでに秀礼が知る女人とは騒がしい者が多かった。名家の娘だからと会ってみれば、浅慮であったり騒々しかったりと、女人を相手にする時はどうも落ち着かない。後宮もそうだ。女同士仲良くしているふりをして簡単に人を貶める。だからか、女人を相手にする時はいつも気を張っていた。わずかな素振りも見逃さないようにし、相手の腹のうちにあるものを探る。

 それが、いまはどうも違う。胸の奥が温かい。


(……違う)


 振り払うように目を閉じる。紅髪の柔らかな感触は、まだ掌に残っている。


(これも、紅妍への同情が原因だろう)


 言い聞かせるように心のうちで唱え、秀礼は瞳を開く。それから紅妍に微笑んだ。

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