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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
閑話 月夜の計画、紅髪に触れて
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閑話.月夜の計画、紅髪に触れて(2)


 翌日。昼餉(ひるげ)の刻よりも早く、紅妍がやってきた。ここからは事前に用意した手立てを行うのみである。

 震礼宮の宮女らも滅多に立ち入らぬ房室(へや)に紅妍を通し、そこで着替えをさせる。大都の民が着るような、布接ぎのある襦裙(じゅくん)が用意してある。後宮にはそぐわないものだが、それがよい。(かんざし)などの装飾品も外すように命じた。

 藍玉にも話を通している。呆れている様子だったが何とか折れてくれたようだ。何度も「伯父上に気づかれませんよう。わたしまで怒られたくはありませんから」とぼやいていたが聞かなかったふりをする。清益のことは、まあ何とかなるだろう。


「それで、どうしてこの格好を?」


 支度を終えた紅妍は訳がわからないといった様子で待っていた。文にもどこへ行くかは書いていない。急に襤褸びた衣を着せられ、戸惑っていることだろう。


「お前はこれから私と共に城を出る」

「え…」


 秀礼の言葉に、紅妍の目が丸くなった。それからうつむき、何かを考えている。どうやらよくないことを勝手に考えているのだろう。例えば、宮城を出て行けと命じられるような。

 紅妍はあまり笑わないが、杞憂や悲嘆ははっきりと表に出す。その表情をつぶさに見ていれば、何を考えているのかわかるのが面白い。紅妍の動揺に満足した秀礼はにたにたと笑って紅妍に布をかぶせた。


「気分転換に外へ出るだけだ。お前に大都教えてやろう」

「大都は疫病が流行っていると聞きました。そんなところに行っていいのでしょうか」

「行く先は大都の北部だから問題ない」


 宮城を追われるのではないとわかって安堵したようだが、まだ憂いは残っているのだろう。本当にいいのだろうかと戸惑っている。


「よいのでしょうか。見つかったら怒られるんじゃ……」

「平気だ。慣れている」

「な、慣れ……?」

「小さい頃から隠れて抜け出すことが好きでな――私がいるのだから安心しろ。行くぞ」


 いまだ悩んでいる節のある紅妍を急かし、震礼宮を出る。

 今回は宮城と大都を行き来する荷車に紛れ込む。荷車の主には協力を願っている。彼には何度もお世話になっているので「またですか」と呆れていたが、金子(きんす)を多めに渡すと渋々ながらも乗せてくれた。



 大都には人が多い。通りには饅頭などの甘味や、簪といった装飾品を扱う露店が並んでいる。行き交う人々の声で騒がしく、商人のかけ声などが飛び交っていた。


「どうだ。気になるものはあるか」

「人がたくさんでめまいがしそうです」


 紅妍はというと、流れゆく人々や店を目で追ったりと忙しそうである。往来で人とぶつかることは度々あるが、紅妍はこれに慣れていないようで、肩がぶつかるたびによろめいている。子供らに声をかけられてもどう返事をすればいいかわからず、固まることが度々あった。


(初めての大都に緊張しているのだろうな)


 華仙の里がどれだけ侘しかったかを思い出す。あの里に育ったのでは大都など慣れないことだろう。気を和らげるものはないかとあたりを見渡した。


「よし。あの団子屋にしよう」

「え?」

「これも大都の醍醐味だ。団子を食べるぞ」


 秀礼は紅妍を連れて団子屋の前に行く。慣れた様子で店主に声をかけた。


「よう親父、久しぶりだな」

「お。てめえ、顔だけ綺麗な兄ちゃんじゃねえか。しばらく見かけなかったが元気にしてたか?」

「それなりにな。今日は団子を二つくれ」

「毎度!」


 宮城を抜け出して大都に来た時は必ず訪れる団子屋だ。糯米を引いた粉を練って焼き上げたもので、中や上に餡が入っていたり(ひしお)が塗られていたりと店によって様々である。この店のは上に餡がかかっていた。

 店主は竹皮を取り出し団子を二つのせる。竹皮をくるりとまいて麻紐で縛る間に秀礼が再び声をかけた。


「ここらでおすすめの店はないか? できれば甘い物が食べたい」

「そうなれば少し先にある桃饅頭がいいですよ。蒸したては絶品です」

「いいな――よし、次は桃饅頭だ」


 秀礼は振り返って紅妍に言う。紅妍はというと顔を引きつらせていた。


「……秀礼様、わたしは手持ちがないので払えません」


 どうやら持ち合わせがないことを心配していたようだ。当然、そんなことはお見通しである。


「私が買い、お前に食べさせるだけだ。気にしなくていい。それよりも『秀礼《《様》》』と呼ぶのはやめろ」

「では何と呼べば……」

「外にいる間は秀礼でいい。ほら、団子を受け取れ」


 団子はまだ温かく、竹皮にも熱が伝わっている。ほのかに甘い香りが漂って、紅妍の瞳がきらきらと輝いた。


(やはり甘い物が好きなのだろうな。美味しいと喜んでもらえるだろうか)


 紅妍の様子を眺めるのは楽しいが、同時に不安も生じる。彼女が喜ばなかった時は、という想像が頭に浮かんでしまって、その唇が団子を食むまで気は抜けなかった。


「お、美味しいです……!」


 ふわり、と紅妍が表情を緩める。無表情だった頃から比べればじゅうぶん微笑んでいるように見える。もっと彼女の笑顔を引き出す方法はあるのかもしれないが。


「秀礼、ありがとうございます」

「……」

「秀礼?」

「あ……ああ、気にするな。喜んでもらえて何よりだ」


 胸の奥がずくりと痛む。嬉しいような切ないような、何とも言えない感情が体を駆け抜けた。


(気のせいだと、思っておこう)


 秀礼はそう考え、自分の分として買っていた団子も紅妍に渡す。実のところ秀礼は甘味がそこまで得意ではない。この甘いにおいだけで鼻や喉が焼けてしまいそうだ。

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