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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
2章 いつわりの妃
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4.芍薬に悔恨を(2)

 空気が震えた。ずしりとのし掛かるように身が重たい。遠くの方から血のにおいがしている。


(間違いない。鬼霊が出た)


 血のにおいはそこまで濃くない。この部屋にはいないのだ。となれば、紅妍は顔をあげる。


「華妃!」


 この気配に気づいたのだろう秀礼が叫ぶ。紅妍も気づいていたのですぐに頷いた。宮女長や楊妃は素知らぬ顔をしていることから気づいていないのだろう。疎い者はどれだけ気が重たかろうがわからないのである。

 紅妍は慌てて扉を開いた。外の光が一気に差し込んできたことで目が眩む。宮女長が何かを言っていたが構わず外を見やる。血のにおいを辿り、探した。


(おそらく、庭――紅芍薬の近くだ)


 廊下は渡り廊下となっている。扉の横では藍玉が待っていた。血相を変えて突然部屋を出てきた紅妍に驚いている。


「藍玉、庭から離れて。鬼霊がいる」

「き、鬼霊!?」


 この会話は室内にいた宮女長らも聞いていたらしい。楊妃は部屋に残っていたが、秀礼と宮女長は部屋を飛び出す。そして庭を覗きこんだ。


「いた。妃の鬼霊だ」

「……っ、あ、あれは」


 宮女長の声が震えている。鬼霊を見たことよりも別のものに畏れているようだった。

 紅妍は襦裙の裾をまくり上げると、渡り廊下の手すりを飛び越える。そのまま庭に降り立った。

 鬼霊は人を襲う。秋芳宮の宮女たちを逃がすことも考えたが、妃の鬼霊は紅の芍薬が植わる場所で膝をついている。こちらを見ようともしない。生者への関心を持っていないようだった。


(妃の鬼霊は人を襲いにきたのではなさそう。何か目的があるのかもしれない)


 紅芍薬の場所に、妃の鬼霊が想う何かがあるのだ。紅妍は急ぎその場所へ向かい、鬼霊の隣に立つ。何かあれば逃げられるようにと注意を払って忍び寄ったが、鬼霊はやはり紅妍に見向きもしなかった。

 鬼霊との距離を詰める紅妍に目を剥いたのは秀礼である。彼は手柵から身を乗り出して叫んだ。


「華妃! 近づきすぎるな」

「大丈夫。この鬼霊は襲いません」

「襲わない? なぜわかる」


 紅妍は答えなかった。秀礼に背を向け、鬼霊を見やる。


「あなたは……楊妃」


 紅妍が問う。銀歩揺を挿した妃の鬼霊は答えない。ただじいと、紅芍薬の根元を眺めていた。


「まさかこの近くに、あなたの大切なものがある?」


 これにも鬼霊は答えなかった。その代わり、ぽたりと何かが落ちる。紅の花びらだ。妃の左胸に咲いた紅芍薬は血のにおいを放ちながら、花びらをこぼしている。

 紅妍は鬼霊のそばで膝をつき、その場所を掘る。そういえば宮城にきてすぐも土を掘り返していた。人はどうも、不都合なものがあると隠したがる。人様に見つからない場所と考えれば水や土の中が好都合なのだろう。掘ってばかりだと心の中で自嘲する。

 そしてすぐに、それは出てきた。


「……折れた銀の歩揺」


 鬼霊が髪に挿しているものとよく似ていた。柄には芍薬の柄が刻まれている。紅妍が折れた歩揺を手に取ると、鬼霊の視線がこちらを向いた。ようやく紅妍のことを認識したらしい。


「あなたはこれを探していた?」


 答えはない。けれど紅の花びらがゆるやかに風に舞った。張り詰めていた気が少しだけ和らぐ。誰かが、鬼霊が、泣いているような風の音がした。


 ちょうど、その時である。新たな来訪者が庭に足を踏み入れていた。


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