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不遇の花詠み仙女は後宮の華となる  作者: 松藤かるり
2章 いつわりの妃
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4.芍薬に悔恨を(1)

 事態が動いた。秋芳(しゅうほう)(きゅう)から報せがきたのである。


()()様、大変です」


 藍玉(らんぎょく)が、慌てて紅妍(こうけん)の元にやってきた。朝餉(あさげ)を終え、これから庭の散歩でもしようかと考えていた時だった。


「何かあった?」

「秋芳宮から遣いがきました。(よう)()様がご挨拶したいとのことです」


 それを聞いて、紅妍は眉間に皺を寄せた。


(楊妃は死んでいない? いや、そんなことは……)


 死んでいると考えていた楊妃から挨拶したいとなれば、生きているのだろうか。しかし花詠みは嘘をつかない。どういうことかと紅妍は思案に暮れた。


「楊妃様は体調が思わしくないため冬花(とうか)(きゅう)まで向かうのは難しいそうで、華妃様に秋芳宮まで来て欲しいとのことです」


 こうして遣いがきているのだから応えなければならないが、疑惑ある秋芳宮に向かうのは相手の懐に入りこむようで、どうにも恐ろしい。

 しばらく考えた後、紅妍は答えを出した。


「わかった。秋芳宮に向かおう」

「ではそのように手配します」

「あと震礼(しんれい)(きゅう)にも遣いを。事の次第を話し同席してほしい旨を伝えてほしい」


 藍玉は揖した。すぐに動いてくれることだろう。そうなれば紅妍も支度を調えなければならない。


(いやな予感がする)


 部屋から藍玉が出て行った後、紅妍は庭を眺めながら唇を噛む。急に秋芳宮から誘いがくるなど、想像もしていなかった。これが凶事に繋がらないよう、万全に準備をしなければと頭を巡らせた。




 紅妍は秀礼と共に秋芳宮へと向かった。秀礼については道中で会い、長く臥せっていた楊妃を案じていたので同行したと話すことにしている。清益はまだ戻っていないようで、秋芳宮からは腕の立つ武官がついてきた。冬花宮からは藍玉を供に選んでいる。

 秋芳宮に着くと、宮女長たちが出迎えた。


「華妃様、お待ちしておりました」


 相変わらず冷ややかな顔をしている。恭しく礼をしているが、その瞳はぴりと張り詰めていた。


「お呼びいただき光栄です。楊妃にお会いできるのを楽しみにしていました」


 用意してきた言葉を述べながらあたりを見渡す。

 先日、庭を案内してくれた下級宮女の姿がない。秋芳宮の廊下を歩きながら、先を歩く宮女長に訊いた。


「庭を案内してくれた子はどこへ? 先日、紅芍薬を頂いたのでお礼を言いたかったのですが」

「ああ、あの子ならお休みを頂いていますよ」


 振り返りもせず宮女長が答えた。淡々とした物言いだ。紅妍は警戒しながらその背をじいと睨みつける。


「楊妃様の部屋ですが体調が芳しくないため、陽を閉ざしております。何でも陽の光が当たると眩しさにめまいがするそうで」


 外はよく晴れている。空は雲一つ無い晴天だが、昨日は雨が降っていたので空気が湿っている。だが楊妃の部屋は窓に板を張り、光も風も防いだ部屋になるようだ。陽は高いというのに、宮女長は手燭を用意している。


「それでは、こちらへどうぞ」


 通されたのは確かに暗い部屋だった。その部屋の奥に人がいる。その人物は襦裙を着て、薄い衫を羽織っているようだ。手燭の灯りは頼りなく、細部までわからない。


「……冬花宮の華妃ですね」


 彼女はそう口火を切った。柔らかな声である。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。病に伏せっていたものですから」

「病とは大変でしたね。体調はどうです?」

「無理はしないようにと宮医に言われております。光も風もあたらぬ部屋がよいと……」


 ここで動いたのは秀礼である。彼は素知らぬふりをして、首を傾げた。


「それは初めて聞きますね。冬の頃から光も風も当たらぬ部屋に籠もるような病に罹ったんでしょうか」

「……え、ええ」

「それはぜひ詳細をお聞かせ願いたい。楊妃ならばご存知だと思いますが、いまの光乾殿はこういった話にうるさい。万が一、この病を帝が患えば大変ですからね」


 楊妃はそこで黙りこんだ。言葉を探しているのだろう。代わりに答えたのは部屋の隅に控えていた宮女長だ。


「申し訳ありません。楊妃様はこの病についてあまり知らないものですから」

「なるほど。ではいまは聞かない方がよさそうだ」


 宮女長に遮られたことで秀礼は引く。だが楊妃への疑念は晴れていない。今度は、紅妍が動く。


「秋芳宮の庭に花が咲いておりました」

「……咲いているのは芍薬でしょうね」

「ええ。楊妃も花が好きだと聞いたので、今日は冬花宮の庭に咲く花を持ってきました」


 そうして用意してきた花を渡す。大きく開いた白の花だ。楊妃に手渡す。宮女長に手燭で照らしてもらいながら花をとくと眺めていた。


「ありがとうございます。とても美しい芍薬ですね」


 その返答に紅妍の顔が凍りついた。


「楊妃は芍薬を好んでいて、牡丹と芍薬の違いがわかるのだとお聞きしました」

「……その通りです。わたし、芍薬が好きなので」


 楊妃は花を愛でている。けれど、紅妍は確信を持っていた。立ち上がり、楊妃に告げる。


「ですが――あなたは楊妃じゃない。偽物の妃です」


 この発言に場の空気がぴりと張り詰める。楊妃は驚いたような反応をしていたが、それよりも早く動いたのは宮女長だった。


「無礼ですよ! 楊妃様になんてことを言うのです」

「偽物をたてる方が無礼でしょう」

「何を根拠にそのような――」


 紅妍は笑った。それはその花が示してくれる。


「残念ながら冬花宮に芍薬はありません。植えられているのは牡丹――わたしが渡したのは、白牡丹です。芍薬を好む楊妃がこれを見抜けないとは驚きでした」


 牡丹と芍薬はよく似た花である。開いた花の状態で見分けるのは、花が好きな人でなければ難しいだろう。散り方や葉で見分ける者が多く、紅妍も葉の形を見て見分けるようにしている。

 楊妃に渡したのは牡丹だ。見分けられるようあえて葉も残している。


「あなたが偽物の楊妃なら、思い当たる人物がいます。わたしが『花が咲いていた』と話しただけで、あなたは『芍薬』と答えた。ここの庭には他にも花が咲いているけれど、あなたはすぐに芍薬だとわかったのでしょう。だってわたしに庭を案内したのはあなただから」


 庭の案内をしてくれた下級宮女は幼い顔をしていたが、背や髪は楊妃に似ている。顔つきや声は似ていないが、華妃と楊妃は初対面であるため部屋を暗くすれば誤魔化せると考えたのだろう。だが紅妍には花詠みがある。そこで楊妃の顔や声を聞いていた。花詠みで聞いた楊妃と、偽物の楊妃の声は異なっている。


「薄暗い中でも歩揺を挿していればわかります。あなたから歩揺が鳴る音は聞こえない。楊妃が好んで挿していたという銀歩揺はどうしたのでしょう」


 ここに異を唱えたのが宮女長である。怒気をはらんだ声で叫んだ。


「楊妃様に何てことを仰います。楊妃様は眼病を患っていますから花の見分けがつかないのは当然のこと。歩揺も決めつけでしょう。華妃様は楊妃様のことをご存知ないはずです」


 咄嗟の言い訳にしてはよく出来ている。眼病だと言われてしまえば言い返すのも難しい。

 どうしたら暴けるだろうかと紅妍が唇を噛んだ時である。


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